零
※この小説には多少の女性向け表現があります。
気にならない方にはならないと思いますのでBLタグはありません。
ですが、少しでも不快感を抱く方はご遠慮ください。
貴方は御存知ですか?
この世というものは幾つもあるということを。
その顔では知らないようですね。
いや、すみません、馬鹿にしたつもりはないのです。私だってひとつしか知らないですから。
おおっ、興味がわきましたか?では、特別にお話しましょう。
その世界とこの世界の違いはほとんどありません。
しかし、もちろん違うところもございます。
たとえば、…そう、獣人類という方々が存在します。
獣人類は人間たちに[クリーチ]と呼ばれております。
彼らは人と動物両方の姿を持ち、人、半、獣、と呼ばれる形を持ち、彼らは人間とほぼ同じ数、生息していました。
人間と獣人類、お互い認め合って共存してきました。
しかしそれも戦国時代まで。
なぜなら、彼ら獣人類は戦で、人間にはとうていできないことをやってのけたからです。
人間と同じ知能を持ち、動物と同じ力を持って、人間と同じ数いる彼らに人間は恐怖を抱きました。
もしも彼らが敵になったら絶対に勝つことは出来ない、と。
そして獣人類が敵になる前に排除をしようとする考えを持った者達が現れました。
それは江戸時代にどんどん数を増し、ついに明治、新政府から廃刀令などと一緒に[獣人類減少令]を出しました。
[獣人類減少令]では、名の通り獣人類を全体の二割に減らすこととされ、たくさんの獣人類たちが殺されました。
しかし、獣人類たちの悲劇はそこで終わりません。獣人類は二割に減らしてしまうにはとても惜しいからです。
牛や熊の獣人類なら、力が強く建築などの奴隷にされました。そして他に、獣人類は美形が多く、賢いので物好きの金持ちや遊郭に売られました。
獣人類達も人間に従わなければ殺されてしまう、そう思い抵抗することをやめました。
そうして、人間と獣人類は虐げ、虐げられ、互いに怯えて暮らしました。
――文明開化真っ只中、明治日本
「見ろよ!京都でクリーチ、三孤の黒狐が目撃されたってよ!」
「本当か!?しっかし京都かぁ、東京からは遠いな。」
「いやいや、それが東京行きの船でだってよ!」
「なるほど、だから、最近船着場の警備が厳重なんだなー」
「黒狐といいやあ、薬屋東雲のじじいが血眼で捜してるやつだからなあ…」
二人の船員が客達の飲み終わった樽に座りサボりつつ雑談をする。
「なーに油売ってんだ!この野郎共!」
ドスのきいたいい声が背後からかかり二人の船員はびくっとして後ろを振り向いた。
「す、すいやせん!海流さん!」
「おら、あのちび見てみろよ。ちっこいくせしてよう働く、働く!」
海流と呼ばれた長身の女はかなり良いプロポーションではあるが衣服や言動はかなり男らしい。
海流が顎で指した先には走る小柄な人物が、大き目の帽子に水平服を着て両手に花、ではなく皿の山を持って絶妙なバランスで客室と厨房を行き来していた。
「あぁ、金が足りないからって働いてる奴っすね」
「そうそう、だからって手前らがサボるこたあねぇんだよ!おら、さっさと行け!」
二人の船員を蹴りだし、ひと段落ついたらしいさっきの人物を引き止めた。
「おい、ちび!」
「…んん?小生のことか?」
少しむっとしたように振り向くが、振り向くということは本人も少なからず自覚があるということだろう。
「悪い、悪い。そろそろ到着だからよ、金を渡そうと思ってな」
ほい、と渡されたのは五円。
「こっ、こんなにいらないぞ!それに小生は足りない分を働いたのであって金をもらうためではないし…」
申し訳なさそうに俯き、五円を返そうとするが海流は笑顔で首を振る。
「いいんだよ。だってこの船代が払えないってことは働いても文無しだろ?それにお前は船代こえるくらいよく働いてくれたしな!…代わりと言っちゃなんだが、お前の名前、教えてくれねぇか?」
海流の芯の強さに負け、帽子を取り口を開いた。
「…藤崎。小生の名前は藤崎小太郎だ。船を下りてからも考えてくれていたなんて。…ありがとう。いつかお返しに来るからな!」
「…あ、あぁ。いつでも待ってんぞ!」
藤崎小太郎は明かりの見え始めた岸をちらりと見ると船員室に走っていった。
一人残された海流は今だ目を丸くしていた。
「…ありゃあ、相当な訳ありだな…。見たことねぇぐらい綺麗な面してやがった。」
続
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