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6th day ①

「すごいじゃないか、シノブ!」

「さすがジャパニーズニンジャは一味違うな!」

 チームのテントに帰ってくるなり、おやっさんやメカニック連中の手荒な歓迎を受ける。

 大会五日目、アンリミテッドルールのシルバークラス。最後尾からスタートした忍は三機を追い抜き、三位をマークした。だが同じブロンズクラスから昇格してきたジャック・イェーガーは五番目のスタートから一位になってゴールドクラスへの昇格を果たしているのだ。手放しには喜ぶ気になれない。

 とは言え、震電のプロモートという観点から見れば結果は上々だ。とかくアメリカ人に受けのいいニンジャという印象、ブロンズクラスからスタートし徐々に勝ち上がっていくというアメリカンドリーム的な展開。意図してやったわけではないが、大会五日目の今日ともなれば「シンデン」の名は会場のあちこちで囁かれるようになっている。


「やったな」

 満足そうな笑みを浮かべるエディに背中を叩かれる。

「エディこそ」

「ああ。……今回だけは負けるわけにはいかないしな」

「…………?」

「ともかく、明日に備えて今日は早く寝るんだ」

「ところでエディ、レーナについて何か聞いていないか?」

 レーナが緊急着陸を行った後、すぐに自分のレースが始まってしまったので、規定により彼女のチームがシルバークラスへの降格になったとしか聞いていなかったのだ。

「マコトが見舞いに行っているはずだが……ああ、戻ってきたな」


「レーナちゃんは元気そうだったわ。けど、機体は明日までに間に合うかどうか分からないって」

 帰ってくるなり、マコトが端的に告げる。

「やっぱりエンジンだった?」

 忍が問うと、首を傾げる。

「えっと、よく分かんないけど、プロペラのとこを外してたみたい」

「ここか?」

 エディがベアキャットのカウリングを指すと、そうそうとマコトがうなずく。

 それを聞いたおやっさんが、煙草をふかしながら口を挟む。

「あそこのチームには古馴染がいる。腕のいい男だ。朝までには意地でもなんとかするさ」

「……うん、そうだね」

 おやっさんはああ言っているが、現実にはなかなか難しい。

 それに、レーナがこのままリタイアすれば、最終日のゴールドクラス参加がぐっと近づく。

 自分で自分が嫌になるような思考だが、少なくともエディとおやっさんはそれを願いまではしないまでも、念頭に置いているはずだ。

 パイロットとしては無事レースに復帰してくれることを願ってやまないが、レーサーとしてはライバルの脱落を歓迎しないまでも自らに有利な事実として受け止める。自身を対象に精神分析の真似事をしてみるのなら、大体そんなところだろう。

 ダメだ、止めよう。

 結果はどうあれ、忍自身がやることに変わりはない。

 自らの能力の限りを尽くし、全力で震電を飛ばす。

 それ以外に、レーナのためにしてやれることは何もないのだ。



 レーナのことが原因ではないだろうが、みな言葉少なく、その日はそのまま解散となった。

 チームテントの外に出ると、エディがゆっくりと後を追ってくる。

「じゃ、俺たちもホテルに帰るとするか。……そう言えば、シノブ。明日からシニアも観戦に来るそうだ。不甲斐ない飛び方をしたらどやされるぞ、覚悟しておけ」

「そりゃ怖い」

 二人で顔を見合わせ、声を立てずに忍び笑う。

「あー、なあシノブ」

「ん?」

「いや……またにしよう」

「なんだよエディ」

 いつになく歯切れの悪い様子に、何気なく横顔を見やる。

 そこには、驚くほど真剣な表情のエディがいた。

「最終日に話すよ、シノブ。……すまん、レース前に余計なことを言った」

「なんだよ、気になるな。でも、話せるようになったら話してくれ」

「わかった。ありがとうな」

「気にするなって」

 笑って流すが、どうも雰囲気が暗くていけない。

 話題を変えようと思って、空に目をやる。

 夕暮れの空には、小型旅客機の姿。

 エアレースのクライマックスへ向けて、観光客が街にどんどん流れ込んでいるのだ。

 そんな飛行機の姿と、先ほど話に出たシニアの話、そして震電が頭の中で結びつく。

「そう言えばさ」

 何となく聞き辛くてこれまで触れずにきたが、いい機会かも知れないと思って口に出す。

「シニアって、第二次世界大戦のときはどこの空を飛んでたのかな?」

 彼が空軍少佐だったという話は聞いているが、自分からは戦争の話を口に出さない人なので、こちらからも気兼ねして今まで聞けなかったのだ。後妻の連れ子として、下手に継父の機嫌を損ねるわけにはいかないと悟る程度には、幼いころの忍は察しが良かったこともある。だが、今ならもうマコトと離れても一人でやっていけるし、もしエディも知らないようならぜひ本人に話を聞いてみたかったからだ。

「なんだ、知らなかったのか?」

 意外そうなエディの声。

「フィリピンだよ。開戦直後、日本軍のゼロとやり合ってたんだと。その経験を買われて、本国でテストパイロットの任を仰せつかったそうだ。って、ああ!」

 突然、熊みたいな手を打ち合わせて叫ぶエディ。

「なに? どうかした?」

 突然大声を出したと思ったら、呆然とした様子を見せるエディにびっくりしながらも問いかけると、興奮した様子で瞳をきらきらさせて忍の肩を掴んでくる。

「思い出した! まだ俺がガキのころ、いつだったかシニアが酷く酔ったときの話なんだが、俺は震電に乗った、って言ってるのを聞いたことがある。ああくそ、昔の話で、すっかり忘れてた! なるほど、それでか! なんで震電なんて変わり種を持ち出してきたのかとは思ってたが、そういうことか!」

 エディは、一人で納得して興奮している。

 それを見て、忍の思考は逆に冷えていく。

「震電に、シニアが……?」

 なるほど、可能性はある。

 戦後、アメリカ軍は日本軍の試作機を接収して性能試験を行っている。

 テストパイロットだったシニアがその任に就いたことは十分に考えられる。

 もし、接収した震電に若き日のシニアが乗ったのだとしたら。

 彼は、何を思ったのだろうか。

 ふと、呼ばれた気がして後ろを振り返る。

 きっとその答えは、二人の後ろのテントに収まる震電が物語っている。

 そんな気がした。



 翌日は、綺麗に晴れた涼しい朝になった。

 大会六日目、忍にとってはシルバークラスでの二日目となる。

 飛ぶにはいい日だ。

 ホテルの窓を開け、風を感じながらそう思った。

 エディと一緒に朝食を取り、車で会場へ向かう。チームのテントには、昨日の内にマコトと合流したらしいエディ・シニアの車椅子があった。

「おはようございます、シニア」

「うむ。……調子はどうだ?」

「快調です。僕も、震電も」

「よろしい」

「なんだ、俺には聞いてくれないのか?」

「お前の心配などしておらん」

 エディのため息とシニアの切り返し。

「酷いな」

「万全なのだろう?」

「当たり前だ」

 二人なりの、親愛の情の表し方。

 そんなやり取りを、マコトがくすくすと笑いながら眺めている。

「レースはお昼からよね? 午前中は何かやるのかしら」

「あー……どっかのエアロバティックスチームが演技するはずだけど?」

「一緒に観に行く? もちろん、シニアも一緒に」

「んー」

 少し迷うが、断ることにする。

「ちょっと集中したいから。ごめんね」

 本当のことを言えば、昨日も一人になりたかったのだ。

 それが原因で勝てなかったとは意地でも言わないが、今日勝てなければエディと直接当たる可能性が潰える。

 だから、今日だけは絶対に勝ちたかった。

 マコトには、シニアの相手をしていてもらおう。

「そっか、残念。二人とも、がんばってね? じゃ、行こっか」

「うむ」

 シニアの車椅子を押して出ていくマコト。

 付き合いはそれなりに長いが、いつ見ても不思議な二人の関係だった。



 それから、午前中のほぼ全てをイメージトレーニングに当てた。

 徐々に調子は上がってきているとは言え、油断できる状況では全くない。

 昨日のように何かトラブルがない限りは、シルバーで一位にならない限りエディと共に飛べる可能性は潰えてしまうのだ。機体のトラブルという不運に見舞われたレーナには悪いが、勝ちを譲る気は毛先ほどもなかった。

 実際、レーナのシーファイアは強敵だが、今の自分と震電なら勝てるという確信がある。

 初めこそ、それまで乗っていた複葉機とは次元の違う震電のスピードに意識がついていかなかったものの、何度も実戦で飛んでいるうちに少しづつ何かが掴めてきたように思う。昨日のシルバークラスのレースでは、一瞬だが翼の先まで神経が行き渡っているような感覚も得られた。恐れず怯まずパイロンぎりぎりを駆け抜けられるのは、決まってそんな時なのだ。

 そのイメージを忘れないよう。

 コクピットに収まって、目を閉じる。

 滑らかな機動を、繰り返し頭の中で思い描く。

 震電に振り回されるのでも、振り回すのでもなく。

 最適の経路、最速の機動。震電と一体化するように。


「じゃ、行ってくるぜ」

 声を聞いた気がして、イメージからゆっくりと浮上。目を開く。

 かけられた声は、どうやらエディのものであったらしい。

 そう気づいた時には、すでに彼はテントの中から姿を消していた。

 どうやら、エディは自分のレースへ向かったらしい。

 見送りもせずに、悪いことをしたと思う。

 何となくけだるい感じで、コクピットの中で大きく息を吸って、吐く。

 そんな忍を気遣ってか、タラップを上がってきたおやっさんが声をかけてくれる。

「何か食べるか、シノブ?」

「……ああ。えっと、コーラある?」

「よしきた。待ってろよ」

 年の割には機敏な動きでおやっさんがタラップを降り、戻ってくる。

 全部は飲まないだろうと、初めから半分は他のコップに移してある気遣いが嬉しかった。

「ありがと」

 飲み干して、気分もすっきりしたところでコクピットを出る。

 ほどなくして、レースの開始を告げるサイレンがテントの中まで聞こえてきた。

 出番までは、あと一時間余り。

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