RPG小説【親切なダンジョンおじさん】
「……おや、また元気のいい若木が迷い込んだようだねえ」
ダンジョンの湿った地下1階、松明の光も届かぬ暗がりに、その「塊」は蹲っていた。
煮えきらない泥のような色のボロを纏い、背中には巨大な、あまりにも巨大な革袋を背負っている。男の名を呼ぶ者はいない。ギルドの台帳にはただ『回収人』とだけ記されている。
冒険者たちは彼を「ダンジョンおじさん」
と呼ぶ。
死ねば所持金は半分、拾った宝は全て没収。それがこの神に見放された迷宮の鉄則だ。
だが、死体が消えてしまえば残りの半分すら教会へは届かない。だからこそ、死体を「出口」まで運ぶ彼が必要だった。
「おじさん、この先のボスの弱点を教えてくれよ!」
「ああ、いいとも、いいとも。あいつは火に弱い。盾を高く構えて、右側から回り込むんだ。」
……そうすれば、綺麗に死ねる
おじさんは、歯の欠けた口を歪めて笑った。
その笑みは親切そのものだったが、濁った瞳はすでに若者の首の太さを測っていた。運びやすい重さかどうかを。
地獄へのエスコート
おじさんの歩幅は正確だ。
初心者の歩調に合わせ、励まし、時に「危ない!」と手を引いて罠を避けさせる。その献身的な姿に、若き冒険者たちは涙を流して感謝する。
「おじさん、あんたみたいな良い人に会えてよかった!」
「へへ、商売だよ。君たちが無事に『帰る』のが、私の願いさ」
偽りではない。彼は歩合制で動いている。
死体が新鮮であればあるほど、装備が傷ついていなければいるほど、教会からの報酬は跳ね上がる。だからこそ、彼は「最高の死に場所」まで彼らを育てる。
「さあ、ここがボスの部屋だ。さっき教えた通りにいけば、君は伝説になれる」
若者が意気揚々と扉を開ける。
奥に潜むのは、肉を裂くためだけに特化した歪な魔獣だ。
数秒後。
教えられた通り「右側から」回り込んだ若者の喉笛を、魔獣の爪が音もなく薙いだ。
おじさんは扉の隙間から、その光景をうっとりと眺めていた。
断末魔。溢れ出す鮮血。
命の灯火が消える瞬間、人は最も重くなり、そして最も価値のある「商品」に変わる。
収穫の宴
魔獣が飽きて去った後、おじさんは音もなく部屋に滑り込んだ。
先ほどまで希望に満ちていた若者の顔は、今や恐怖に引き攣ったただの肉塊だ。
「お疲れ様。よく頑張ったねえ」
おじさんは手慣れた手つきで、若者の懐を探る。
金貨の詰まった袋を取り出し、重さを確かめる。チャリン、という音が暗闇に響く。
半分は教会の手数料、そしてその中から数分の一が歩合としておじさんの懐に入る。
次に、若者が握りしめていた「魔銀の短剣」を無造作に奪い取る。
「これは没収だ。迷宮のルールだからね、悪く思うなよ」
そして、メインイベントが始まる。
おじさんは背中の巨大な袋を広げた。袋の内側からは、幾人もの「先客」たちの腐敗臭と、やり場のない怨嗟が染み出している。
「さあ、お仲間が待っているよ」
おじさんは若者の四肢を、あり得ない方向に折り曲げた。
パキッ、メキッ。
袋の容積には限りがある。効率よく詰め込むには、骨を砕く必要がある。
おじさんは鼻歌を歌いながら、生温かい肉の塊を袋に押し込んでいく。袋が「ズブッ」と重い音を立てて膨らんだ。
1Fの静寂
地上付近の教会関係者に袋を渡すと、彼らは鼻をつまみながら、形式的な祈りを捧げた。
「ああ、今日も不幸な若者が……。ご苦労、回収人。これが取り分だ」
投げ渡された数枚の銅貨を、おじさんは汚れた指で愛おしそうに撫でる。
彼は知っている。教会も、冒険者ギルドも、彼がいなければ回らないことを。
死体を回収し、遺品を没収し、それをまた新米に売りつける。この循環が、街を潤している。
おじさんは再び、冷たい湿気が漂う地下1階へと階段を下りる。
「……おや」
入り口の扉が開く音がした。
入ってきたのは、まだ成人もしていないような、輝く瞳を持った少女の魔術師だ。
「あの、すみません! 誰か案内してくれる人はいませんか?」
おじさんは、暗がりの隅で蹲り、顔の肉を最大限に吊り上げて笑った。
それは、暗闇で獲物を待つ蜘蛛の糸のように、残酷で、優しい。
「ああ、お嬢さん。困っているなら私が力になろう。この先にはね、とても美しい宝箱があるんだよ……」
おじさんの袋は、まだ、一人分の隙間が空いている。
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教会の極秘命令
「おじさん、これは単なる清掃ではありません。国家の『メンツ』の回収です」
教会の奥座敷。司教の声は震えていた。
今回の舞台である「死のダンジョン」は、ただの魔窟ではない。かつて不老不死の秘宝を求め、王国の第一王子率いる精鋭騎士団が突入し、全滅した忌むべき聖域だ。
おじさんは、いつもの古びた麻袋を撫でて笑った。
「分かりました。王族だろうが貴族だろうが、死んでしまえば等しく『忘れ去られる運命の落とし物』。回収屋の私が、責任を持って整理して差し上げましょう」
死のダンジョンへ
一歩足を踏み入れれば、そこは死体の山だった。
かつて王国最強と謳われた騎士団の残骸が、ボロ切れのように転がっている。
「おっと、失礼。この『高価な銀の籠手』、持ち主がいなければ泣いていますよ」
おじさんの動きは速かった。
死体を踏むことなく、まるで舞うように通路を駆け抜けながら、指先一つで装備の連結を外していく。
「回収屋の意地を見せてやりますよ。ゴミの山では神聖なダンジョンが泣きますからね」
背後の麻袋には、次々と高価な武器や防具が放り込まれていく。
「龍の鱗の盾」も「古の魔杖」も、おじさんにとっては換金率の高い「商品」でしかない。
罠が発動しても、おじさんは死体の重なり具合からその角度を完璧に読み切り、ミリ単位で回避してみせた。
最下層の手前。
ついに、金銀の装飾が施された豪華な鎧の集団が見えてきた。
王家の精鋭騎士団だ。その中心には、ひときわ豪華な、しかし今は無惨にひしゃげた黄金の鎧。
第一王子がいた。
「見つけましたよ、王子殿下。こんな湿った場所で、いつまでも『王家の誇り』を握りしめているなんて、コスパが悪い」
おじさんは無双の如き身のこなしで、周囲に群がるガーゴイルたちを、回収したばかりの重厚な盾で叩き伏せる。一切の無駄がない、効率化された暴力。
おじさんは王子の遺体の指から、血に濡れた紋章旗の指輪を鮮やかに抜き取った。
さらに、同行していた伯爵や侯爵たちの死体からも、家宝の首飾りや魔力石を、一つ残らず「整理」していく。
「無理だよっていう奴らは、挑戦しなかったもの達の言葉。……ですが、挑戦して死んだ貴方たちは、せめて私の袋の中で『高価な換金資源』として、もう一度世の中に役立ちなさい」
回収完了
ボスの間から漏れ出す、死神の咆哮。
だがおじさんは、王族の遺体さえも丁寧に折り畳んで巨大な袋に詰め込むと、ボスの顔を見ることもなく背を向けた。
「下見はこれで十分。お目当ての『特級品』はすべて回収しました」
おじさんがダンジョンを出る頃、彼の袋は山のように膨らみ、引きずるたびに金貨の擦れる音が洞窟内に響き渡った。
「司教様、王子殿下を連れ帰りましたよ。……ああ、ついでに『不要なゴミ(伝説の武具)』も大量に拾ったので、教会で買い取ってください。回収屋の意地、しっかり見せてもらいますからね」
死のダンジョンからすべての「価値」を吸い尽くしたおじさんは、夕陽に向かって、残酷で、どこまでも満足げな笑みを浮かべていた。
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土は冷たく、風は死の匂いを運んでいた。
おじさんは、名もなき荒野の端にある小さな盛り土の前に立っていた。そこには墓石すらない。ただ、師匠が愛用していた、ボロボロに擦り切れた「回収袋」が杭に括り付けられているだけだった。
「……師匠。あんたが言った通り、誰もここには来ませんね」
師匠は、この世界の「ニーズ」という化け物に真っ向から無視され、孤独に死んだ。
誰もやりたがらない。
誰も褒めてくれない。
誰も観てくれない。
それが回収屋という生き方だ。だが、おじさんは知っている。
師匠が死体から剥ぎ取った剣が、巡り巡って次の騎士の手に渡り、その騎士が町を守ったことを。
師匠が泥の中から拾い上げた銀貨が、巡り巡って飢えた子供のパンになったことを。
「誰かがやらなくちゃ、世の中の歯車は回らない……。あんたの教え、俺が全部引き受けるよ」
おじさんは師匠の袋を手に取り、深く頭を下げた。
■■■
過去の回想
かつてのおじさんは、Fランクのダンジョンですら震え、スライムに剣を弾かれるような「ダメ冒険者」だった。
「実力がない」とわめき、運のなさを呪い、冷たい床に這いつくばっていたあの日。
暗闇の中から、カチャリ、カチャリと、無機質でリズムの良い金属音が聞こえてきた。
そこにいたのが、師匠だった。
彼は、さっきまでおじさんの仲間だった男の遺体の前に跪いていた。
「死体漁り……! 何てことを!」
若い時のおじさんは叫んだ。だが、師匠の動きを見た瞬間、言葉を失った。
師匠は、遺体の指から結婚指輪を外すと、それを丁寧に布で拭き、小さな小袋に分けた。
次に、ひしゃげた鎧の継ぎ目を魔法の油で滑らせ、一切の音を立てずに解体していく。
その動作は、埋葬よりもなお深く、祈りよりもなお誠実だった。
カオス(混沌)とした死の現場で、師匠の周りだけが、整然とした「秩序」に支配されていた。
「綺麗だろう?」
師匠は顔を上げずに言った。
「人が嫌がる仕事は、競争相手がいない。そして、人が嫌がる仕事こそが、この世界を物理的に掃除し、動かしているんだ」
若い時のおじさんはその時、雷に打たれたような衝撃を受けた。
英雄になれなかった自分でも、この「美しき歯車」の一部にはなれるのではないか。
「俺を……あんたの弟子にしてください」
それが、若い時のおじさんの新しい人生の始まりだった。
修行は過酷だった。
師匠は一切の妥協を許さなかった。
「おい、その死体の指を見ろ。硬直の角度で、どの罠にかかったか分かるか? 分からなければ、お前も次の死体になるだけだ」
「いいか、第一印象に騙されるな。ボロボロの布切れに見えても、それは古代の魔道糸だ。価値を見抜けない目なら、今すぐ潰してしまえ」
若い時のおじさんは、吐き気を催すような腐敗臭の中で、ひたすら「整理」の技術を叩き込まれた。
誰も見ていない場所で、誰も欲しがらない遺品を、淡々と金に変える。
世間からは「ハイエナ」と蔑まれ、石を投げられることもあった。だが、師匠と並んで歩く夜道、袋の中で鳴る金属の音だけが、若い時のおじさんにとっての正義の調べだった。
■■■
そして現在。
おじさんは、教会から依頼された「深淵の墓ダンジョン」の入り口に立っていた。
王族や貴族たちが、己の名誉のために突っ込み、折り重なって死んでいる、文字通りの「墓場」だ。
「さあ、始めましょうか。」
師匠と同じ格好と年齢となった、おじさんは袋を担ぎ直し、闇の中へ足を踏み入れる。
王子の遺体から王冠を剥ぎ、貴族の遺体から家宝の首飾りを回収する。
罠を踊るように回避し、襲い来る魔物を、回収したばかりの大剣で叩き潰す。
おじさんの袋は、今日も重い。
人が嫌がる仕事の果てにある、誰にも知られない「勝利」の味を噛み締めながら、おじさんは暗闇の奥へと消えていった。
RPG小説【親切なダンジョンおじさん】 完




