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痛みを喰らうことで、彼女は本当に定められた神になれるのか?  作者: 野間羊
誕生と虫の羽

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第一章

こんにちは!ご覧いただき本当にありがとうございます。

これは哲学的な味わいのある小説で、複雑な運命の絆や女性の心情も描かれておりますが、恋愛を主軸とするものではなく、難解すぎないよう心がけました。どうぞ気軽にお楽しみください!

お時間のある時、ぜひコメントをいただけたら嬉しいです。読んでくださった方の「良い」や「ちょっと…」という声が、私にとって続きを書く安心材料になります。

はじめに、以上のような思いを込めて。

 モーリガンは、春の初めに生まれた女の子だった。


 その前、彼女は温かな混沌の中に存在していた。多くの朧げな意識が、まるで遊魚のように共存し、名前もなく、ただ一声「おい!」と呼びかけ合っていた。


 だから、呼び声が響くたび、すべての「目」が一斉に集まるのだった。


「もう行くよ! みんな元気で!」


「気をつけて! 早く帰ってきてね!」


 答えはいつも揃っていて、温かな波紋を伴っていた。


 ただ、去っていった子は、誰ひとりとして戻っては来なかった。


 初めのうちは、残された思いの中に「悲しみ」という名の湿った霧が立ち込めるのだが、やがて深水のような静寂がすべてを覆い、まるで何も起こらなかったかのようになる。


 ——あの子は戻ってこない。それで、何かがえぐり取られたような感覚はないの?


 これが、モーリガンが観察の中で凝らした、最初の鋭い疑問だった。


 そして彼女は気づく。ここにいる子どもたちは、最後にはみんな、こんなふうに別れを告げるのだと。


 ついに、彼女の世界を引き裂くような声が響いた。


「奥様、頑張って!頭が出ました!」


 彼女は悟った。自分の番なのだと。


「……おい、私、行くよ。みんな、元気で」彼女は意識の中で言った。


「気をつけて!早く帰ってきてね!」


 見送りの声は相変わらず熱く、むしろどこか浮き立っていた。


 モーリガンは、それが歓喜するほどのことだとは思わなかった。だがみんなの興奮ぶりを見て、あの場所は悪くないのかもしれない、と想像した。


 そして、圧迫。光の奔流。冷たい空気が肌に触れる感触。


「ご主人様!無事なご子息です!」

「早く私に!でもこの子……なぜ泣かない?」


 揺られ、視界は汗と苦痛に濡れた女の顔から、興奮で顔を歪めた男の表情へと切り替わる。


「子供よ!声を出せ、どんな声でもいい、ただ泣き声だけはダメだ!絶対に泣いてはならん!」


 彼の声は、極度の期待でかすれていた。


 モーリガンは泣こうとは思わなかった。


 彼女がより気にかけていたのは、下にいる女——両脚の間から濃厚な赤が広がり、悲鳴も喘ぎも止まり、ただ生命が急速に流れ出ていく「冷たさ」だけが漂っている。


「早く何か声を!」男の催促が迫る。


「……痛い。」


 微かだが、驚くほど明確な一音節が、赤子の口から漏れた。


 静寂。


 そして、狂喜が男の顔に炸裂する。


「成った!予言が成就した!!」


 彼は嬰児を高々と掲げ、聖なる器物を披露するかのように。


「覚えよ!我、オーガスタス・ヴェセラ、そなたの父であり、聖殿きょうでん教皇きょうこうである!そしてそなたは、予言に現れし、世を歩むかみなる者!その名は——モーリガン!」


 ***


 七歳のモーリガンは、教会の裏にそびえる静寂な大邸宅だいていかを歩いていた。


 石の廊下はひっそりとして、彼女の視線は窓の外の一羽のちょうに吸い寄せられる。それは不安定に飛び、一方の羽が欠けているようだった。


「お嬢様、もうすぐお誕生ですわ」侍女が尋ねた。「今年は何をお望みですか?」


「蝶」モーリガンの指先が冷たいガラスに触れる。「あの外の蝶」


 言葉が終わらないうちに、影と仄暗い金属でできたような、不気味な手爪が現実を突き破り、鋭くその蝶を鷲掴みにし、廊内へと引き戻した。


 教皇オーガスタスだった。彼はモーリガンの髪を撫でながら、優しく微笑んだ。


「我が娘よ、万物は皆そなたに捧げられるべきものだ。この蝶の今の苦しみは、永遠に終わる。これがこの者の誉れなのだ」


 彼はわずかに首を傾け、虚空こくうにささやく。


「アストライオス、これを処置しょちせよ。祝典しゅくてんで、最も『相応しい』姿で再現させるのだ」


「仰せのままに」


 虚空から、星夜せいや寒潭かんたんのような、冷たく平静な声が応答する。


 手と蝶はともに消えた。


 モーリガンは窓を見つめたまま、もう何も言わなかった。


 ***


 誕生祝宴。


 長い食卓の周りには、硬い笑みを浮かべた人々が座っていた。モーリガンがスープを少しずつ飲んでいると、彼女は多くの胃の中に「空腹」という鈍い痛みが渦巻いているのを「感じる」ことができた。だが、彼らの顔には「満足」しかなかった。


 教皇オーガスタスが、一人の少女を伴って入ってきた。


 人々は人形のように粛然しゅくぜんとして立ち上がる。


 その少女は、痩せ細って枯れ枝の束のようで、大きすぎる灰色のローブを着ていた。しかし、彼女がそっと光の中へと押し出され、顔を上げた瞬間——


 彼女は笑った。


 それは従順さや感謝の笑みではなかった。口元が大きく、ほとんど引き裂かれんばかりに広がり、目は異様に輝いて、モーリガンをまっすぐに見つめる。その笑みには狂信的で、待ちきれないほどの献身的な感覚があり、彼女の身体の虚弱さと恐ろしい対照を成していた。


「汝が永遠の主君しゅくん敬礼けいれいせよ」


 教皇の声には、完璧な生贄いけにえを披露する満足感がにじんでいた。


「アマラート。今日より、汝の運命は彼女の光輝こうきと完全に結ばれる。これが汝の存在する唯一の意義である」


 少女——アマラート——は、ほとんど飛びかかるようにひざまずいた。その動きには神経質なほどの切迫感があった。彼女は顔を上げ、笑みを崩さず、声は異常に澄んで、むしろ鋭く高く響いた。


「主君!私はアマラートです!私の血も、骨も、震えも、全てはあなた様のために備えられた供物くもつです!どうぞお好きに使ってください!」


 食卓の上を、かすかな戦慄せんりつかすめた。


 モーリガンは彼女を見つめた。


 アマラートの心の中は、他の人々のように雑然としていなかった。激しく燃え盛っているが、無音の祭壇さいだんのようで、炎の中心には彼女自身がいた。この灼熱しゃくねつの空虚さが、モーリガンに刺すような痛みを感じさせた。


 彼女は手近にある白パンを取って、差し出した。


「食べる?」


 オーガスタスの目に極限の光彩がほとばしった。


「見よ!神性しんせいあわれみ!」


 沸き立つ賛嘆さんたんの声の中で、アマラートはパンを受け取った。


 彼女は食べなかった。それを胸にしっかりと抱きしめ、まるで何か聖なる物のように。彼女の顔の笑みはついに変化した——型にはまった部分が少しせ、より深く、より湿り気を帯びた狂信さが注ぎ込まれた。


「ああ……あなたは『欠乏けつぼう』を授けてくださった……」


 彼女は目を細め、ほほでパンをすりすりしながら、つぶやくようにつぶやいた。


「これで、私はあなたのために、よりはっきりと『飢え』の味を感じることができます……なんて素晴らしいのでしょう……」


 宴は続いたが、モーリガンの注意力はアマラートから離れられなかった。


 この少女は「苦痛」を養分であり存在証明として抱きしめているのだ。


 ***


 喧騒けんそうが去り、邸宅は静寂に沈んだ。


 モーリガンは暗闇に横たわり、アマラートは扉の傍で、ほとんど存在しないほどかすかな息遣いで見守っていた。


「アマラート」


 モーリガンが初めて、完全にその名を口にした。


 闇の中の影が、激しく震えた。それは恐怖ではなく、電流が走ったような極限の反応に近い。


「はい!」


 応答は条件反射のように速い。


「あの蝶は」モーリガンが尋ねた。「どうなるの?」


「アストライオス様は……」


 アマラートの声は闇の中で低くめぐり、秘密を共有するような興奮を帯びている。


「美しいものを、一番美しい『刹那せつな』に『とどめる』のが、とてもお上手ですよ。例えば……咲いた花が永遠に閉じられないようにするとか、飛ぶ鳥が落下の弧を描くところで固定するとか……あれは『慈悲じひの永遠』だと、おっしゃいます」


 彼女は一呼吸置き、微妙で粘り気のある口調になる。


「あなた様は、どう思われます? 羽を半分引き裂かれ、それでも頑張って飛ぼうとしている蝶……一番美しい『刹那』って、もう飛べないって気づいた瞬間かもしれないですよね?」


 モーリガンは答えなかった。


 彼女はアマラートが跪いた時の目を思い出した。それは、蝶がもがいて羽を震わせる様と、どこか不快な次元で、重なり合っていた。


「きっとご覧になれますよ」


 アマラートは闇の中で、くすくすと低く笑った。声は虫の羽ばたきのように震えている。


「すぐに……私たちはみんな、目にすることになります。だって、アマラート……『運命に縛られた負債ふさい』ですから。私はずっとここにいます。あなた様の全てを、証しするために……あなた様ご自身のことも含めて」


 窓の外、星辰せいしんは冷たい。


 アストライオスという従者が司る「永遠」と、この傍らにいて苦痛を狂信的な供物に変えてしまう少女。それらが、モーリガンのこの世界に対する最初の認識を形作っていた。


 それは華麗で、虔信けんしん的で、そしてその核心には、何かが音もなく叫び続けているものが充満していた。

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