第三十一章
「逃がすものか」
ケーリスが広げた影がまさにモーリガンを包み込み、地の穴の縁に触れようとした刹那――
穴口が音もなく消えた。
埋め立てられたのではなく、「此処に通路あり」という認知のレベルから直接抹消されたのだ。
穴の中の小さな地精たちの短い悲鳴もろとも、絶対的な虚寂に呑み込まれ、まるで最初から存在しなかったかのように。
「いや……友たちが……」
フィトゥーラの声が震える。燧石色の巨大な手が無力にぶら下がる。
彼女には「見える」――あの小さな生命たちの価値の数字が突然ゼロに帰すのが。灯火が一息で吹き消されるように。
モーリガンは動きを止めた。
彼女は悟った。今の自分には、確かにこの「現実を定義する」に等しい権能には抗えない。
ヴィラニアが残したのは守衛だけではない。彼女の意志の延長たる規則そのものなのだ。
「ヴィラニア」
フィトゥーラが突然声を張り上げた。岩層が擦れる口調に、珍しい懇願が混じる。
「私は貴方が『見える』ことを知っている。彼女たちを許せ――価値を理解できないのは私だ。答えを求めて彼女たちを訪ねたのも私だ」
言葉が尽き、彼女は決断を下した。
無数のパイプに貫かれた巨躯が鈍い轟音を爆発させ、がらりと枷を引きずり、山脈が横移動するかのように、モーリガンと傀儡の間に立ち塞がった。
碎石と金属の破片が、崩れ裂けた岩肌からさらさらと転がり落ちる。
傀儡の動作が止まった。
それは頭盔を垂れ、面頬の奥の漆黒が遥か遠くの指令を受信しているかのようだ。
数秒の死寂の後、ヴィラニアの冷たく精確な声が鎧の奥深くから響いてくる。
「定義され得ぬ子よ、お前が今はまだ『死ねない』ことは無論知っている。だがフィトゥーラを連れ去るのは妄想だ。お前は独りで去るしかない。そして二度と戻ることは許されぬ」
「彼女を連れ去るつもりなど初めからありません」
モーリガンの声が影の中から透けてくる。平穏で波立たない。
「彼女は地表を歩むことはできません。私はただ、彼女が自身の『価値』を見つけるのを手助けしたいだけです」
「極めて非理性的だ」
評決が手術刀のように空気を切り裂く。
「お前は秩序に対面することも、彼女たち自身の重みを背負うこともできぬ」
「私はあなたの評価を求めているのではありません」
モーリガンの応答は明瞭で確固としている。
「私が求めるのは、あなたの許可です――彼女が、あなたたちに否定された価値を見つけるのを手助けする許可を」
「自由意志?」
その声には、ごく淡い嘲笑が透ける。
「だがお前自身も、それを真に所有してはいない。お前は自らの価値さえ未決定のまま、どうして他人のために探す資格がある?」
この言葉は鈍器のように胸郭を直撃した。
モーリガンは一瞬、沈黙した。
そうだ、彼女自身も自由ではない――道は預言によって敷かれ、価値は父によって定義される。
そんな彼女に、どうして資格がある?
しかし次の瞬間、彼女は顔を上げた。影が顎の線を描く。
「苦痛を包容でき、共に戦う仲間がおり、果たすべき約束があるからです」
「感情が天真に重なっただけ」
ヴィラニアは興味を失ったようだ。
「ともかく。お前が真に彼女の価値を定義できるその日、私は自ら彼女をお前の前に連れて行こう」
「代償は?」
「フィトゥーラ」
声が巨人へと向く。疑いようのない指令感を帯びて。
「彼女がお前のために『資格』を争っているなら、お前は『担保』を差し出すべきでは?」
傀儡がそれに応えて前に出る。関節が冷たく軋む。
それは手を上げて示す。
巨人は沈黙してうつむき、目を覆う亜麻布の帯が垂れ下がる。
傀儡の暗く沈んだ金属に覆われた指が、彼女の顔へと伸びる――
布帯が外される。
露わになったのは血肉の眼ではなく、暗色の岩石と液体金属を熔かし合わせた巨大な瞳だった。
瞳の奥深くで、無数の青白い数字が滝のように奔流し、閃光を放ち、再編される。一瞬一瞬が冷酷に視野の中の全てを評価し、定義している。
材質、構造、感情濃度、潜在的有用性……世界は躍動する価値算式へと解体される。
今、数字の奔流が突然静止する:
601
モーリガンの呼吸が、ほとんど感知できないほど一瞬止まった。
この数字の列……彼女は知っている。
聖殿の書斎で無為に過ごした午後、指先がたまたまある『古語隠義手帖』の上を撫でた時、一瞬だけ目に飛び込んできた符号の一つ。
601――涙、心に逆流す。
悲しみが堤防を越え、ただ内側へと逆流するしかない。
そしてフィトゥーラは、太古の岩層のように沈黙し、一声の嗚咽も漏らさない。
傀儡の指が何の淀みもなく、あの岩石と金属の眼窩へと突き刺さる。
指先は炎を発しないが、周囲の空気に不気味な青白い波紋を立たせる――まるで現実そのものが一時的に「貫通可能」という規則を修正されたかのようだ。
それは巨大な眼球を掴み、ゆっくりと抉り出す。
フィトゥーラの巨大な体躯は抑えきれずに震え、岩肌は崩れ裂け、碎石が転がり落ちる。それでもなお歯を食いしばり、一声の痛吟も上げない。
眼球が眼窩を離れる刹那、傀儡の掌に微細な、光を呑み込む黒い渦旋が浮かび上がる。
眼球はその中へ投げ込まれ、無音の圧潰と再構築の中で急速に縮み、凝縮し、最終的には常人の瞳孔ほどの大きさに、黒曜石のように温潤な質感で、内部にいまだデータの流れを閃かせる宝石の眼球へと変わる。
「これを嵌めよ」
ヴィラニアの声が再び響く。
「これこそが、お前が支払うべき『入場券』だ」
モーリガンは改造されたその眼を凝視する。
傀儡が経由し、ヴィラニアが注視する――これは疑いなく監視の眼、身体に埋め込む標識だ。
だが彼女はそれでもなお一歩前に出る。
「これを嵌めた後、あなたはもう邪魔しない?」
「規則の内では、言ったことに必ず従う」
ケーリスが彼女の首に巻きついた影が突然引き締まる。
「罠……」
「わかっている」
モーリガンの指先が、緊張で逆立った副耳をそっとなでる。
「でも今はこれが唯一の『道』だ」
彼女は傀儡の前に歩み寄る。
相手は静止して彫刻のようだ。近くで見て初めて、印象よりずっと背が高く、輪郭の線が硬く冷たい。記憶の中のアストライオスの姿と、幾重にも重なる冷厳さがあることに気づく。
それは掌を広げ、凝縮された眼球が幽かに微光を反射している。
モーリガンは右手を上げ、指先を左の眼窩に当てた。
躊躇はない。
思念が微かに動き、体内を流れる黒い苦痛のエネルギーが最も従順な僕のように、微細な触手へと変わり、元の眼球を内側からゆっくりと押し出していく。
過程は不気味なほど速く、血は流れず、眼窩に空洞の冷たさが広がるだけだ。
痛いか? おそらく。
しかしとっくに苦痛に慣れたモーリガンにとって、この剥離は彼女の睫毛を震わせることさえできなかった。
「痛くないの?」
オネイリの声が意識の奥底で響く。微かな震えを伴って。
「私が見ていても……」
「慣れてるから」
平静な応答の間、彼女はすでにあの黒曜石のような眼を手に取っていた。
新しい眼が眼窩に入る。
接触の瞬間、冷たさが体温に同化し、続いてより深層の接続――無数の極細データストリームが逆向きに流入し、意識に乱暴に接合する。
世界が二つに分裂する。
右眼に見えるのは、相変わらず色彩、光と影、形の常世だ。
左眼の視界は、純粋な黒、白、灰、そして跳躍して閃く青白い数字へと沈降する。
今、視界の中央に、彼女自身の状態を表す数字がひっそりと浮かび上がる:
080
080――風止み、浪静む。表象の平静。
この眼は外部を監視するだけでなく、内なる波瀾を暗に数値化し、彼女が完全には制御できない「感情計器」となりうる。
ちょうど彼女がこの分裂した視界に慣れようとした時、傀儡の手が再び伸びてきた。
「それが必要だ」
ヴィラニアの声には起伏がない。
「これこそが真の『代償』だ」
「それで何をするつもり?」
「渡せ。そして去れ」
モーリガンはそれ以上問わなかった。
彼女はまだ体温と視覚残像を留める眼球を、傀儡の冷たい掌に載せた。
指先が離れる刹那、ある種の繋がりが永久に断ち切られた。
彼女はもう留まらず、ケーリスがとっくに用意していた濃密な影の中へ退く。
影が水のように包み込み、建物の奥深くの別の退路へと疾駆する。
しかし姿が完全に闇に呑み込まれる直前の最後の一瞬、モーリガンは横を向き、あの新たな、数字が跳ねる左眼で、フィトゥーラを深く見つめた。
眼窩の中で、青白いデータストリームが飛ぶように閃き、再編され、最終的には「価値を見る」ことのできるフィトゥーラだけが解読できる秘匿情報へと定着する:
5398――枷の鎖断たるる時、我必ず帰らん。
その後、影は完全に閉じる。
ただ置き換えられたあの眼の中に、数字がひっそりと消え、再生炉全体を映す、沈黙の漆黒へと戻っていくだけだ。




