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8話『奪う』

今回は本当に、難産でした

足早に路地を抜け、再び広場へと戻った。昼の熱気が残る石畳には、もうほとんど人影はない。ふと端の方に目をやると、四十前後くらいの中年の男が立っていた。


「……あの、すみません。さっきの黒マントの人たちは、誰なんですか?」


声をかけられた中年の男は、ぎょろりとした目で俺を見るなり、短く吐き捨てるように答えた。


「……あれは国の軍だ。反乱や騒ぎを抑えるために出ている」


男は城の方をちらりと見て、声を潜めるように呟いた。


「……あまり、深入りするもんじゃない」


そう言い残して立ち去ってしまう。

俺はその背を見送ると、ぎゅっと拳を握りしめ、城壁の方角へ歩き出した。


城へ向かう道を進むにつれて、人通りは少なくなっていく。石畳を踏む自分の足音だけがやけに響いた。高くそびえる城壁は、日に照らされ長い影を伸ばしている。近づけば近づくほど、その堅牢さが足がすくむ。


(……ラセルは、この中に?)


思わず立ち止まり、また拳を握る。喉がひりつくように乾き、心臓が早鐘を打つ。


そのときだった。


「君…もしかして、アキ…か?」


突然の声に、思わず体が跳ねる。

恐る恐る振り返ると、そこには一人の青年が立っていた。淡い灰色の髪に深い緑の瞳、口元には笑みを浮かべている。


「……俺は、ロメス。君に用がある」


「……俺に…?」


(……なんだ、この人……?どうして俺の名前を知ってるんだ?)


男は警戒する俺を見て、優しく諭すように言った。


「……俺は…君の味方だ。突然で驚くだろうが、君に危害を加えるつもりはない。ラセルに、会いたいんだろう?」


「っ…何か知ってるんですか?!」


声は自然と強くなり、思わず身を乗り出した。ロメスと名乗った男は城壁に視線を移すと、声をひそめて言う。


「…ここじゃ危ない……少し、ついて来てくれないか?」


疑いの気持ちと、胸の奥の焦燥感がせめぎ合う。ラセルのことを思えば、この人の言葉を無視するわけにはいかない。嘘か、本当か…あるいは罠か。


ロメスは低く落ち着いた声で続けた。


「……無理強いはしない。」


警戒心は消えない。けれど、ラセルの姿を求める気持ちが、それを押しのける。


(……ここで立ち止まっていても仕方ない…ラセルのことを知るなら、ついて行くしか…)


ラセルのことを思えば、ここで立ち止まるわけにはいかない。俺はゆっくりと首を縦に振った。


「……あなたに、ついて行きます」


返事を聞くなりロメスは頷くと、軽やかな足取りで石畳の路地を進み始めた。俺もそれに続く。ロメスは言葉少なに案内しながら、時折俺をちらりと振り返る。石畳の路地を曲がり、城壁沿いの人目に付きにくい通りを抜ける。途中、古びた看板や壊れかけの壁が並ぶ小路を進むと、やがて小さな廃屋の前に立ち止まった。


「…ここだ」


扉を開けると、中は埃にまみれた薄暗い空間。だが人目に付かないという点では、確かに安全そうに思える。窓から差し込む光が、散らかった木箱や壊れた家具をぼんやりと照らしている。


「……ここで話すんですか?」


俺は警戒しながらも、廃屋の中に一歩足を踏み入れた。ロメスは軽くうなずき、こちらに向かって視線を向けた。


「あぁ、君が知りたいこと、ラセルのこと、すべて話すつもりだ」


「…まず、…あなたはラセルと、どういう関係なんですか?」


ロメスは側にあった比較的きれいな椅子に腰掛けると、指先で軽く木箱を叩き、言葉を選ぶように口を開いた。


「……俺は昔…ラセルに、助けられたんだ」


「……助けられたって」


ロメスは手のひらを広げ、ゆっくりと身振りを交えながら続けた。


「戦争のときさ。彼は…多くの人を救ってくれた。」


「……なら、どうして…あの黒マントの人たちはラセルに、あんなことを……」


床に落ちた木くずが小さくカラリと音を立てる。ロメスは窓に視線を向け、埃にまみれた光の筋に手をかざす。


「国の中にはいくつもの派閥があって、それぞれが自分たちの地位を守ろうと争っている」


「戦争の最中でさえ、内部の争いは絶えなかった」


その声には、諦観と苛立ちが混ざっているように聞こえた。


「…徴兵にも限界がある。」


「国内の権力争いに手を取られている間も、外では戦争が続いている。反乱や略奪の不安も絶えない。内部にばかり構っていられる状況じゃない」


「そこで国は、あるプロジェクトを立ち上げた」


ロメスは指先で空中に線を描くように文字を描いた。それは未知の言語だった。どれも見たことのない曲線と角張った形の組み合わせ。だが、不思議なことに、脳裏にはっきりと浮かぶ文字があった。


RACHEL


_____『ラケル』


ロメスは指先を止め、空中に描いた線を払うように手を下ろした。


「国が立ち上げた、極秘の実験だ。徴兵にも戦力にも限界がある。ならば、どうするか?」


ロメスの横顔は淡い光に縁取られ、表情は影に沈んで読み取れない。


「……人を超える存在を作ればいい。国は、そう考えた。理想的な兵士を、計算通りに動く存在を、」


「……人を、超える存在……」


自分で呟いた言葉に、ぞくりと身震いする。人間ではなく、それでいて人間以上に作られたもの。そんなものが、この世に本当に存在していいのか。


「人の姿で生まれた、唯一の成功作。…それが彼だ」


あまりの悍ましさに、脳が理解を拒んだ。


「…それなら、」


「国が欲しかったのは、優秀な人材だ」


ぽつりと漏らされた声は、まるで自分自身に言い聞かせているようだった。


「自分で考え、どう行動すればいいか判断できる。見目もよくて、そして……絶対に逆らわない」


その言葉で、わかってしまった。頭の中に鈍い衝撃が走る。考えたくない、でも考えずにはいられない。


「…国がラセルにあたえた命令は一つ」


「人を守れ」


空気は冷たく湿っていて、埃と朽ちた木材の匂いが喉に絡みつく。息を吸うたびに、内側から肺を削られていくような気持ちになった。


「戦場であれ、崩れ落ちる街であれ、……彼は人を守れと言われたから、守った。味方も、民も…」


その言葉に、胸を締め付けられるほど、哀しくなった


「国は彼に次の命令を与えた。敵兵を殲滅せよ、と」


「……だが、できなかった」


吐き捨てられた言葉の重さに、潰れそうになる。


「……彼にとって、それは守るべき人だった。当然、国は、命令の書き換えを行おうとした」


ロメスは掌を握りしめ、骨ばった指をぎりと鳴らす。


「できなかった」


「彼の中枢に刻まれた命令は、想像を絶するほど強固だった。魔力も資源も費やされたが、結果は同じ。上書きしようとすれば、彼自身が壊れるか、国庫が先に干上がるか……そのどちらかだった」


「ラセルの基本命令は変えられない。そして…矛盾する命令を与えることもできない」


薄暗い廃屋の中で、その背筋はまっすぐに伸び、淡い光が差し込む窓の向こう側に揺れる影を背に、落ち着いた佇まいを見せている。


「……あなたは、どうして。それを知ってるんですか?」


ロメスは少し間を置き、ゆっくりと息を吐いた。


「……俺は、軍人だ。」


(…………薄々、そうだと思っていたけれど……)


ロメスは暫く口をつぐみ、遠いものを見るように目を細めた。


「……もう十年以上前のことだ」


「……当時の俺は、戦場に立つ兵士の一人にすぎなかった。だが所属していた部隊は、ちょうど派閥争いの渦中にあってな。上層部の失策を押しつけられ、責任を取れと前線に送られたんだ」


声は落ち着いているが、言葉の端にかすかな苦味が混じる。握った拳は手のひらに力が入りすぎて白くなっていた。


「補給も援軍もない。退却命令すら下りない。……分かるか?つまり、戻ってくるなと言われたのと同じだ」


「俺の部隊がいたのは、国境付近の小さな村だった。……戦況は押され、補給も途絶え、逃げ場もなく、全滅は時間の問題だった」


「そんなとき……ラセルが来た」


その名を口にするときだけ、かすかに声色が和らいだ。


「彼は味方の兵も、行き場を失った避難民も、誰彼かまわず庇い、救った。」


飢えと恐怖に押し潰されそうになっていた兵士や民にとって、彼の存在はまるで光そのものだったのだろう。


「七年前、国は正式に降伏した。無数の犠牲と、浪費した資源の果てに、な」


ロメスは低く息を吐いた。

薄暗い廃屋の空気が、重くのしかかる。


「荒れ果てた土地、飢える民、空になった倉庫。賠償金を支払う力なんて、この国には残っていなかった。」


「……国は、どうしたんですか」


気づけば声が震えていた。知らなければよかった真実が、次から次へと押し寄せてくる。


ロメスは顔を伏せ、拳を膝に置いた。


「借金を返す術がないなら、どうするか。……力を蓄えて、再び戦うしかない」


「そんな……」


喉の奥で言葉がつかえる。負けて、飢えて、それでもまだ戦うことを選ぶのか。


「……そういう国なんだよ、ここは。戦場で奪った土地や資源を、賠償の穴埋めにする。戦い続けることでしか生き残れない。」


ロメスは静かに立ち上がり、俺をまっすぐに見つめた。


「……君に、用があると言ったな」


「この国から、彼を奪ってほしい」

この世界の成人年齢は15歳からです。

ここから奪還までスムーズにかけるといいな

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