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痛みを喰らうことで、彼女は本当に定められた神になれるのか?  作者: 野間羊
価値という深淵

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第二十九章

 「まだもう少し見させてください」


 ヘマリスは小声で言った。


「ご随意に」


 フィトゥーラの応答が広漠とした空間に反響する。


「私の記憶は、自由に紐解いて構わん」


 ヘマリスは顔を上げ、女巨人の肉体を貫く冷たいパイプに視線を落とした。


 それらは非自発的で、ほとんど悲鳴のようなリズムでっている。収縮するたびに、燧石ひうちいし色の巨大な身体が微かに、ほとんど感知できないほど震える。


 まさにこの瞬間、ヘマリスは自分が触れているのは一つの記憶ではなく、一度も癒えず、今もなお血をにじませる古傷なのだと感じた。


 そしてヘマリスは、あの古い記憶の中へと沈んでいった。


 ***


 地核の上、岩層の深部。


 そこは巨霊族ジャイアントが世代を超えてみ着く地で、深い闇は時間さえも凝結したかのようだ。


 彼らが住む岩窟がんくつの上方を、手当たり次第に掘れば灼熱しゃくねつの溶岩が流れ出す――彼らにとっては、それはただの沐浴用の湯に過ぎない。


 光はこの地では贅沢ぜいたく品だ。


 ほとんどの場合、ここにあるのは純粋な闇だけだ。実体のように重厚な闇。


 このような太古からの闇の中では、視覚は意味を失う。


 巨霊族は目を持たずに生まれる。彼らは本来、目を必要としない。


 だがフィトゥーラは違った。


 彼女には目があった――一対の完全な、物を見ることのできる目が。


 彼女が見るのは闇だけではない。同族の身体に浮かぶ、微かに光る数字までも。


 族人は彼女をフィトゥーラと呼んだ。


 巨霊族は大地に生まれ、岩脈に育つ。父母兄弟という概念はない。


 彼らは同じ岩層を共有しながら、それでいて互いに疎遠そえんで他人のようだ。


 地底に住んでいても、やはり摂食は必要だ。


 彼らの食糧は、あの小さな地精ゴブリンたちだった。


 地精は一切の輝く丸い物に夢中で、巨霊族の代謝産物――あの滑らかな石質の球体――は彼らの好みにぴったりだった。


 地精の種族は繁栄し、倫理綱常りんりこうじょうはなく、時には同族を生贄いけにえにして巨人の贈り物と交換することも、彼らにとってはごく自然な取引だった。


 次第に知性を持ち始めた地精の一部は、特定の巨人に取り入ることを覚えた。


 巨人の代謝物にも良し悪しがあり、品質が高ければ高いほど、それはその「食糧」がより進んでその口へ躍り込むことを意味した。


 フィトゥーラの周りに集まる地精は、日増しに増えていった。


 なぜなら彼女は見ていたから――同族の身体だけでなく、これらの微小な生き物の身体にも、あの青白い数字が浮かんでいるのを。


 頭頂部は千単位、四肢は数百単位、体躯たいくは万単位、内臓の奥深くには千万単位に達するものさえある。


 地精によって、数字は大きく異なった。


 フィトゥーラは数字が最も高い者を選び、丹念に味わうことを覚えた。


 彼女は他の巨人たちのように、一掴ひとつかみ分を掴むか、混ざり合った地精の群れが口の中へ滑り込むのを待って丸呑みにしたりはしなかった。


 彼女はゆっくりと咀嚼そしゃくし、注意深く嚥下えんげした。数え切れないほどの味わいの中で、異なる数字がもたらす微妙な差異を識別した――苦味の後のほのかな甘み、生臭さの中の旨味、粗雑さの下に隠された繊細さ。


 彼女の代謝物はそれゆえ日に日につややかに、渾円こんえんとなり、表面には精巧で複雑な天然の紋様が浮かび上がり、その光沢はとっくに闇に慣れた地精たちをも一瞬にして眩惑げんわくさせるほどきらめいた。


 フィトゥーラは悟った:あの浮遊する青白い光景は、「価値」と呼ばれる目盛りなのだと。


 しかしなぜ彼女だけが見えるのか? なぜ感知できるのか? そしてなぜ自然に「価値」という想念が浮かぶのか? 尋ねる者もなく、彼女はただ一人で困惑するしかなかった。


 ついに彼女は、まだ会話のできる一人の族人に、こう持ちかけた:地表を見に行きたい、と。


 応答は一撃の重い拳だった。まさにあごを直撃する――ヘマリスは今、初めて理解した。フィトゥーラの顎のあの特殊な紋様は生まれつきのものではなく、この古傷が癒えた後に残された刻印なのだと。


 記憶の傍観者として、ヘマリスは静かに見つめた。


 あの一撃はフィトゥーラをひるませず、むしろ彼女にさらなる深い隔たりを見せた。


 彼女は、族人たちが闇に安住し固執する姿を見、自分と彼らの本質的な違いを見た。


 もしこのままここに留まり続ければ、彼女の能力は岩層に沈んだ鉱脈のように、永遠に日の目を見ることはないだろう。


 土を破って出る時が来たのだ。


 彼女は待った。


 巨人たちが満腹で熟睡し、岩窟がいびきのような雷鳴に満ちるのを。


 彼女は上方への通路を掘り始めた。


 彼女に従おうとする地精たちも手助けに来た。


 彼らはこの時、初めて自らに潜む価値に気づいた――彼らは何でも掘り穿うがてるのだと。


 溶岩、黒曜石、密実な鉱層……どんな材質も彼らの爪の下では軟泥なんでいのようだった。


 フィトゥーラは数字の最も高い地精の一部を残した。


 彼女には伴侶が必要だった。見知らぬ世界で一肌脱いでくれる仲間が、もっと必要だった。


 ***


 彼女が地表へ掘り上がった時、たまたま一隊の流浪商人たちがこの荒野で野営をしていた。


 最初彼らは地震かと思い、慌てて重い荷物を捨てて四散した――割れた地面から巨大な一対の手が伸びてくるまで。


 フィトゥーラはゆっくりと姿を現した。


 まず頭部の半分、それから半身、最終的に完全に月光の下に立った。


 彼女が何者か誰も知らなかったが、ただ一人、見聞の広い老商人が震える声で口を開いた。


「巨霊族……なんたることか、数百年見なかったぞ。地核の上に棲む種族よ、なぜ汝はたった一人でこの荒れ地へ来たのだ?」


「価値のためだ」


 フィトゥーラは答えた。声は地表の空気の中でゆっくりと、しかし鋭く響く。


「汝の身にはある物がある。その数字は……すでに億を超えている」


 彼女はまだ音量の制御を学んでいなかった。


 音波は商人たちの耳の穴から血を滲ませたが、彼らは聞き取った。


 しかしフィトゥーラは、あの微細な慌てた人々の言葉をはっきりと捉えていた。


 彼女の学習は極めて速かった。地表の言語の論理が、彼女の意識の中で急速に形を成していく――この大陸は、どうやら異種族間の交流に、ある種の便利さを自然と付与しているようだ。


 彼女は発声方法を調整し始め、より柔らかな周波数で空気を震わせることを学んだ。


 商人たちは次第に彼女の能力を理解した。


 彼女は物体の価値を見るだけでなく、感情の値をもうかがうことができる――老商人から、彼女は「感情」という言葉を学んだ。


 彼の身にあった価値億を超える物は、小さな一枚の肖像画だった:家族写真だ。行商人として一生を大陸に漂い、すべての想いときずながこの色褪いろあせた紙切れ一枚に凝縮されていた。


 フィトゥーラは自分に行く当てがないことを知っていた。


 彼女の巨大さは、いかなる集落にとっても負担だった。


 しかし彼女のいるこの荒野は、商人たちを引き留め始めた。


 彼らは彼女を中心に、小屋や店を建て、客を呼び寄せ、原始的な市が静かに形を成していった。


 ヴィエンティス城の原型が、ここで芽生えたのだ。


 ***


 良き事も長くは続かない。


 審判廷の「黙示のもくしのやいば」――ヴィラニア――がこの地へとやって来た。


 彼女は冷淡に全てを検分し、それからフィトゥーラが密かに助言を提供するために建てた、しかし常人を驚かせるのを恐れて完全には姿を現さなかったあの建築物を、賭博場に改造した。


 フィトゥーラは強制的に目を覆われた。


 一本また一本と、パイプが枷のように彼女の肉体に刺さり、彼女が飲み下したくない「食物」を輸送する。


 彼女はあの硬貨を「生産」することを強いられた。審判廷が定めた、彼女には理解できない規則を満たすために。


 彼女が仲間と見做みなしていた地精たちさえも、この歪んだ賭博場に仕えることを強いられた。


 なぜ彼女はこの何の益にもならない取引を受け入れたのか?


 なぜならヴィラニアの「秤量ひょうりょう」は、彼女に拒否の余地を何も残さなかったからだ。


 フィトゥーラは価値を見ることはできたが、価値を定義することはできなかった。しかしヴィラニアは全てを定義できる。


 あの抗いがたい重みが、彼女をこの自ら掘ったおりにしっかりと釘付けにした。


 ***


 記憶の潮が引いていく。


 ヘマリスは現実に戻り、指先が微かに震えているのを感じた。


 彼女はある長くにぶい苦痛を感じ取った――自らがまだ迷いの中を模索しているにもかかわらず、強引に自らが望まぬ「価値の道」へと引きずり出された苦痛を。


 彼女は理解したが、本当に担いきることはできなかった。


 この瞬間、彼女はモーリガンを思い出した。


 もしモーリガンに感じさせたらどうだろう?


 おそらく彼女――あの預言に選ばれ、全ての苦痛を包容することを学んでいる者――なら、フィトゥーラが待ち望む答えを出せるかもしれない。


 ヘマリスは目を上げ、あの重い問いに直接は答えなかった。


「どうか…」


 彼女は小声で言った。声は広漠とした空間の中で鮮明に響く。


「まだ外にいるモーリガンを、中へお招きください、フィトゥーラ」


「なぜだ?」


 女巨人の声には、一片の理解できない波紋がある。


「まさか彼女に私に答えられるというのか? 彼女はまだ……私の過去を目の当たりにすらしていないのに」


「でも彼女はあなたの苦痛を理解できます」


 ヘマリスは首元の微かに熱い霧の指輪を押さえた。


「彼女が預言の者だとご存知なら、どうか一度彼女を信じてみては?」


 長い沈黙。パイプの搏つ音だけが唯一のリズムとなる。


「……よかろう」


 フィトゥーラはついに言った。その声には疲労と、ごく微かでほとんど感知できないほどの期待が混じっている。


「あの子に……私に教えさせよう」

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