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最終話 故郷

 私たちは一週間、地球に滞在した。

 サンプルを採取し、記録を残し、タケルから地球の歴史を学んだ。


「カイルさんたちの星って、どんなところなんですか?」


 タケルが尋ねた。出発前夜、草原で星を見上げながら。


「オレンジ色の空に、二つの月がある。草原の色は紫だ。海は——ない。地下水や小さな湖はあるが、地表を覆うような青い海はないんだ」


「海がないんですか?」


「ああ。だから、伝承で語られる『青い惑星』は、私たちにとって夢のような存在だったんだ」


 タケルは考え込んだ。


「でも、海がなくても、そこがカイルさんの故郷なんですよね」


 私は少し驚いた。


「……そういう見方もあるか」


「僕、思うんですけど」


 タケルが言った。


「故郷って、生まれた場所じゃなくて、帰りたい場所なんじゃないですかね」


 帰りたい場所。

 その言葉が、胸に響いた。


「僕も考古学やってるからわかるんですけど、人類って、ずっと『自分たちはどこから来たのか』を探し続けてるじゃないですか」


「ああ」


「でも、本当に大事なのは『どこへ行くのか』なんじゃないかって、最近思うんです」


 若者らしい、まっすぐな言葉だった。

 私は微笑んだ。


「君は、いい考古学者になるよ」


「ありがとうございます。……あの、また来てくださいね」


「ああ。必ず」


 出発の日が来た。

 私はタケルと握手をした。


「会えてよかった」


「僕もです。……あなたたちの星にも、いつか行ってみたいな」


「いずれ、きっと」


 私は微笑んだ。


「人類はまた出会う。その時は——同じ仲間として」


 ホリゾン号が離陸した。

 青い惑星が、どんどん小さくなっていく。


 私は窓に手をついて、それを見つめていた。


「先生」


 ミラが隣に来た。


「帰ったら、何て報告するんですか?」


「真実を報告する」


「信じてもらえるでしょうか」


「わからない。だが、報告しなければならない」


 私は振り返った。


「私たちは一万二千年間、嘘の歴史を信じてきた。『地球から旅立った』という伝承は——逆だったんだ」


「でも、なぜそんな嘘が……そもそも、地球のデータはどこから来たんですか?」


「帰りの航行中、私もずっと考えていた」


 私は言った。


「おそらく、祖先たちは宇宙を旅する中で、地球を観測したんだろう。遠くから、あの青い星を見つけた。海を持ち、生命が存在しうる理想の惑星として、座標を記録した」


「……そういえば」


 ミラが何かに気づいたように言った。


「地球に関する古いデータって、座標と外見の記録ばかりでしたよね。大気組成とか、生態系の詳細とか、そういう『中身』のデータは見つかっていなかった」


「その通りだ」


 私は頷いた。


「まるで、外から見たことだけを記録したように。——つまり、祖先たちは地球に降り立ったことがない。遠くから観測しただけだったんだ。もしかすると、船の故障で着陸できなかったのかもしれないし、あるいは枯渇した故郷を捨てて、先を急いでいたのかもしれない」


「それが証拠……」


「ああ。私たちが『故郷から旅立った』のなら、地球の内部データがあるはずだ。文化も、言語も、社会構造も。でも、そういうものは一切残っていない。あるのは、座標と、青い惑星の映像だけ」


「でも、それがなぜ『故郷』に……?」


「時間だ」


 私は窓の外の星々を見つめた。


「一万二千年という時間の中で、記録は伝承に変わった。『私たちが目指す理想の星』は、いつしか『私たちが来た故郷の星』になった。人は、どこかに帰る場所があると信じたがる生き物だから」


 ミラは黙っていた。


「嘘ではなかったのかもしれない」


 私は続けた。


「祖先たちは、本当に信じていたんだろう。『どこかに故郷がある』と。『自分たちはどこかから来た』と。——それは人類の本能かもしれない。根を探し、帰る場所を求める」


 ミラは黙っていた。


「だが、今日わかった」


 私は続けた。


「私たちの故郷は、探すものではない。作るものだ。今いる場所を、故郷にするんだ」


 二ヶ月後。

 惑星連合に帰還した。


 報告は——予想通り、大騒ぎになった。


 議会は紛糾した。

 「伝承は嘘だったのか」「祖先は何者だ」「我々のアイデンティティはどうなる」

 様々な意見が飛び交った。

 怒る者もいた。泣く者もいた。笑う者もいた。


 だが、私は壇上で静かに言った。


「私たちは、地球出身ではありませんでした。しかし——地球には、私たちと同じ人類がいました。言葉を交わし、同じ姿をし、同じ心を持っていました」


 議場が静まった。


「私たちがどこから来たのかは、わかりません。だが、一つだけ確かなことがあります」


 私は一拍置いた。


「私たちは——孤独ではない」


 沈黙。

 そして——誰かが拍手を始めた。

 拍手は、次第に大きくなっていった。


 帰還から一年が経った。


 惑星連合は、地球との正式な接触を計画している。

 私はその準備委員会の顧問に任命された。


 自宅の書斎で、私はタケルからの通信を受け取っていた。

 ——そう、通信手段を残してきたのだ。


『カイルさん、元気ですか? こっちは相変わらずです。最近、宇宙開発が活発になってきました。あなたたちの影響かも。僕も大学院に進学しました。いつか、宇宙考古学を学びたいです』


 私は微笑んで返信を打った。


『元気だ。こちらも準備が進んでいる。いずれ、正式に会えるだろう。宇宙考古学——いい選択だ。楽しみにしている』


 通信を終えて、窓の外を見た。

 オレンジ色の空。二つの月。紫色の草原。

 私が生まれ育った惑星の風景だ。


「カイル」


 レナが部屋に入ってきた。


「夕食よ」


「ああ、今行く」


 私は立ち上がった。


「ねえ、カイル」


 レナが私の腕を取った。


「地球に行って、何か変わった?」


「変わった?」


「うん。なんか、穏やかになった気がする。前は、いつも『探し続ける』って顔してたけど」


 私は少し考えた。


「そうだな……」


 窓の外を見た。


「私は長い間、『故郷を探している』と思っていた。どこかに、自分の居場所があるはずだと」


「見つかった?」


「ああ。見つかった」


 私はレナの手を握った。


「ここだった。最初から、ここが故郷だったんだ」


 レナは微笑んだ。


「じゃあ、ご飯食べましょう。故郷の味、作ったわよ」


「故郷の味?」


「あなたのお母さんのレシピ」


 私は笑った。


 そして、ポケットから小さな石を取り出した。


「これ、お土産」


「なに?」


「青い石。海の近くで拾った」


 レナの目が輝いた。


「約束、覚えてたんだ」


「当然だ」


 レナは石を手に取り、光にかざした。

 青い輝き。地球の海の色。


「綺麗……」


「ああ」


 結局、故郷とは場所ではないのかもしれない。

 家族がいる場所。帰る場所がある場所。

 それが、故郷なのだ。


 青い惑星「地球」は、私たちの起源ではなかった。

 だが、それでいい。

 私たちは、自分たちの故郷を——自分たちで作ってきたのだから。


 そしていつか、地球の人類と手を取り合う日が来る。

 その時、私たちは言うだろう。


「ようこそ、宇宙へ。——ここには、仲間がいる」


 それは、一万二千年かけて見つけた答えだった。



【完】

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