第四十八章
「でも、どうしてまだこのピアスを着けているの?」
ヘマリスがカリオペの耳元で囁き、指が無意識に竜の裔の耳たぶにある、輝きを失ったピアスを撫でた。
カリオペの呼吸が一瞬、止まった。
「……『女神』を、もう辞めたかったから」
彼女は低く言った。その声には、長い歳月に削られてなお残る、静かな諦念が滲んでいた。
「誰かの心の中で『一番欲しいと思われている人』でいるのも、もう辞めたかった。たとえただの赤の他人だと思われても、泥をかけられても……誰かの期待の中で生きるよりはずっと楽だ」
彼女は体を起こし、異なる色の瞳をヘマリスの目の奥深くに沈めた。
「でも、なぜ?」
「あなたが、いなくなったからだ」
カリオペは極めて軽く言った。まるでもうとっくに受け入れている事実を述べるかのように。
「女神でいることも、城主でいることも、皆に愛されることも……何の意味もなくなった」
ヘマリスは、自分を握るその手の指先が微かに震えるのを感じた。
「じゃあ、今は?」
「今は、違う」
カリオペの口元が、本物の、ほとんど柔らかくすら言える弧を描いた。
「あなたが戻ってきた。このまま女神を続けるのも、この街を守り続けるのもできる。でも、もしあなたが去りたいなら、私もあなたと一緒に行く」
「私、実は……まだモーリガンを助けたいの」
ヘマリスは視線を落とし、声は軽く、しかし確かだ。
「たとえ彼女の仲間たちがもう強くても、私の能力ならもしかしたら——」
「分かってる」
カリオペは遮り、指先でそっと彼女の頬を撫でた。
「説明しなくていい。あなたの選択に従うから」
彼女は顔を上げ、空を見つめた——紅色の雨の糸が、彼女たちの周囲から次第に退き始めている。潮が砂浜から引くように。
「さあ、この長く降りすぎた雨を、止めよう」
カリオペは静かに言った。左頬の烙印が声に合わせて瞬き、その光はかつてないほど澄んでいる。
「あなたこそが、あの『太陽』なんだから……どうしてまだ、それを憎み続けられよう?」
「何か、私にできることは?」
「もう一度、一緒に飛ぶ?」
「い、嫌!」
ヘマリスは慌てて首を振る。顔が微かに青ざめた。
「私、本当に……高所恐怖症で……」
「そんなに早く断らないで」
カリオペは笑った。その笑い声には久しぶりの、ほとんど少年じみた狡猾さが混じっている。
「これはさっき落ちる時に思いついた、あなただけのための驚きなんだから。どうしても無理なら——」
彼女は突然身をかがめ、腕をヘマリスの膝の裏と背中にしっかりと差し入れ、彼女を横抱きにした。
「——連れて飛んであげる」
「え?でもあなた、もう……」
「普通の竜の裔は飛べないけど、私はやっぱり『愛』の欠片だからね」
カリオペは顔を上げる。烙印の光の暈が、心臓の鼓動のように脈打つ。
「私が飛びたいと思えば——」
彼女の背中に、猛然と巨大な、半透明の翼が広がった。
その翼は実体ではなく、流動する幽かな藍色と金色の光の暈が織りなしたものだ。縁は水の波紋のような揺らぎを帯び、まるで具現化した心の川のようだ。
「——愛が、あなたを連れて飛ぶのよ」
羽ばたく音が、風が竪琴を撫でるように響く。
次の瞬間、彼女たちは雲の中へ駆け上がった。
紅色の雨の幕が彼女たちの影に裂かれ、厚い暗雲が両側へ退き、その後ろから、洗い清められたような澄み切った藍天が姿を現す。
陽光が——本物の、温かな、一片の曇りもない陽光が——ついに、テミステラの街の寸分の地にまで降り注いだ。
そして空には、一筋の絢爛な虹が静かに浮かび上がり、街全体を横断している。
奇妙なことに、雨は既に止んでいるのに、その虹は消えなかった。
それはそこに凝固し、ある優しい力によって永遠にこの瞬間に留められたかのようだ。
「全市民に、聞いてもらいたい!」
カリオペの声が風に乗って四方八方へ届く。明確だが、もはや「女神」としての威圧はなく、むしろ諦念にも似た告解のようだ。
「今日から、存分に陽光を楽しみ、この永遠の虹を仰ぎ見てください!女神の愛は……もう、彼女の元へ戻ったのだから」
彼女は一瞬間を置き、笑い声に自嘲を込めて。
「だから、もう晴れた日に傘を差す必要はない——あれはただの、私のわがままな命令だった。かつて……あんなに太陽が憎かったから」
ヘマリスは呆然と彼女を見つめる。
そして、カリオペはうつむき、再び彼女に口づけた。
今度は、ヘマリスは拒まなかった。
彼女は手を上げ、そっとカリオペの細かな鱗に覆われた頬を包み込み、指先で烙印の温かな輪郭を撫でる。まるで、失われて再び見つけた宝物を確かめるかのように。
とうに愛に麻痺していた人間が、この瞬間、ようやく自らが「愛に溺れる」という事実を直視したかのようだ。
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突然の暖かさに、モーリガンは顔を上げた。
彼女は、空に永遠に留められたあの虹を見た。
「お礼はいいわ、当然のことをしたまでよ」
スタシスの声が彼女の左腕から聞こえる。平静の中に、極淡い満足が混じっている。
彼女が最初に、空の中の二つの影に気づいたのだった。
「雨が消え、怨みも消え、そしてこの束の間の虹……これは『愛』の証よ。これは残すべきだ、記念として」
「エルフのお姉さんも、結構ロマンチストなんだな」
アマラートが小さく呟く。翼が無意識にモーリガンの背後で半ば覆いかぶさる。
「もちろん」
スタシスは当然のように答えた。
「私が『愛』に完璧を求めるのは変わらないが、この虹が現れたこと自体が、完璧の一環だ。あなたたちにとっても、これは『美好』だろう? それなら……そこにあるべきだ」
「羨ましいなあ……」
オネイリは空を見上げている。銀色の環が微かに震え、産毛が陽光の下で柔らかな光沢を帯びる。
彼女の声は半ば憧れ、半ば物悲しい。
「私はいつ……こんな恋人に出会えるんだろう?」
「変だなあ……」
ケーリスがモーリガンの肩から影でできた頭を覗かせる。胸の星の渦がゆっくりと回転する。
「この匂い……苦くてたまらない……なんで……あなたたちは好きなんだ……」
彼女にとっては、この甘すぎる「愛」の匂いは、確かに美味な糧とは言えないのだろう。
モーリガンはただ静かに立っている。久しぶりの陽光が肩に降り注ぎ、雨上がりの湿った清らかな気を立ち上らせるのを、ただその身に受けている。
左腕の山川の紋様が、安定した温かさを伝えてくる。まるで、音なき共鳴のように。
アマラートのたたんでいた翼が微かに緩み、焦げた縁が光の下で痛々しく、しかし不思議と優しくも見える。
この瞬間、急ぎ解決すべき苦痛も、追わねばならぬ行程もない。
ただ一筋の永遠の虹と、ようやく陽光の下で束の間の息継ぎができる存在たちが、そこにいるだけだ。
風がそっと吹き抜ける。湿った石畳と、遠くの草木が息を吹き返す匂いを運んでくる。
ケーリスが困惑してモーリガンの耳たぶを舐め、微かに冷たくくすぐったい感覚が走る。まるで、なぜ立ち止まるのかと問うているかのようだ。
モーリガンは手を上げ、新生した左手の指先——スタシスの完璧な曲線を帯びたその指先——で、影の生き物の顎の下をそっと掻いた。
「なぜなら」彼女は心の中で答えた。あるいは、自分自身にも言い聞かせているのかもしれない。「忘れるべきでない瞬間もあるからだ」
「そろそろ行こう」
モーリガンは軽く言った。
無論、彼女には分かっている。此処での物語は、一段落したのだ。
ヘマリスは選択をした。そしてその選択の中には……彼女自身の居場所もあった、と。
それが、彼女の中の「愛」の定義に、何か微かな揺らぎを生じさせているようにも思えた。
愛とは、忘れられないものだ——記憶と共にあるなら、それは永遠である。
馬車が彼女の心を感じ取り、遠くからゆっくりと近づき、彼女たちの前に停まった。
その時、陽光の気配を孕んだ一陣の風が、モーリガンの頬を撫でた。
二つの影が、軽やかに降り立つ。
「モーリガン、待って」
ヘマリスだ。カリオペが彼女の手を引き、その脇に立っている。
「私たちも、一緒に行きたいの」
モーリガンは微かに驚いた。
「でも、君とカリオペは……」
「私が、彼女について行きたいの」
カリオペが言葉を継ぐ。竜の裔の大柄な体躯が、陽光の下に長い影を落とす。
「ヘマリスがこの旅を続けたいなら、私が付き添うのは当然だろう」
その口調はごく自然だ。まるで街全体を、『女神』としての立場を捨てることなど、当然すぎるほど些細なことのように。
「でも、どうしてだ、ヘマリス?」
モーリガンはあの浅い灰色の瞳を見つめた。
「私たちの間の約束は……もう果たされたはずだ」
「分かってる」
ヘマリスは静かに言う。
「でも、私はもうあなたを友達だと思っている。それに、私の能力は……まだあなたの役に立つかもしれないでしょう?」
アマラートが脇で小さく「ちっ」と舌打ちした。
「私がちょっと目を離した隙に……主人の周り、どんどん増えてる……」
「慣れるんだな、アマラート」
モーリガンは顔を横に向け、その声に、ほとんど気づかれないほどの温和を帯びて。
「私たちには、まだもっと仲間が増えるだろう」
彼女は再びカリオペを見る。
「この街はどうするんだ?」
「あっ」
カリオペは瞬きをした。その表情は珍しく、少し空白だ。
「後継者を置くのを忘れた……私の手落ちだ」
彼女は両手の鉤爪を上げ、口元に軽く当て、深く息を吸い込んだ——
そして、氷の結晶のような、微かに輝く吐息を一つ、吐き出した。
彼女はその吐息の塊を掌で揉み、そっと叩いた。
光の塊は無数の細かな光の粒に砕け、逆巻く雨滴のように空へ昇り、街の隅々へと散っていった。
「よし、竜の裔たち全員に伝達は済んだ」
カリオペは手を叩き、その口調は軽い。
「ソフィーヤに私の地位を継がせることにした。でも彼女はまだ未成年だから、まずは彼女の両親が代行する」
モーリガンは墓室の中のあの竜の裔の夫婦を思い出していた——母親は大柄で威厳があり、父親は温和で無口だった。
「でも彼女の両親は、あんなに……」
「モーリガン」
カリオペは笑った。
「彼女の両親は、異種族に対して最も敬意を払う竜の裔だ。奥方はただ見た目が怖くて、言葉遣いも尖っているが、あれが限界の礼儀だ。他の竜なら……彼らは君たちを一瞥だってしない」
馭者がその時、用心深く窓から顔を出した。
「それでは、お嬢様……まだお出かけに?」
「出発しよう」
モーリガンは振り返り、馬車に乗り込む。
「次の目的地は——アイセロンだ」
「なぜ、そこへ?」
スタシスの声が突然響く。珍しい、ほとんど躊躇いに近い動揺を帯びて。
モーリガンは左腕を見下ろした——山川の紋様が、微かに熱を帯びている。
「君を助けるためだ」
彼女は静かに言う。その声は平静で、しかし明確だ。
「君が私のそばに残り、力を貸してくれると決めたからには……私も君のために何かをするべきだろう。君だって……自分の同胞や故郷が、このまま消えていくのを見たくはないんじゃないか?」
長い沈黙。
そして、スタシスの声が再び聞こえた。かつてないほど軽く、そして、本当の響きを帯びて。
「……そうだな」
一瞬間を置く。
「……本当に、ありがとう、モーリガン」
本巻・上编、ひとまずここまでです!
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