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痛みを喰らうことで、彼女は本当に定められた神になれるのか?  作者: 野間羊
誕生と虫の羽

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第四章

 「アマラート」モーリガンの声はとても平静だった。「その泡には近づかないで」


「どうしてですか?」アマラートは首をかしげた。


「普通の人間であるあなたが、本当にこれらに触れられるか、私には確信が持てないから」


「普通の人間?」アマラートの口元の曲がり具合が微妙になった。「主君、私が普通だなんて……一度も言った覚えがありませんよ」


 言葉が落ちた瞬間、変化が始まった。


 モーリガンは、アマラートの痩せこけた身体が歪み、引き伸ばされていくのを見た。


 彼女の背中が盛り上がり、蝉の羽のように薄い一対の翼が衣袍を突き破って広がる――窓から差し込む陽光の下、その翼の落とす影は巨大で不気味なほどに、壁の半分を覆った。


 彼女の舌先が伸び、二股に分かれ、そしてその分かれた先端で――開いた。


 一つの眼球が。


 濁り、血走った、まっすぐにモーリガンを睨みつける目。


 そしてアマラートの本来の目の位置では、眼球が溶け、再構成され、二つの滑らかなガラス玉になっていた。


 ガラスの裏側で、鋭い牙の生えた二つの口が、かすかに無音で開閉しているのが見える。


「どうですか?」アマラートの声には抑えきれない興奮がこもっていた。「怖かったでしょう?でも、これでもまだ私の最終形態じゃありませんよ。私は――」


「案の定だな、アマラート」


 モーリガンは彼女を遮り、声の調子には一片の揺らぎもなかった。


 アマラートは硬直し、ガラス玉の裏側の口の開閉が止まった。


「……え?主君、まさか……驚かなかったんですか?」


「前から気づいていたよ」


 モーリガンは一歩前へ出て、視線をアマラートの露わになった肌へ向けた――かつて新鮮な傷で覆われていた部位は、今や異常なほど滑らかだ。


「あなたの体の『傷』を見てごらん。あなたの痛みは……一体どこへ行ったの?」


「ただ、消化されただけだと思いませんか?」


「そうね、消化された」モーリガンはうなずいた。「だからこそ、あなたは今、まるで世と隔てられた容器のように空洞なんだ。それゆえに、なおさらこの泡には触れられない」


 モーリガンは初めて笑みを浮かべた。


 とても淡く、ほとんど見えないが、確かに笑っていた。


 アマラートがついに仮面を剥いだからだ――彼女がアマラートが普通ではないと薄々感づいていたとはいえ。


 ただ、この少女が長年、小心翼翼と隠し続けてきたのを見て、彼女は……面白いと思った。


 だから、これまで遮らなかった。


 しかし今、彼女には答えが必要だった。


「あーあ……つまらない」


 アマラートの肩が落ち、背後の翼が畳まれ、ガラスの目は正常な瞳に戻った。ただ、色は以前より少し濃くなっている。


「わざわざ主君にサプライズをと思ったのに。主君ったら」


「あら、じゃあもう一度」モーリガンは合わせて言った。「今度はすごく驚いたふりをするわ」


「もういいです」アマラートは口をとがらせた。「主君がもうご存知なら、私がこの泡を恐れるかどうかも心配無用ですよ」


 彼女は手を伸ばし、指先で漂う一つの黒い泡に触れた。


 泡は彼女の肌に触れた瞬間に破裂し、薄い黒い膜となり、素早く彼女の指を覆い、そして腕へと広がっていった。


 アマラートは目を閉じ、深く息を吸った。


 刹那、彼女の顔に刻まれた、完璧な弧度の狂信的な笑みが、信号が中断したかのように0.1秒だけ消え、全くの、虚ろな「受容」状態だけが残った。


 直後に、笑みが再び灯った。


「極致の痛み……なのに、これまでにないほど……優しい」


「アマラート、何か感じる?」


「ただ、とても気持ちいいです」


 アマラートは目を開けた。ガラスの奥の牙の口はもう消えており、彼女の笑みは以前のような純粋な狂信に戻っていた。


「主君、触ってみてください。弾力が増したでしょう?」


 彼女はモーリガンの手を掴み、自分の頬に当てた。


 確かに感触が違う。乾いて粗いのではなく、柔らかく、冷たく、どこか弾力のある、生命の熱を欠いたゼリーのようだ。


 同時に、モーリガンはアマラートの心の奥深くで燃える祭壇を「見た」。炎がごく短く揺らめき、風に吹かれたように、一瞬だけその下にある冷たい、燃料ではない基盤を覗かせた。


「ふふ、主君の『ご褒美』、いただきました」


 アマラートの目が三日月のように細くなった。


「え?」モーリガンは眉をひそめた。「あなたへの褒美はこの泡じゃなかったの?」


「そう……いうこともありますし、違うことも」アマラートは彼女の手を離し、口調が突然ふわふわと漂うようになった。「これは定められた運命の一部ですから」


 定められた運命さだめられたうんめい


 またこの言葉だ。


 ***


「モーリガン様」


 冷たく平静な声が予告なく響いた。


 アストライオスがアマラートの背後、影の中に現れた。まるで最初からそこにいたかのように。


御主人おんしゅじんがお気づきになりました」


 彼の銀灰色の瞳が部屋中の黒い泡を一掃し、最終的にモーリガンの足元、影に溶け込んだ小さな生き物の上に落ちた。


「この小生物のことです。今すぐ、御主人の元へお越しください」


「はい、すぐに参ります」


 モーリガンは即座に全ての表情を収め、聖徒候補に相応しい厳粛な様子に戻った。


 彼女はアマラートを見た。


「部屋で待っていなさい」


「仰せのままに、主君」


 アマラートは深く一礼し、翼の残像が空気に淡い黒い痕跡を残した。


 ***


 ケーリスを抱いて父の部屋へ向かう途中、小さな生き物は明らかに緊張していた。


 もはやモーリガンの体から湧き出る泡を追いかけず、完全に彼女の腕の影の中に隠れ、胸の星渦ほしうずの光さえも薄れていた。


「怖がらなくていいよ」モーリガンは小声で言い、指で影に覆われた皮膚を撫でた。「父上はあなたを傷つけたりしないから」


「ノックはいい、我が娘よ」


 オーガスタスの声が扉の向こうから聞こえた。穏やかで、疑いようのない貫通力を持つ。


「入るがよい」


 モーリガンが扉を押し開ける。


 書斎で、教皇は大きな窓の前に立ち、彼女に背を向けている。


 アストライオスは彼の傍らに侍り、部屋のもう一つの家具のようだ。


「予言より十三日早いな、モーリガン」


 オーガスタスが振り向き、隠しようのない満足感を浮かべた。


「お前はあっさりとそれを従わせた……非常に良かろう」


「はい、父上。実はこの子は――」


「それはとても古い生物だ」


 オーガスタスは彼女を遮り、ゆっくりと近づいた。


「学者たちは『孤寂のこせきのかげ』と呼ぶ。しかし、人々にはもっと古く、面白い呼び名がある――」


 彼の視線はモーリガンの腕の影の上に留まり、まるで皮膚を貫き、そこに潜む存在を直視できるかのようだ。


「ケーリス」


 ケーリス。


 モーリガンは心の中でこの名を繰り返す。


 それは名というより、称号、あるいは……立場のように聞こえる。


「ケーリスですか。承知しました」


 オーガスタスは従わせた過程を尋ねなかった。


 尋ねる必要はない。


 モーリガンは知っている。アストライオスが既に全てを報告していることを――おそらく彼女が奥の間に入った瞬間に、いや、もっと前に。


「これを従わせた後、お前がここに留まる必要はもはや無い、モーリガン」


 教皇は机へ戻り、指先を卓上に広げられた地図の、最初に赤インクで丸く囲まれた地点に正確に落とした。


「お前はこの古き孤寂を『れ』、しずめられることを証明した」


 彼はケーリスを一瞥いちべつした。


「ならば、次は世のよりまぎわしく、やかましい痛みを『容れる』ことを学ぶ時だ。それらはお前の課程かていであり、かてでもある」


「お前の巡礼じゅんれいは三日後に始まる。準備をしておけ」


「承知しました」


 いつも通りの手配。いつも通り、予言の声に従って。


「よく休むがよい」オーガスタスは最後に言った。


 彼の視線はモーリガンの周りに依然として漂う黒い泡を一掃した。


「この『漏出物ろうしゅつぶつ』は、漂わせておけ。ケーリスがこれを食い尽くせば、問題は無い」


「はい、父上」


 ***


 部屋に戻った時、アマラートは窓辺に座っていた。


 陽光が彼女の人型に戻った横顔を浮かび上がらせるが、モーリガンには見える――彼女の足元、翼に属する影が、普通の人間のものより少し広いことを。


「お帰りなさいませ、主君」


 アマラートが振り向き、視線をモーリガンの胸に抱かれた影の塊に落とした。


「私に抱かせてくれませんか?この子……私をもてあそぶなんて。私の『手並み』を、存分に味わわせてあげたいんです」


「何をするつもり?」


「私に預ければわかります」


 モーリガンは一瞬躊躇したが、やはりケーリスを渡した。


 アマラートが受け取る動作は異常に慣れていた。


 彼女の指先は正確に影の中の微かに光る点――あの白金色の星渦を見つけ、そっと押し当てた。


「うっ――」


 かすかで、ほとんど聞こえない悲鳴が影の中から漏れた。


 ケーリスの身体は激しく震え、液体のような形態が不安定になり、アマラートの手の中で苦しそうにもがいた。


 快楽ではなく、苦痛のためだ。


「これ、どうしたの?」モーリガンが一歩前へ出た。


「彼らがなぜ暗がりでしか行動しないか、ご存知ですか?」


 アマラートの指は星渦から離れず、力加減は絶妙だった――苦痛をもたらすには十分だが、本当のダメージには至らない程度に。


「彼らの弱点が……あまりにも明らかだからです」


 彼女は目を上げ、モーリガンを見た。


「ここを。今の彼の状態なら……私がもう少し強く押せば、死にますよ」


 モーリガンは黙った。


 彼女はアマラートの手の中で苦しそうにもがくケーリスを見つめ、外に露出し、きらきらと光る星渦を見つめた。


「どうして……」彼女は小声で尋ねた。「どうして彼らは、こんなに明らかな弱点を、外にさらけ出しているの?」


「さあ、どうしてでしょうね」アマラートは手を離した。


 ケーリスは即座に逃れ、モーリガンの背後、影の中に戻り、震えながら隠れた。


「ですから、主君」


 アマラートは存在しないほこりを手から払い、笑みが再び純粋で狂信的なものに戻った。


 しかし、その炎のような純粋な笑みの奥深くで、モーリガンは再びあの冷たい「観察」の気配を捉えた――まるで職人が材料の可塑性を評価するように。


「もし主君が本当に彼を大きく、強く育てたいなら、必ず方法を考えなければなりません――」


「どうやってこの弱点を、徹底的に隠すかを」


 窓の外、最後の夕陽の残照ざんしょうが地平線に飲み込まれようとしていた。


 三日後、巡礼は始まる。


 そしてモーリガンは知っていた。彼女が連れて行くのは、ケーリスだけではない。この笑みの背後にある……彼女を日に日に不安にさせる謎も、一緒に。

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