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6.喫茶店にて


 ―――学校に遅刻する!


 という恐怖感に襲われ、目が覚めた。

 思わず跳ね起き、枕元にある自分の目覚まし時計を確認しようとして、手が空振り。宿の枕元に、そんな庶民的な目覚まし時計は置かれていなかった。

 そうだ、異世界で迎える朝なんだっけ。


「おはようツバキ。早いんだね、まだ寝ててもいいのに」

「いえ、よく眠れましたから。最近こんなに熟睡した事はなかったですね」


 最近で一番深い眠りだった。倒れ込んでしまう程に疲れていたというのもある。それにしては、なぜかきれいさっぱり疲労感は消えていて、気持ちの良い目覚めだった。こんな清々しさも、最近感じていなかったな。

 正直、自分の家で起きる時より気分が良い。


「そう? でもまだ、ロルが起きてないんだ」


 隣のベッドには白い布団が盛り上がっている。話が聞こえているのかいないのか、起きるのを拒否する様に動いている。家にいた私の兄と大差ない。

 目に入った時計は、八時頃を指していた。フランが一番に起きて、ソファで重そうな本を読んで待っていたという事か。テーブルに朝の紅茶も用意されている。


「朝御飯はもう食べたんですか?」

「ううん。皆が起きたらどこかで食べに行くでしょ。駅の近くにトーストが美味しい喫茶店があるの。あ、ツバキ昨日から何も食べてないね」

「お腹が減ってしまって」


 じゃあロル起こそう、とフランがベッドへ向かう。起きて、起きてと可愛く声をかけたりする場面かと思ったが、このエルフ、行動が予想の斜め上を行く。

 どすの利いた低音を絞り出し、静かに呟く。


「……起きなさい」


       * * *


 朝食を食べに向かったのは、駅の傍にある小さな喫茶店。『カフェ エルテナ』という名前の、花が多く飾られた店だ。優雅な雰囲気が漂っている。

 その店の窓際、線路が見られる場所に席をとった。

 日本の時の様な車両はさすがに通っていないが、蒸気機関車の様なフォルムの車体が行き来しているのが見える。


「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」

「いつものをくれ。三人分な」

「かしこまりました。新人さんの分も、と」


 注文を聞きに来たのは、背の高い男性だった。微笑を浮かべて、メモに注文を書き留めるとすぐに下がっていった。少し長めの薄紫色の髪を束ねている、優しそうな印象の。

 新人さん、とは私の事を言っているのだろう。


「このお店にはよく来るんですか? 常連って感じですね」

「便利だからな、ここは。今注文を聞きに来たやつが、この店の主人だ。少し変な奴でな。まぁ、すぐに分かるだろ」

「変?」


 今の人が変というのはどういう事だろう。特に変わった印象はなかったが。

 疑問に思っている間に、その人はお盆を持ってやってきた。コーヒーの良い香りがする。お皿を丁寧に並べながら、その人は笑って言う。


「変な奴とは心外だね、ローレンス。エルフの美少女と黒髪美人を引き連れて仕事に出る君の方が、僕にはよっぽど変人に見える」

「うるせぇよ! 成り行き上そうなっちまっただけだ!」

「どういう成り行きなのか、いつか聞かせてもらうよ。それにツバキちゃんも、随分と変わった成り行きがあるみたいだね」

「え?」


 確かに今、ツバキと呼ばれた。私は、名乗ったんだっけ?

 顔を上げると、視線がぶつかった。向こうは逸らす事なく、じっと私を見ている。何か、心の奥まで見透かされた様な恐怖感。だが真っ直ぐに目を見られると、つい逸らせなくなってしまう。

 すると、ふっと笑われた。


「僕はジュスト。これからはこの店を御贔屓に」

「は、はい。ツバキです、よろしくお願いします」


 そう言うとジュストの視線は外れ、ロルとの談話に戻る。その事に、とても安堵した。ジュストは優しい人という印象から、やや変な人という印象に変わったが。

 逃れる様に視線を外し、妙に静かなフランに視線を向けると、なんと一人でトーストを食べ終わっていた。添えられていたバターもサラダも見当たらない綺麗な皿を前に、紅茶を嗜んでいる。


「早いですね、フラン。もう食べ終わっていたんですか」

「美味しい物は美味しい内に食べないと。冷めちゃったトーストは美味しくないよ」

「そうですか」


 私も空腹なので、トーストを頂く。

 ロルもトーストをぱくつきながら、ジュストと話している。最初は下らない事で笑っていたが、急にロルの表情が真剣な物に変わった。


「ジュスト、スモルトの方で何か変わった話は聞かないか?」

「次の仕事はスモルト? クルミリスが繁殖しているとは聞くね。後は……」


 ジュストは、横を向いて考え込むような表情を見せる。

 だが、すぐに持ち前の微笑を浮かべて応えた。


「大丈夫じゃないかな。ツバキちゃんには慣れない世界なんだから、ローレンスが守ってあげなよ」

「俺はそんな事を話した覚えはないがな」

「おや、そうだっけ?」

「とぼけるなよ。やりやがったな」


 さっき視線が合った時の変な感覚を思った。ジュストの視線は、私の全てを知り尽くしたかのような雰囲気がある、そう思ったのだ。

 ロルは苦笑交じりに溜め息をついて、最後の一口を放り込んだ。


「んじゃ、仕事行くかな」

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