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Love letters  作者: 虹色
<C:> 恋は偶然と誤解と勘違いでできている?
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08  リアル 2!


翌朝、目を覚ました瑞穂は、夜に書いたメールが気になって読み返してみた。

その途端。


「なにこれ……。」


思わず声を出してつぶやいていた。


落ち込んでいたとはいえ、あまりのマイナス思考に嫌気がさす。

やたらと自分を卑下する言葉は、逆にそれを否定してほしくて使っているように見える。

“夜” という時間帯のせいだろうか。

それとも、一晩の眠りで気持ちが多少なりとも癒された今だから思うのか。

どちらにしても。


「出さなくて良かった……。」


削除してしまおうかと思ったけれど、読んでいると、きのうのときめきを思い出したりもする。

だから簡単には消せなくて、どうせ誰にも見られないのだからとそのまま保存することにした。


着替えをしながら、もう少し明るい印象を与えられたら良いのにと考えてみる。

あんなメールを出さなかったとはいえ、自分がずっとおどおどしっぱなしだったことは事実だ。


考えた甲斐あって、身支度を終えるころには、プリンのお礼という話題があるじゃないかと思い付いた。

どうせ食べてしまったものは返すわけにはいかないのだから、もらっても良いかどうかなんて気付かなかったことにしよう。

それよりも無邪気に「美味しかった」と伝える方が、ずっと可愛らしい感じがする。


(うん。そうだよね。)


鏡に向かって力強くうなずく。

けれどその直後、自分から話しかけることを思ったら、がっくりと力が抜けてうなだれてしまった。



一方、暢志は目を覚ましてすぐに昨夜の決意が重くのしかかってくるのを感じた。

ゆうべはあれほど前向きになれたのに、いざこれから実行するのだと思うと、早くも緊張してきてしまう。


着替えも朝食も半分うわの空。

ときどき、彼女はもう自分には会いたくないのではないかという考えが湧きおこり、車両を変えるという選択肢が浮かび上がる。

その度に、今までの自分のままでいいのかと自分を叱り、鼓舞した。

今日できなければ、たぶん一生できないままだろうから。


駅へ向かいながら、車内のどこに立てば上手くあいさつができるのか、まるで将棋の先を読むように、自分とほかの乗客と瑞穂の動きをシミュレーションしてみる。

自分の性格を考えれば、瑞穂が乗った隣へあとから移動するなどということはとてもできそうにない。

だからどうにかして、彼女が乗りこんで来るときに自分に気付いてもらえる場所にいる必要がある。


暢志の描いたベストのシナリオは、「ドアから入って来た瑞穂に気付いてもらったところで「おはよう」と――すこし離れた所から、小声で――言う。彼女はそれに少し微笑んでうなずき返し、そのまま空いている場所に落ち着く」というものだ。

もしかしたら口が上手く動かないかも知れないので、そのときは「ちょっと会釈をする」というのが二番目のシナリオ。

ちなみに最悪は、「彼女の方を見ることができないまま終わる」だ。


うっかりすると、「自分を見付けた彼女が笑顔で隣にやって来る」などという天国級の場面が浮かんできてしまうけれど、そんなことはあり得ないと消去する。まあ、偶然なら……。


悩みぬいた末、暢志は車内の丸宮台のホーム側、瑞穂が乗って来るはずのドアから3つ目の吊り革を選んだ。

あんまり中だと気付いてもらえない可能性が高い。

だからと言って、一番端だと待ち構えているように見える。


カバンをドア側の左肩に掛けてみたのは、隣に人が立ちにくいように。

丸宮台までここが空いていれば、彼女が自分の隣に来てくれるかも知れないという期待を、否定しつつも捨てきれなかったから。

それからいつもと変わらぬ態度を装い、実際は緊張でガチガチになって、参考書を顔の前で開いた。




丸宮台駅で電車が停まったとき、暢志はこっそりと窓の外を確認した。


(いた…。)


白いブラウスにグレーのチェックのスカート、肩にかかるしなやかな髪。

スクールバッグを肩に掛け、OLらしき女性の後ろに静かに並んでいる瑞穂の姿。


(頑張るんだぞ。)


鼓動が大きくなり、ドクンドクンとこめかみに音が響く。

吊り革を握る手が汗ばんでいる。

参考書の後ろで唇を引き締め、周囲に聞こえないように咳払いをした。


ゴトンと電車が止まり、ドアが開いて数人が降りて行く。

入れ違いに乗って来る二人目。


(今だ。)


さり気なく見えるように注意しながら、参考書を下にずらして顔をドアの方に向ける。

入って来た瑞穂がその動きにつられたようにこちらを向いた。

その途端――― 。


(目が合っちゃったし!!)


予想していたことだったのに、心臓が飛び跳ねた。

そして、声が出なかった。

ぱくっと口を開けたまま、彼女の顔を見ていることしかできなかった。


(何やってんだよ! 早く言わないと!)


鼓動で頭がガンガンする。

心臓が胸を突き破りそうだ。

そのとき、瑞穂がすっと下を向いた。

会釈したのだろうか?


(…ってことは、あいさつしたことになるのかな?)


視線がそれた安堵感と、でもこれは思っていたあいさつではないという失望が暢志の中で入り混じる。

けれど。


(…え? え? え?!)


瑞穂が座席に沿って暢志の方に向きを変えた。

暢志の隣はまだ空いている。

考える余裕もなく、ほとんど呆然としながら、暢志は肩に掛けていたバッグをはずし、両足の間の床に下ろした。

その間に瑞穂の靴が隣に並んで止まる。


(本当なのか…?)


嬉しいような、恐ろしいような気分。

恐る恐るバッグから視線を上げると、一瞬目が合った瑞穂が驚いたようにパチパチと瞬きをしながら下を向いた。


「おは、よう。」


今度はのどからかすれた小さな声が出た。

心臓が口から飛び出しそうだ。

こめかみに汗がたれて来た。


(でも、ちゃんと言えた!!)


達成感がからだじゅうを駆け巡る。

もちろん、チャンスをくれたのは瑞穂の方だとわかっていたけれど。


瑞穂が少しだけ顔を上げ、目が合う前に恥ずかしげにコクンとうなずいた。


「…はよ。」


暢志よりもさらに小さな声。

でも、間違いなく自分に向かっての「おはよう」だ。


(う〜〜〜〜〜〜〜っ!!)


嬉しくて、ニヤニヤ笑い出しそうになるのをこらえ切れない。

慌てて、手に持っていた参考書を顔の前にかざしながら窓の方を向く。


「あの。」


また隣から小さな声。

ハッと我に返って、急いで真面目な顔を作りそちらを向くと、同時に電車が動き出した。

瑞穂の体が暢志側に傾く。


「わ。」

「!」


慌てて伸ばした瑞穂の左手は、揺れた吊り革をつかめなかった。

バッグを掛けた右肩が暢志にぶつかって、そのまま軽く寄り掛かってくる。

ふわりと爽やかなフルーツの香りが鼻先を通り過ぎた。

暢志は息を吸い込んだ状態で固まった。


「ご、ごめんなさい。」


何もできずにいる間に、瑞穂は態勢を立て直していた。

いつの間にか止まっていた暢志の心臓が、また猛スピードで動き出す。


ほんの2、3秒のできごと。

けれど、彼女の重みを感じた腕は冷房の空気にあたっても熱いままだ。


「だい、じょぶ?」


黙っていたら自分が今どれほど喜んでいるかを知られそうで怖くなって、言ってみた。

顔が熱いし声が震えているけれど、沈黙よりもマシに思える。

頭の中で「グッジョブ!」と声がした。

しょうもない駄洒落が浮かんで来るのは浮かれている証拠なのか。


「うん。」


下を向いたままうなずく瑞穂。

たぶん彼女は自分よりもずっと恥ずかしいのだろうと暢志は気付いた。


そっとしておいてあげようという気持ちと、もう自分も話題が浮かばないことをごまかすため、暢志は参考書に視線を戻そうとした。

そのとき――。


彼女が顔を上げてまっすぐに暢志を見た。

そのキュッと引き結んだ唇と上気した頬の懸命さが、胸が痛くなるほど可愛い。

暢志は驚きながらも思わず笑いかけていた。


「あの、プリン、ありがとう。」


瑞穂はそう言って、また下を向いた。


「………あ、あ、ああ、あれ。」


見惚れていたので、返事が遅れた。

相変わらず鼓動だけはすごいスピードだったけれど。


「すごく、美味しかった、です。」


一言ずつ区切りながら、うつむいたままちらりちらりと暢志を見て、ゆっくりと言い切った瑞穂。

その頬はさっきよりもさらに赤い。


(ああ……。)


暢志には彼女の気持ちが良くわかった。

自分と同じように、異性と話すことが恥ずかしいのだ。

けれど、ちゃんと伝えるために、きちんと顔を見て言いたいと思ってくれている。


「うん。良かった。」


瑞穂の気持ちを思ったら、胸の中が穏やかな温かさと愛しさでいっぱいになった。

と同時に、何故か急に落ち着いた。


その穏やかな気持ちのまま、暢志はそっと窓の方に向き直り、参考書を開いた。

そうしながら隣の瑞穂がゆっくりと深呼吸をして、バッグから文庫本を取り出すのを視界の隅で見守った。


周囲では何人かの乗客が二人のやり取りに気付いて、静かに優しく微笑んだ。

そんなこととはまったく知らずに、二人は並んで無言で文庫本と参考書を広げていた。



そのまま終点の横崎駅まで、二人は言葉も視線も交わさなかった。

横崎駅で電車を降りながら、どちらもどうしたら良いのかわからなくて、改札口まで微妙な距離を保ちながら歩いた。

前後に並んで自動改札を抜けると、お互いにうかがうように相手を見て、うなずき合って別れた。


交わした言葉はとても少なかったけれど、二人とも、心地よい満足感に包まれていた。

そして、電車に乗ったときに比べると、落ち着いて、少しだけ自信がついたような気がした。







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