4th day
目の端で、肩を叩きあいこちらを指差す人影を捉え、思わず目をそらす。
「おい、あれって……」
「ニンジャ!」
「ニンジャじゃないか!」
ばれた。
嬉しそうに、こちらへ向かって手を振っている。
無視するわけにもいかないので、適当に手を振って返す。
「本戦、期待してるぜ!」
「ありゃいつ売り出すんだ? 絶対買うから、よろしくな!」
その後も、ライトニングフライヤのチームテントに向かう忍に、何人かがそうやって声をかける。
知っている顔もあれば、そうでない顔もあった。
全く、自分も有名になったものだ。
「けど、忍者って……忍者ってなんだよ……」
テントに入るなりため息をつく忍に、エディが笑いをかみ殺したような顔で近づいてくる。
「そいつは日本語で言う『イイエテミョウ』ってやつじゃないのか、シノブ? マコトから聞いたんだが、シノブの漢字はニンジャの意味なんだろ?」
「ま、そうなんだけどね」
予選結果こそ二十四機中の十二位と振るわなかったものの、漆黒の機体に銀色のプロペラとスピンナを持つ見慣れない機体に乗る日本人パイロットは大いに注目を集め、その姿が忍者装束に身を包みシュリケンを回転させるニンジャに見えるとかで、早速『ニンジャ』の愛称を頂戴することになったのだった。
「漢字はマコトから教わったから、いつでもノーズアートしてやるぜ、シノブ!」
「おやっさんまで……いらないからね?」
「そりゃやれってことか?」
「本気でいらないから!」
「そりゃ残念」
肩をすくめるおやっさん。
本気なのか、からかっているだけか。
全く、自分の名前を機体側面に付けて飛ぶなんて、どんなナルシストだ。
とは言っても、震電に愛称を付けてやらないといけないのも確かだ。
今はまだ一機しかないからいいにしても、来年以降もし複数の震電がエアレースに出場するようになれば、こいつだけの名前が必要になってくる。なし崩し的に『ニンジャ』になる前に、いい名前を考えてやらなければ。静かに出番を待つ機体を見上げて、そう思う。
なんとなく、もう手遅れという気もしないではないけれど。
「さて、ミーティングを始めるぞ」
エディが分厚い手を打ち鳴らして注目を集める。
各自に配られたのは、やはりと言うべきか、初日に行われた予選の結果表だった。
あまり直視したい代物ではないが、仕方がない。
ざっと目を通すと、何人かの名前にチェックが打たれていた。
1st day UNLIMITED QUALIFIER(大会一日目 アンリミテッドクラス 予選結果)
1. エドワード・R・エドワーズ ✓
2. ジョン・ランダース
3. レジーナ・J・ミッチェル ✓
4. リチャード・ボング
5. ジョニー・ジョンソン
6. ピエール・クロステルマン
7. チャールズ・ダンダス
8. ライル・ダンダス
9. ジェームズ・サザーランド
10. エイノ・イルマリ・ユーティライネン
11. ディートリヒ・フラバク
12. 雑賀忍 ✓
13. ジャック・イェーガー ✓
14. ロアルド・ダール
15. ロバート・S・ジョンソン
16. フランコ・ルッキーニ
17. リディア・リトヴァク
18. ニール・A・カービィ
19. トーマス・マクガイア
20. デイヴィッド・マッキャンベル
21. セシル・ハリス
22. ハンス・ウィンド
23. クリブ・コールドウェル
24. ヤン・レズナク
「エディと忍はいいとして、レーナちゃんとジャックって人にチェックが入ってるのは?」
質問を投げたのは、なぜかこの場に紛れ込んでいるマコトだった。
「ふむ。マコトもいることだし、確認も兼ねてもう一度説明しておこう」
そう言って、エディは喋りながらホワイトボードに表を書き殴る。
「リノ・エアレース最大の目玉、アンリミテッドクラスの本戦は木曜日から日曜日までの四日間をかけて行われることは前に説明したな? それでだ、参加選手は予選の結果によってゴールド、シルバー、ブロンズ、メダリオンの各クラスに割り振られるんだが……実は、このクラス分けは最終的なものではないんだ。ゴールド以下の各クラスで戦うパイロットには、昇格のチャンスが与えられている」
「じゃ、ブロンズの忍がシルバーやゴールドに上がるのも不可能じゃないのね?」
「可能性はある。簡単なことじゃないがな。とりあえずブロンズで二位以内に入れれば、明日からはシルバーで飛べる。そしてシルバーで一位になったらめでたくゴールドへ昇格だ」
「へえ……あれ? エディは今日は飛ばないの?」
喋りながらエディが書き殴った表を見て、マコトが不思議そうな声を上げる。
ホワイトボードには、木曜から日曜までの四列と、ゴールドからメダリオンまでの四行によるマトリクスが描かれていた。そして木曜の列を見ると、ゴールドの行には×が、他の行には〇が打たれている。つまり、今日はシルバー、ブロンズ、メダリオンの三試合が行われるということだ。
「見ての通り、ゴールドは明日からだ。ついでに言えば、一度ゴールドに入ったら基本的に降格することはない。というか、基本的に降格はないんだ。勝てば昇格していって、最終日にはゴールド、シルバー、ブロンズ、各八機ずつの戦いになるように調整される」
「なるほどね。よく分からないけど、要は一位になればいいのよね?」
あまりにも大雑把なマコトの理解に、椅子から落ちかける。
「まあ……そうだな。間違っちゃいない」
エディも心得たもので、それ以上の説明を諦める。
「それでだ。チェックが入ってる理由、だったな。端的に言えば、このレジーナとジャックが、俺が参加するゴールドクラス、シノブが参加するブロンズクラスにおいてそれぞれ最も注意すべき相手だってことだな」
「レーナちゃんが?」
「そうだ。まだ若いが、切れのある飛び方をする。ここ一番ってときの突っ込み方は、さすが女の思い切りの良さと言うか……おっと」
マコトの笑顔に射すくめられたエディが肩をすくめる。
口は笑みを形作っているが、目が笑っていなかった。
危険を感じたのだろうエディが、素早く話題をそらす。
「で、シノブの相手になるジャック・イェーガーだが、こいつは予選をゴールドで通過しててもおかしくない実力者だ。タイムがいまいち伸びなかった理由はエンジン不調で無理した結果、パイロンカットをやらかしたからって話だが、本戦までにはきっちりコンディションを整えてくるはずだ。今日は無理をせず、一位を取るつもりで二位を狙うんだぞシノブ」
エディの真面目くさった顔に、思わず笑ってしまう。
「それって矛盾してるよエディ」
「いや、真面目な話だ」
「……どんな奴なの?」
椅子に座り直す。
エディの顔は真剣だった。
きちんと聞いた方がいいかも知れない、と思ったからだ。
「リノ・エアレースの格言はお前も知ってるだろ、シノブ?」
「"Fly Low, Fly Fast, Turn Left"」
より低く、より早く、左旋回せよ。
「ジャックはそいつを体現したような男だ。3000馬力にボアアップしたムスタングを強引に振り回す。小回りを利かせて丁寧に飛ぶシノブとは対極と言ってもいいな。いいか、まともに張り合おうとは思うな。だが突き放す機会があったら容赦するな。抜かれても抜き返す覚悟を持て。お前ならできる」
黙ってうなずくのと、そろそろ時間だとおやっさんが呼びに来るのは同時だった。
いよいよリノ・エアレース、アンリミテッドクラスの本戦が始まるのだ。
覚悟を決めて、勢いよく椅子から立ち上がった。
4th day UNLIMITED Class Bronze(大会四日目 アンリミテッド ブロンズクラス 結果発表)
1. ジャック・イェーガー(昇格)
2. シノブ・サイカ(昇格)
3. ロバート・S・ジョンソン
4. リディア・リトヴァク
5. フランコ・ルッキーニ
6. ロアルド・ダール