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6th day ③

 それが起こったのは、シルバークラスのレースが終わった直後だった。


 バードストライク。

 飛行機に乗る者であれば、いつか、どこかで遭遇する。

 後で思い返せば災難だったなと笑い交わせる、そんな出来事。

 もっとも、低空で全速飛行という特殊な状況でなければ、の話ではあるが。


 シルバークラスを一位でゴールし、最終日のアンリミテッド・ゴールドレースへの参加を決めたレーナ。普段は取り澄ました様子の彼女もさすがに喜びを押さえ切れなかったと見え、シーファイアの大馬力を生かしたバレルロールを決めた、その瞬間だった。

 種類までは見て取れなかったがかなり大型の鳥がプロペラに突っ込み、一瞬にして剪断。衝突の衝撃はキャノピにひびを入れ、シーファイアを再びのエンジン停止へと追い込んだ。衝突時の態勢も悪く、一気に高度を落とした機体は何とか機首を起こすも滑走路までは辿りつけず、そのまま車両用の道路へ着陸することになった。

 パイロットのレーナこそ全身の打撲で済んだものの、機体のダメージは深刻だった。繊細な二重反転プロペラは着陸時のバウンドで止めを刺され、とてもではないが明日のレースに参加できる状態にはなかった。

 シーファイアそれ自体も、再飛行するためには大幅なレストアを必要とするはずだ。民間のエアロバティックスチームである彼女たちがそれほど豊富な資金を持っているとは考え難いので、最悪の場合、チームは解散、機体は売却ということになる。


「何とかならないの?」

 レーナたちの状況について問われるままに答えていると、マコトは最後にそう問うてきた。

 しかし、この問いに関してはさすがにエディと顔を見合わせるしかない。

「こればっかりは……」

「うむ……難しいな」

 大体、他人事ではないのだ。

 レース用にフルチューンしたエディの機体はほぼ彼の専用機と言ってもいいくらい繊細な操縦を要求するし、震電に乗る忍にしたって一般販売を控えて問題を洗い出すためのテストパイロットという側面もあるのだ。一つ間違えれば機体どころか命すら失ってもおかしくない。

 それが、パイロットという職業の一つの側面。

 加えて、終戦から五十年が経った現在、当時の機体はかなり機齢が進んでいる。

 当然レストアには最善を尽くしているが、それでも事故や故障は一定の確率で発生する。

 貴重な歴史的資料でもある大戦機がエアレースという『娯楽』に消費されることを憂える人間だって存在する。それでも幾度かの中断を乗り越えてエアレースが現在まで残っているのはひとえに関係者の努力、そして空への強い意志があってのことだ。

 エディ・シニアの大戦機復元プロジェクトも、オリジナル機を保存しつつオリジナル機と同じ飛行性能を持つ飛行機によってエアレースの伝統を保ち続けるという大義があってこそ、多くの人の賛同を集めたという側面がある。


 だから、忍はこう思う。

 レーナが、真に空を愛する者であれば。

 彼女は何年、何十年をかけてでもきっと空へ戻ってくる。

 そのための道は、今なお空を愛し続けるシニアが切り開いてくれている。


 ゆえに部外者である自分たちが手出しするべきではない。

 忍はそう思うし、エディもきっと同じように考えているはずだ。

 マコトが納得できない気持ちもよく分かるが、半端な気持ちで関わればお互いに傷つくことになる。やるのなら、いっそ彼女のチームごとこちらに受け入れるぐらいのつもりでなければ。それに、仮にそう申し出たとしても、彼女がそれを受けるかどうかはまた別の話。彼女があくまで自分のチームにこだわるのならば、もう忍たちにできることは何もない。


「そうだ! レーナを貴方たちのライトニングフライヤに受け入れてあげればいいじゃない!」

 忍とエディが押し黙っていると、名案を思い付いたとばかりにぱちりと手を鳴らすマコト。

「マコト。それじゃダメなんだ……」

 仮にそれでレーナを迎え入れたとしても、それではレーナのチームの名前が消滅してしまう。

 エアロバティックスチーム『R.S.S』と言えばヨーロッパの名門だ。

 昨晩、気になったので少し調べてみたのだが、チームのリーダーであるレーナことレジーナ・J・ミッチェルは貴族の血筋を引き、その祖父は第二次世界大戦でシーファイアを駆ってドイツ機と戦ったエースとして知られる有名な人物なのだそうだ。彼女の機体は祖父の形見で、チームの起源も終戦後に払下げ機を数機集めた彼がエアロバティックスチームを立ち上げたのが始まりなのだとか。

 そんな彼女が『ライトニングフライヤ』に移籍することをよしとするかどうか。

 忍の見立てでは、答えは否だ。

 彼女は、英国貴族の誇りにかけて、自らの伝統を守ろうとするだろう。

 それらのことを、門外漢のマコトにも可能な限り分かりやすいように説明していく。

「だから、僕たちが下手に首を突っ込むのは……」

「じゃあ忍は何もしないで放っておけって言うの! あの子は困ってるのに!」

 よくない、と続けようとした言葉は、マコトに遮られてしまう。

「マコト……」

 どう説明すれば分かってもらえるだろうか。

 しかし、ここで納得させなければマコトはシニアのところにねじ込んででもレーナを救おうとするだろう。大金が絡む問題でシニアがそんな感傷を良しとするはずはないから、きっとケンカになる。せっかくのレースなのに、二人がそんなことになるのは嫌だった。

 何とか分かってもらわないと。

 そう思い、口を開きかけたその瞬間。

「事情は分かった」

 テントの入り口に垂らされた布をくぐって、シニアが姿を現した。

 話をどこから聞いていたのか、あっさりと首肯してから言い放つ。

「構わんぞ」

 余りのことに、その場の誰もが言葉を失う。最初に立ち直ったのはエディだった。

「構わないって、おい、一体どれだけ金がかかるか……」

「マコト」

 言い募るエディを遮って、シニアは貫くような視線をマコトへ向ける。

「あのイギリス人チームを助けるという意味を、分かって言っておるのだろうな?」

「……当然よ」

「貸しは高くつくぞ。よいな?」

「ええ、構わないわ」

 流れるような応答。

「おい、何を言ってるんだマコト!」

 思わず声を荒げてしまう。

「大丈夫。忍には迷惑をかけない」

「だからって!」

 マコトが、レーナのために不利益を被る理由にはならない。

「それに、チームの名前が消えてしまうんじゃレーナが納得するかどうか……!」

「ふむ。ならばこうしよう。チームの名前はそのままに、今後は私の大戦機復元プロジェクトの欧州方面宣伝チームとして働いてもらう。もちろん、それ以外の期間に彼ら自身の責任で各種の航空イベントに参加してもらうのは一向に構わん」

「…………!」

 反論はあっさりと封じられてしまい、二の句も継げない。

 確かに、それならチームの名前は残るし、シニアも出資により利益を手にできる。

 誰も困らない、冴えた解決策に思える。

 しかし、なぜか無性にこみ上げてくるものがあった。

 おそらくそれは、あまりにも子供っぽい感情。

 しかし、頭では分かっていても気持ちが抑えられなかった。

「決まりだ。私から話は通しておく」

 それだけ言うと、シニアはお付きのメイドに車椅子を押させて去っていってしまった。

 それを見届けたマコトが、忍を振り返る。

「これでこの話は終わり。忍、明日もレースでしょう? 今日はもう寝なさい」

「……こんなときだけ母親ぶって!」

 感情に任せて言ってしまい、すぐに後悔する。

 これでは自分の方が子供だ、と思いつつも抑えられなかった。

 いたたまれず、そのままテントを飛び出してしまう。


「……バカ野郎」

 ホテルに向かう道すがら、一人つぶやく。

 少し考えてみれば、自分があんな態度を取った理由は分かる。

 自分の不利益も顧みずレーナを救おうとするマコトを心配する気持ち、あっさりと解決策を示してみせたシニアに対する無力感、そしてマコトに頼ってもらえなかった寂しさ。そんなものが一体となった、言葉にならない悔しさ。

 子供っぽい嫉妬に、顔が熱くなる。

「全く、もう……」

 精神的なコンディションは最悪。

 子供にも程がある自分を抱え、しかしレースは待ってくれない。

 リノ・エアレース、アンリミテッド・ゴールドレース。

 アメリカ最大、すなわち世界最大のエアレース。

 世界一のエアレーサーを決める戦いが、明日始まるのだ。



6th day UNLIMITED Class Gold(大会六日目 アンリミテッド ゴールドクラス 結果発表)

1. エドワード・R・エドワーズ

2. ジョン・ランダース

3. リチャード・ボング

4. ジャック・イェーガー

5. ジョニー・ジョンソン

6. ピエール・クロステルマン

7. ライル・ダンダス


6th day UNLIMITED Class Silver(大会六日目 アンリミテッド シルバークラス 結果発表)

1. レジーナ・J・ミッチェル(機体大破につきリタイア)

2. 雑賀忍(繰り上がり昇格)

3. チャールズ・ダンダス

4. エイノ・イルマリ・ユーティライネン

5. ディートリヒ・フラバク

6. ジェームズ・サザーランド

7. フランコ・ルッキーニ

8. リディア・リトヴァク

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