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もう逃げれられない

作者: karo
掲載日:2026/04/11


「ルーナ」


低く、有無を言わせぬ響きを孕んだ声。

反射的に背を向け、その場を去ろうとした。

けれど、逃げ出そうとした指先が空を切るより早く、熱い掌が細い手首をがっしりと捕らえた。


「――どこへ行く。また、そうやって逃げるのか」

「……っ、離してください。……離して」


必死に抵抗し、その手を振り払おうともがく。

けれど、騎士として鍛え上げられた彼の腕は、鋼の枷のようにびくともしない。


「嫌だ」


吐息混じりの即答。

ぐい、と強引に引かれ、抗う術もなくその胸板に衝突した。

そのまま流れるような動作で壁際へと追い詰められ、背中が硬い石壁に押し付けられる。


(逃げ場がない……っ)


左右を彼の腕で塞がれ、目の前にはレオンの体温が迫る。

完全に退路を断たれた、逃げ場のない檻。見上げれば、そこには獲物を追い詰め、じっくりと味わおうとする獣のような瞳があった。


「どうして逃げる。俺の顔を見るのも嫌か?」


降ってくる声はどこまでも低く、それでいて酷く甘い。

近い。心臓の鼓動が、薄い服を隔てて重なり合ってしまいそうなほど、近すぎる。


「……近い、からです。近すぎて、頭が、おかしくなりそうで……」

「ほう。なら、もう手遅れだな。俺の方は、お前を見るたびに狂いそうだ」


レオンの大きな掌が、ルーナの頬を包み込む。

その指先が耳元をなぞり、ゆっくりとうなじへと滑り落ちる。

あまりの熱量に、ルーナの肩が小さく跳ねた。


「……慣れていないだけです。こんな、強引なこと……」

「じゃあ、慣れるまで叩き込んでやる。俺の体温も、俺の匂いも。お前の身体が、俺を拒めなくなるまで」


鼓膜を震わせる、耳元での囁き。

逃がさない。そう言わんばかりに、彼の手がルーナの腰を引き寄せ、密着させた。


「俺は、やめない。お前が俺のものだと認めるまで、何度でもこうする」


指先が喉元から鎖骨の窪みをなぞり、ルーナはたまらず声を漏らしそうになる。

びくん、と震えるたびに、レオンの瞳に昏い愉悦が灯った。


「いい反応だ。そんな顔、他の誰に見せるつもりだ? ……もし他の奴に見せたら、俺がそいつをどうするか、わかってるな?」


くす、と喉を鳴らす笑い気配。それは明らかな独占欲の提示だった。


「……からかって、楽しんでいるんでしょう……っ。レオン様は、いつもそうやって……」

「本気だと言っている。……いい加減、認めろ。俺は今、お前を食い殺したくて必死なんだぞ」


一分の隙もない、狂おしいほどの真実味。

そのまま顎を掬い上げられ、強引に視線を固定される。逃げられないように絡め取られた視線の先で、レオンの瞳がどろりと、蜂蜜のように甘く濁った。


「……かわいい顔をして。そんな顔で見つめられたら、理性が保たない」


落とされた声に、思考が白く塗りつぶされる。

互いの吐息が混ざり、熱が溶け合う距離。


「っ……レオン、様……」

「なんだ」

「……っ、本当に……近すぎ、ます」

「知ってる。……もっと近付きたいからな」


引く気など毛頭ない。むしろ、レオンは誘うように顔を傾けた。

あと数ミリ。まつ毛が触れ合うほどの距離で、唇が重なりかける。


「……っ」


思わず目を閉じ、ぎゅっと身を縮めて彼を待った。

耳元でうるさいほど鳴り響く、二人の心臓の音。このまま、すべてを飲み込まれてもいい――。

そう覚悟と、かすかな期待を抱いた瞬間。


ぴたり、と動きが止まった。


触れない。

けれど、すぐそこに彼の唇の熱を感じる、生殺しの距離。


「……ほら」


低く、いたずらっぽく、それでいて酷く色っぽい声。


「逃げないだろ。……本当は、待っていたんじゃないのか?」


恐る恐る目を開けると、至近距離で不敵に微笑むレオンと目が合った。

視界がいっぱいになるほどの、彼。その瞳には、熱に浮かされ、彼を拒めなくなっている自分の姿が残酷なほど鮮明に映っている。


「……ずるいです、本当に……貴方は……」

「ああ、お前を落とすためなら、どんな手段でも使う。嫌か?」


抗議の声は、かすれてうまく出ない。

レオンは満足げにふっと笑うと、親指の腹でルーナの唇を、その柔らかな感触を確かめるように愛撫した。


「……逃げないなら、その先もやる。もう、手加減はしてやらない」


さらりと、恐ろしい宣告をする男。


「覚悟しろ」


またひとつ、心臓が爆ぜるような音がした。

恐ろしいはずなのに、どうしようもなく、彼に触れられている場所が熱くて、心地よくて。


「……逃げません。……もう、逃げられませんから」


気づけば、降伏を告げるように、しがみつくようにそう漏らしていた。

一瞬だけ、レオンの瞳が獣の獰猛さと、深い愛おしさを混ぜた色に細められる。


「……そうか。なら次は、本当に、後戻りできない。……覚えておけ」


低く告げられた言葉が、身体の奥深くまで響き渡る。


逃げられないのは、壁のせいじゃない。距離のせいでもない。

すべては、この人の執着に、私の心まで囚われてしまったせいだ。


そう悟った時には、遅かった。

熱い掌が再び顎を持ち上げ、今度は、もう逃げられない…。


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