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5th day

 昨日のフライトを思い返す。

 大会四日目、アンリミテッドのブロンズクラス。

 予選で12位から17位にランクインした選手たちが、一周8マイルの楕円形コースを6周して速さを競う。

 スタートは予選順位がそのままスタート順となるローリングスタート方式ということもあり、ポールポジションでのスタートとなった忍は、予選と比べても落ち着いて飛行できた。六人中の2位、シルバークラスへの昇格という結果はある意味で順当なものとも言えた。


 スタートしてしまえば、頼れるもののは愛機と自らの腕しかない。

 地面に穿たれたパイロンを目印に、より速く、より低く。

 視界の狭いレーサー仕様のキャノピから空を睨み、地面の起伏を読んで、左へ、左へ。

 低く飛んだ方がパイロンぎりぎりを攻められるのはもちろんだが、高さ15mのパイロンより下を飛べば危険飛行として即失格になるし、地面の起伏による無駄が出る。フルチューンしたモンスターエンジンによる後方へのGと、同方向への旋回を繰り返すことによる下方へのGがパイロットの身体を苛む。

 他のモータースポーツとは異なり三次元の機動が可能となるエアレースでは、少しでも気を抜けば高度差を利用したスピードアップにより抜き去られてしまう。最終ラップまでトップをキープし続けた忍が抜かれたのも、次のパイロンに備えて高度を上げようとした一瞬だった。

 こちらの機体の後下方、死角となる位置から近づいて一気に抜き去って行ったのは、やはりと言うべきかレース前にも注意しろと言われていた赤と青の派手なマスタング、ジャック・イェーガーの機だった。


 湧き上がる後悔は一瞬で切り捨て、精確なライン取りのみに意識を集中する。

 ここでは2位以内に入れればシルバーへ進める。

 勝負をかけるなら、次だ。

 焦る必要はない。

 予選ではそれで失敗した。

 本戦とは異なり一機ごとのタイムアタックとなる予選では、他の選手と自分とでペースの比較ができなかったため、自分が速いのか遅いのか分からず焦った結果、パイロンより内側を飛行するパイロンカットをやらかしてしまったのだ。規定により10秒のペナルティを受けた結果が12位だった。

 ジャック・イェーガーも事情は同じで、彼に至ってはなんと予選において二回のパイロンカット、20秒のペナルティを受けての13位なのだ。それはつまり、単純に彼の方が早いことを示している。それさえ分かっていれば、慌てる理由もない。馬力の高い機の方が早いのは当然だし、彼が強引にこちらを抜いた理由はすでにパイロンカットによるペナルティを受けているからかも知れないからだ。

 その場合、ジャックのゴールから10秒以内にゴールすれば忍の勝ちとなる。

 ならば忍は、それこそ忍者のようにストイックに、自らの持ち味である精確な飛行をすればいい。

 結果としてはジャックにパイロンカットはなく、そのまま2位という結果に終わったものの、自分の判断は間違っていなかったと思う。


 そんな思考は、いきなり頬に押し付けられた冷たいカップで飛んだ。

「ひゃっ!」

「なに一人で考えてんの、忍?」

「……マコトか。まあ、他にいないよね」

 フライト前に集中するレーサーにこんなにも気軽に話しかける奴なんて、という皮肉は飲み込む。

「なに? なにか言いたそうね」

「別に?」

「ふうん……ま、いいわ。それで、今日は勝てそうなの?」

 期待を込めた視線が注がれる。

 昨日、忍が昇格になって一番喜んだのが彼女だった。

 そこはやはり、彼女も一応は人の親と言うべきか。

 しかし、機体を裏切って悪いが安請け合いはできない。

「いや、無理だよ」

「なんで」

 一転して不機嫌そうに頬を膨らませる。

 四十近い大人のやることか。

「客観的に見て、僕の実力はシルバークラスだから」

 悔しくないでもないが、それが現実。マコトに向かって、淡々と説明する。

「予選のパイロンカットがなくても、今日戦う彼らとは実力が伯仲してる。ブロンズからの昇格でスタートは最後になるから、今日のレースでは明日いいポジションを確保することを狙う。……ミーティングの話、聞いてただろ?」

 それが、エディやおやっさんとも話し合って決めた作戦だ。

 だから、今日のレース次第で六日目の戦い方は大きく変わってくる。

 シルバーでは一位のパイロットだけが昇格となるため、明日のポールポジションを得るためには二位につける必要がある。最終日のゴールドに参加してエディと同じ場に立つためには、今日のレースでは二位か、悪くとも三位につけたいところだった。正直なところ、三番目以下のスタートから一位まで持っていく自信はなかった。


「それよりほら、ゴールドの試合がそろそろ始まるよ。エディとレーナを見に行こう」

 話題を変えると、マコトは不承不承といった感じでうなずくのだった。

 まったく、何が気に入らないのか。

 生まれてこの方長い付き合いになるが、彼女の機嫌の行方はいまだに分からない忍だった。



 赤茶けた大地に点々と並ぶ、ホームパイロンとNo.1から9までのコースパイロン。

 特設のスタンドからは一周8マイルのコース全体が見渡せる。

 右手後方では、空中で隊形を整えるゴールドクラスの参加機たちが見えた。

 ペースプレーンの先導に従って空中でサークルを描く六機。勝負は、すでに始まっている。

 狭いコクピットの中、パイロットたちは微妙にスロットルを上げ下げし、より優位な状態からスタートするべく駆け引きを行っている。さすが年の功というべきか、エディはこれが抜群に上手いことで有名だった。

 先頭を行くエディのベアキャット「Naughty Cat」が、やんちゃ猫の名の通りの奇抜な動きで後続機を翻弄する。やり過ぎると隊形の乱れとしてペースプレーンから修正の指示が出るのだが、エディは注意を受けないぎりぎりの線を読んでフェイントを仕掛けていく。自らの技量はもちろん、後続のパイロットたちの技量をもよく知り、そして信頼を置いているからこそできる芸当だ。

「ペースプレーンが離れた!」

 会場がざわめく。

 これで、後は全機コースに突っ込むだけ。

 エディを筆頭とする参加機のエンジンが一気に回転数を上げる。

 レシプロエンジン特有のうなり声が重なり合って耳をつんざく。

 スロットル全開でコースに侵入する各機に、歓声が湧き上がった。

 大会五日目。

 アンリミテッドルール、ゴールドクラスの開始だった。


 レースは、おおむね順調に進んでいく。

 各機は最終日により良いポジションを占めるべく、虎視眈々と前方の機を抜かすタイミングを計って火花を散らす。

 そんな中でも別格と言っていいのがエディだ。

 序盤のリードをさらに広げ、ほぼ独走態勢に入り悠々と飛んでいるようにも見えた。

 観客の注目は、自然と接戦を演じる後続機へと集まっていく。

 ベテランのジョン・ランダースが操るムスタングに、レーナのシーファイアそして若手のリチャード・ボングが操るベアキャットが喰らいつく。巧みにコース取りを行うジョン、華麗な飛びっぷりを見せるレーナ、直線的で力強いリチャード。三者三様の飛び方に会場の熱気は高まっていく。

 三機が絡み合い、翼を立てて観客に見せつけるようにしてホームパイロンの前を飛び抜けるに至って、観客の興奮は最高潮に達した。総立ちになって、それぞれがひいきにするチームの名を叫び、歓声を上げる。隣ではマコトがレーナの名を叫び、忍も静かに興奮を覚えていた。


 異変が起きたのは、レースも終盤となったころだった。

 二位をキープしていたレーナのシーファイアの脇を、ジョンのムスタングとリチャードのベアキャットがすり抜けたのだ。あっさりと抜かれたことで、レーナのファンであろう男たちが失望の声を上げる。

「……ん?」

 いや違う。

 パイロットとしての忍の眼は、違和感を捉えていた。

 そう、ジョンとリチャードが抜いたのではない。

 彼らは単に『かわした』のだ。

 レーナのシーファイアが、極端なまでにスピードを落としていた。

 後続機にも次々抜かれていく。

「マシントラブルか!」

 機はコースの一番向こうにいて、ここからではレーナの機であると判別するのが精一杯だったが、それでも目を凝らす。

 煙や火が出ている徴候はない。

 部品の脱落はここからでは見えないが、少なくとも何かが落ちるようなところは見ていない。

 となれば、エンジン関連か。そう考えてよく見てみれば、飛び方に力がないようにも思える。

 そのころには、観客たちも異変に気付いて不安そうな声を上げる者もちらほらと出始めていた。

 レーナは速度を生かして、失速しないように高度を稼いでいる。

 機動から焦りや不安は感じ取れない。

 大丈夫、彼女は冷静だ。

 上空で待機していたペースプレーンが、シーファイアを先導するべく寄っていく。

 レースは続いているが、もう誰もそちらは見ていなかった。

 しかし、レースは決して中断されたわけではない。

 ただ残されたパイロットたちだけが、前だけを、ゴールだけを見て飛んでいる。

 彼らは、レースの中断をレーナが望まないと理解しているからだ。

 それが、彼らなりの敬意の表し方であることを忍は知っている。

 きっと、忍が同じ立場に立たされてもそうするだろうし、そう望むだろうから。


 幸いにも、緊急着陸のアプローチに入るまで何とかエンジンは持ったようだ。不機嫌そうに唸っていたエンジンは完全に停止するが、滑空するシーファイアは危なげなく滑走路へと滑り込んでいく。

 思わずマコトと顔を見合わせ、ほっと胸をなでおろす。同時に、レーナの冷静沈着さと確かな技術、そして何よりレーナが無事だったことに対して、その場に居合わせた誰もが温かい拍手を送る。

 機体は復元できても、人間を復元することはできない。

 レーサーの死は、いつだって唐突なのだ。

 だから、ただただ、よかったと思う。

 自力でキャノピを開け、翼の上に降り立ったところを見ると、身体にも異常はないようだ。

 注目を集めていることに気付き、観客席に向かって手を振って無事をアピールするレーナ。

 彼女の無事を喜び、健闘を称える拍手が再び湧き上がる。

 ふっと視線をそらし、一心不乱に飛び続けるライバルたちを眺めるレーナの表情が悔しさに歪んだことに、気付いた人間はどれだけいただろうか。



5th day UNLIMITED Class Gold(大会五日目 アンリミテッド ゴールドクラス 結果発表)

1. エドワード・R・エドワーズ

2. ジョン・ランダース

3. リチャード・ボング

4. ジョニー・ジョンソン

5. ピエール・クロステルマン

6. レジーナ・J・ミッチェル(降格)


※規定によりマシントラブルで出走できない/完走できない機は翌日以降のレースにクラスを一段階落として参加するものとする。参加機数の変動については同日に行われる該当機の一つ下のクラスより規定の機数+一機を昇格させることでこれを補填する。(リノ・エアレースルールブックより抜粋)



5th day UNLIMITED Class Silver(同日 アンリミテッド シルバークラス 結果発表)

1. ジャック・イェーガー(昇格)

2. ライル・ダンダス(繰り上がり昇格)

3. シノブ・サイカ

4. チャールズ・ダンダス

5. ディートリヒ・フラバク

6. エイノ・イルマリ・ユーティライネン

7. ジェームズ・サザーランド

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