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6th day ②

 速い。

 そして美しい。

 それ以外に表現のしようがなかった。

 少しもかくついたところのない、滑らかな機動。

 見事に立ち直ったシーファイアmk.47の姿がそこにはあった。

 そんなレーナの操るシーファイア『Brigit』の後上方につけ、歯を食い縛ってターン。

 圧し掛かるGに耐えながら、彼女の描く優雅とすら見える軌跡を視線で追う。

 いや、しかし彼女もコクピットの中ではGに苛まれているはず。

 奇しくもほぼ同じ出力のエンジン、同じ二重反転プロペラを採用する震電とシーファイア。

 しかも機体重量で考えれば震電の方が小型で軽い分、有利なはずなのだ。

 それでも抜けずにいるのは、レーナの技量が忍を上回っているからに他ならない。

 そのことに、悔しさを覚えないではないが、しかし感嘆の気持ちの方が勝っていた。


 スロットル全開の直線飛行と、翼を立てての旋回。

 リノ・エアレースの精髄は、そんな単純な動きをどこまで極められるかで決まると言ってもいい。

 各クラスでの総合順位はもちろんだが、目の肥えたエアレースファンは「より優れた」パイロットに対して最大の賛辞を捧げる。自然と、予選から順調に順位を上げていくパイロットや、より低い性能の機でより高い性能の機を抜かしたりするパイロットには注目が集まることになる。

 大会六日目、最終日に向けた最後の戦い。

 ――アンリミテッド・シルバークラスにおける注目のカードは母国アメリカの名門チーム『ライトニングフライヤ』若きエース操るJ7W1震電『NINJA』 対 イギリスのエアロバティックスチーム『R.S.S』の美少女エースが操るシーファイアmk.47『Brigit』だ! 航空ファンたるもの幻の戦闘機『震電』と、イギリスの誇る傑作機シーファイアの激闘を見逃すなかれ!――とは地元スポーツ紙の煽りだ。ノリのいい整備士が買ってきたそれを見せてもらい、レース前にくらくらしてしまった。


 観客に機体の腹を見せ、ホームパイロンを飛び抜ける。

 パイロットの中には、もっとも観客席に近づくこのポイントで機体上面を魅せるべくロールを決めるお調子者もいるが、当然の如くレーナはそんなことをする気配も見せない。忍もそれに倣い、コースの先だけを見据えて飛ぶ。一瞬のロスさえ惜しかった。

 レースはいよいよ最終ラップに差し掛かる。

 ここまで、一度もレーナを抜かせなかった。

 彼女の飛び方には無理がなく、パワーのロスが少ないために、一つ一つの動作はむしろゆったりとして見える。女神を思わせる優雅さの根源もそこにある。しかし、そのためにはコースの起伏やパイロンの位置を完璧にイメージしている必要があるはず。だから、余裕で飛んでいるように見えても極度の集中力を必要としているに違いなかった。

 加えて、彼女は前日にエンジントラブルを起こしている。可能な限り意識しないようにはするだろうが、低空を高速で飛行するレーサーにとって命綱であるエンジンの調子が気にならないわけがない。彼女は、そちらにも意識を向けながら飛んでいるはずだ。

 その集中力が、最後まで続けばレーナの勝ち。

 一瞬でも切れ、その瞬間を狙い澄まして抜き去ることに成功すれば、忍の勝ち。

 相手のミス待ちなど、我ながら情けなくなるような思考だが、それが最善だ。

 焦ってパイロンカットしようものならその時点でアウト。

 最後まで、持ち味である精確さと、震電の特徴である切れのある機動性を生かし切るのみ。

 精神を灼き切るような極限の速さに身を任せ、忍は操縦桿を引き起こしていった。

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