12.回復中にて
目を覚ます。
ぼうっとした視界に、ねじ曲がった木目が浮かび上がってくる。横にある窓からさす光は、外ですっかり日が高く昇っている事を示していた。いつの間にか、真昼間だ。
頭痛が残っている。記憶が混濁していて、なぜ頭痛がするのかが分からない。
確か、山の中にいた筈だ。
「起きた?」
「わっ」
二つの大きな碧眼が視界に飛び込んできた。柔らかな髪が私の頬に落ちる。
鼻の頭が当りそうな程近くに、フランは顔を寄せてきた。間近で見るその表情は、見る見るうちに花が咲く様に綻んでいく。
「心配したよ! 毒の治癒も怪我の治癒もしたのに、ずっと眠ってるんだもん。本気で死んじゃったのかと思ったからね!」
「毒の治癒……あぁ、クエレブレに遭ったんでしたか」
「呆けちゃった! ロル、ツバキが呆けちゃった!」
フランが私の首に細腕を回し抱き付く。言葉の割に、泣きそうに瞳が潤んでいた。
いや、泣いていたのだ。フランの袖はしっとりと冷たく、涙を吸って冷えていた。私は、フランの背に手を回して抱き返した。
「どれだけ眠りっぱなしだったと思ってるの……」
「すみませんでした」
横を見ると、先に起きていた様子のロルがベッドで腰かけていた。胴に包帯を巻かれているが、気にしていない様で普通に笑っている。
「通りすがりのクエレブレに遭うなんて運がなかったな。ま、どっかに飛び去って行ったんなら、この村を襲うとかはねぇから」
「そうですか。それは良かった」
私が気絶した後、誰が私を運んできてくれたのだろう。丁寧な治癒魔法をかけてくれたのは、依然抱きついたままのフランなのだろう。
ベッドの脇には、少し土がついた状態の紅炎刀が立て掛けられていた。少し何かを言われるかもしれない。山の中に忘れてくるより良かったが。
あの状況で竜を撃退しようとは到底思えなかった。即逃げる、それが最善だと感じたからだ。ゲームでは簡単に強い武器や薬を造り出して戦っていたが、そんな事、今の私に出来る筈がない。
最初の仕事が終わった。ただそれだけの事。
「さっさと報告を済ませて帰るか、フラン、ツバキ。あのカフェの主人に言いたい事があるしな」
そう言うとロルは立ち上がり、鎧ではなく薄手の洋服を着込む。
紺色の髪が白いジャケットによく似合っていた。
「お給料、お給料! 2000G貰ったらツバキは何する?」
「そうですね、とりあえず服もこの世界に合ったのが必要ですし……」
今の袴姿はどこに行っても目立ち過ぎる。それに、真っ黒に土や返り血を浴びている上、背中が袈裟掛けに裂けてしまっていて、もはや服として機能しそうにない。あの騒動の中で、何かに引き裂かれてしまったのかも知れない。
ある程度の服を見繕った後、お金を使ってやるべき事があった。
「紅炎刀を買います。高いのでしょうから、すぐには払えないと思いますが」
ローンを組めるだろうか。一括で払える程の金はない。だが、急ぐ必要もない。
どちらにしろ、紅炎刀を買うと決めている。相棒だ。私が勝手にそう決めた。
「いいんじゃねぇの。その刀、ツバキに合ってるよ」
「ありがとうございます。ところで、ロルさんの剣は喋りますか?」
「あのな、普通剣は喋らないってのがこっちの常識だから……」
* * *
赤く飛び散った多量の血液は、脳裏に焼き付いて離れない。これから先何十年、何百年と時を経ても、忘れられないと思う。いつかツバキやロルがいなくなる時にも、思い出す。
真赤な血の咲くツバキの姿を。
太い木に貫かれたロルの姿を。
飛び去っていく竜の後ろ姿を。
暗い山間で感じたあの恐怖は、一生薄れる事はない。
だからこそ、治癒の魔法がある。
* * *
軽やかなベルの音が鳴り、扉が開く。
入って来たのは人の姿よりも先に、苛立ちの現れた怒声だった。
「おいジュスト、知ってて隠しやがったなてめぇ!」
「おやお帰り、ローレンス。随分と危険な目に遭ってきたんだね」
物腰穏やかなジュストは、訪れた三人を見回して驚いた様に目を瞬かせる。
死にかけた二人と、死ぬかと思った一人。
見かけこそあまり変わっていないが、中身は大きく変わって帰って来た様だ。
「クエレブレがいるって情報、お前知ってたんだろ!」
「遠くの町でそれらしい姿を見たって情報があったんだけれど……いや、君達はそんなに運がないんだね。ツバキちゃん、怖かっただろう」
「私はあまり、覚えていないんですけれど」
一番怖い思いをしたのはフランだ。
ツバキは手にしていた刀を大事そうに握り締める。燃える炎の赤い刀。
「買う事にしたんだね、紅炎刀」
「ええ。まぁ、お値段はかなりいってるんですが」
「それでも?」
「はい、それでも」
ツバキは微笑んだ。
それを見てジュストも、柔らかな笑みで返す。
「彼女は戦いが好きだからね。熱い、燃える様な戦いが」
「それは、もう分かります」
ぶすっとした表情のロルも、珍しく浮かない顔のフランも一緒に、窓際の席に座った。
この前と同じ席だ。




