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痛みを喰らうことで、彼女は本当に定められた神になれるのか?  作者: 野間羊
価値という深淵

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幕間一:暗流湧動

 アストライオスが観星台で両手を下ろし、片膝をオーガスタスの側面後方についた。


「『避けよ』と言った。彼女は聞かなかった」


 オーガスタスの声には感情が読み取れない。


「これで直接、戦争が早まる」


「しかしモーリガンお嬢様は……どうやらご自身のお考えがあるようです」


「彼女は『預言の子』という身分に頼りすぎだ。それですべての障害をえると思い込んでいる」


 オーガスタスの指先が石の欄干らんかんを軽く叩く。


「知らないのは、彼女が傀儡くぐつを通して渡したあの眼が、それ自体が最大の変数だということだ」


「アマラートが独断で動きました。この『生贄いけにえ』を換える必要は?」


「必要ない」


 オーガスタスの返答には一片のためらいもない。


「ここ数年の育成を無駄にはできん。彼女の素性は謎だが、あれほど雑多な苦痛に耐えてまだ死なない唯一の存在だ。今、彼女の胸の苦痛があれほど『騒がしい』のだから、モーリガンは必ず彼女を見つけられる」


「心臓をえぐり生贄に捧げるのは、実は一部の接続を断ち切り、自主を求めるため」


 アストライオスが小声で言った。


「賢い」


「ああ」


 オーガスタスの口元に、捉えどころのない弧が浮かぶ。


「彼女がそうするとはとっくに予想していた。ただ……これほど早いとは思わなかったが」


「では我々はこれから?」


「モーリガンを信じよう」


 オーガスタスが振り返る。長衣が夜風に微かにひるがえる。


「私がこれほど心血を注いだのは、彼女が神になるのを見るためでもあり、あの『生ける規則』たちに証明するためでもある――彼女たちがもたらした混乱は、やがて終わるのだと。彼女が既に手を打ったなら、そのまま進ませてやれ。たとえいくつかの事柄が預言から外れても、大筋は……変わっていない」


「はい」アストライオスがうつむく。「これからも見守ります」


 ---


「カサンドラ姉さま、ヴィラニア姉さまがすごいものを持って帰ってきたよ!」


「『聞こえて』いる」


 審判廷がこの三人の特殊な存在のために用意した居室で、カサンドラとレテは戻ってきたばかりだった。


「お二人様、あの『神々』を管理するお気分はいかがですかな?」


 低い男の声が入り口から聞こえてくる。


「お前が来たのは、ヴィラニアが預言の子から何を持ち帰ったかを見たいからだろう?」


 カサンドラの口調は平穏で波立たない。


「教えてやろう――改造された眼球だ」


「おお?」男が微かに眉を上げる。


「お三方、どうお取り扱いになるおつもりで?」


「内々のことでご容赦、アグリッパ。お引き取りを」


 アグリッパ――審判廷の表向きの最高話事人わじにん


「もうお引き払いですか?」


 彼は怒りもせず、口調は依然礼儀を保っている。


「もう一つお尋ねしたいのですが:ヴィラニア様はお戻りになりましたか?」


「彼女が一カ所に長く留まれないことは知っているだろう」


 カサンドラが淡々と言う。


「まだだ」


「本当に?」


 アグリッパが半歩前に出る。


「それならば……カサンドラ様に『お尋ね』いただかねばならぬかもしれません。私の配下の審査官ハリマン――なぜ彼を殺した? そしてなぜ……あの預言の子を逃がした?」


 空気が突然重くなる。


 温度が下がったのではなく、ある種のより根本的な「重さ」が降りかかり、アグリッパの膝が折れ、危うくひざまずきそうになる。


「ハリマンが自ら出迎えなかった時点で、すでに職務怠慢だ」


 ヴィラニアの声が直接入り口から響く――彼女自身は姿を現さないが、あの「存在を定義する」権能がすでに空間に満ちている。


「彼はさらに『悪夢の羊』の収容区を管理できず、混乱の外部流出を招いた。律に照らせば、誅殺ちゅうさつすべきだ」


 アグリッパは即座に振り返り、ためらわず両膝を地につけた。


「もし本当にそうなら……彼の死は当然です。配下が彼の家族を慰めます。しかし預言の子を逃がしたのは……やはり少々腑に落ちません」


「彼女は今、定義することができない」


 ヴィラニアの声は冷たく精確だ。


「凡人か? 神の欠片か? 未来の神か? それとも苦痛そのものか? アグリッパ、答えられるか?」


「……配下にはできません」


「ならば問うな」


 あの重さがまた一分沈む。


「行け」


「は、はい……かしこまりました」


 アグリッパは跪いた姿勢を保ち、ほとんど這うように後退し、部屋の外へ退き、ようやく立ち上がり急ぎ足で去っていく。


「ヴィラニア姉さま! お帰りなさい!」


 レテの目が輝き、雀躍じゃくやくする火の粉のように飛びかかろうとする――


 しかし無形の重さが頭ごとに押し付けられる。


 ガリッ!


 地面が音を立てて裂け、蜘蛛の巣状の破砕痕が数メートルに広がる。


 レテは全身「押し込められ」て砕石の中に埋まり、火の粉が彼女の髪の間から、衣のひだから飛び散る。


「ヴィラニア姉さま……わ、私、何か悪いことした……?」


「お前の『信奉者』が、また乱暴を働き始めた」


 ヴィラニアの声には怒りはなく、ただ冷たい陳述があるだけだ。


「それが下位次元の生物たちを我々をさらに憎み、恐れさせるだけだと知っているだろう」


「でも……姉さま、私が彼らに力を与えなければ、審判廷はこんなに従順にはならないのに……」


「力を与えるなとは言っていない」


 あの重さがまた半分身を沈める。レテの姿がぼやけ、透明になり始める。


「お前が彼らを管理しなければならん。カサンドラの『拡声器』のように、千分、万分の服従を保つ――あのハルという誓約破り(ちかやぶり)のように、歪んだ烙印らくいんを携えてあちこちで騒ぎを起こすな」


「わ、私が悪かった……姉さま、わかった……」


 レテの声には泣き声が混じる。彼女の体は完全に崩れ散り、一面に明滅する火の粉の破片となる。


 数秒後、破片がようやく苦労して再び集まり、かろうじて人型を取り戻す。


 しかし彼女の姿はずっと薄くなり、輪郭の縁から絶えず光点が漂い散り、目尻には焦げた涙の痕を留め、灰のような苦い匂いを放っている。


「ヴィラニア、レテの天性が混乱へと向かうものだと知っているだろう」


 カサンドラがついに口を開く。声は相変わらず平穏だ。


「彼女が『終焉』を司るのだから、自然と『無秩序』は切り離せない」


「しかし我々はとっくにただの『規則』ではない」


 ヴィラニアの姿が入り口でゆっくりと凝固する。


 彼女は裸足で、目を覆い、掌に一つのすでに縮小され、幽光を放つ眼球を載せている――まさにモーリガンが残した眼だ。今はすでに圧縮改造されている。


旧神きゅうしん外域かいいきの存在に抹消され、我々が強制的にこの世界へ来た時から……すでにここの論理に束縛されている。目的を達するには、まず秩序に沿わなければならん」


 彼女の指先が眼球の表面を撫でる。


 薄暗い光の下、結晶の奥深くで青白い光の流れが一瞬よぎる。


「それに戦争が近づいている。二つの大都市が同盟を結びつつあり、誤解はまだ深まる――そして我々は、まだあの女を捕らえられていない」


「私は『聞いた』、彼女が中立城邦ちゅうりつじょうほうへ行ったと。『流吻るこんの川』のあるところ」


 カサンドラは目を閉じ、耳元に無数の遥かな声が流れ過ぎるかのようだ。


「あの『女神』の縄張りだ。捜索できる」


「私……私に行かせてください」


 レテがようやく立ち上がり、声を震わせる。


「二人の姉さま、私はあやまちを償います……必ず彼女を連れ戻します」


「そう願おう」


 レテがちょうど振り返ろうとした時、ヴィラニアが手を上げ、そっと彼女の髪を揉んだ。


「待て」


 彼女はその眼球を差し出した。


強膜きょうまくを食べろ」


「どうして?」


 レテは一瞬で悲しみから喜びへと転じ、目が輝いた。


「この肉体が残した眼は、我々の権能を増強できる」


 ヴィラニアの声は依然として平静だ。


「お前の『払拭ふっしょくの炎』は、もっと強く燃えるべきだ」


 レテは眼球を受け取り、乳白色の部分を唇元に近づけ、軽く吸い込む。


 あの乳白色の光量が冷たい煙の一筋のように、彼女の肺の中へ吸い込まれる。


 次の瞬間、彼女の支離滅裂しりめつれつだった姿が急速に修復され、凝固し、体つきは幾分成長したほどで、肺腑はいふの奥深くにけるような光がかすかに透け、気配はますます灼熱しゃくねつし人を圧する。


「姉さま、この眼球、本当に滋養じようになる!」


 彼女は輝きに満ち、指先で跳ねる火の粉さえも以前より明るい。


「吸い込んだ瞬間、肺の中で火がともったみたい――今すぐにでもすべてを『終わらせ』られる気がする」


「この熾熱しねつを携えて行け、レテ」ヴィラニアが手を引っ込める。「失望させないでくれ」


 レテは力強くうなずき、一道の流火となって外へかすめ飛んでいく。


 残されたカサンドラとヴィラニアは、眼球の上に絡み合う神経と、あの永夜えいやのように漆黒の瞳孔を分け食いした。


 静寂の中、カサンドラが突然口を開く。


巡行じゅんこうの時、預言の系譜にいない子供に出会った。彼女は自らを『エレ』と称していた」


 ヴィラニアは目を上げず、指先が無音で机の上に置かれる。


「特性は?」


「彼女の苦痛は……光の形態を呈している。過度に澄みきっていて、それゆえに重さがあるように見える光」


 カサンドラの声には褒貶ほうへんが読み取れない。


「『容器』の深沈とは対照的だ」


 ヴィラニアはしばらく沈黙した。


「光……」


 彼女は繰り返す。音節は平らで直線的だ。


「十分に暗い背景の中でこそ、見られる。そして暗闇も、その存在によって、再定義される」


 彼女はついにカサンドラの方向を向く。


「連れて来い。預言が一度も言及しなかった存在は、往々にして預言そのものが堅固けんごであるかを試す試金石しきんせきとなる」


 ---


 ある田舎道で、一人の独り歩く人影が、縄の端に結ばれたビー玉で遊んでいる。


 向かってたきぎを背負った男が歩いてくる。


 薪割り男は顔を上げない。


 二人は何気なくすれ違う。


 世の中にはいつだってこんなに淡泊な人間がいるものだ。一瞥いちべつすら交わさない。


 薪割り男はただ、身をすり抜ける一陣の冷たい風を感じ、思わず首をすくめる。


「うむ……今日の夕暮れは、本当にずいぶん冷えるな」


 彼はつぶやき、薪の束をしっかり担ぎ、家路を急ぐ。


 そしてあのビー玉で遊んでいた人影は、とっくに道の端に消えている。


 まるで最初から存在しなかったかのように。

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