『真実は、重くのしかかって』
※シリアス注意※
⚠本編に含まれる出来事は、すべて架空のものです。
「…よかった、熱は下がったみたいだね。顔色も昨日よりいい」
ラセルの手が額に触れる。ひやりとした指先に、体の芯に残っていた熱が吸い取られていくようで、少しだけ擽ったか。
彼は俺の顔を覗き込むと、ようやく安心したように目を細めた。
「ラセルのおかげでな」
確かに昨日までは頭がぐらぐらして、立ち上がるのもやっとだった。でも今は体も軽くて、空気の冷たさすら心地いい。
「…まだ病み上がりなんだから、今日は1日しっかり休むんだよ?」
彼は机の上に積んでいた食器を一枚ずつ拭きながら、諭すように言う。
「わかってるって」
「ほんとにわかってるの…?」
「大げさだって、ほら…もうこんなに動けるし」
ぶんぶんと腕を回して見せると、彼は慌てて俺の手を掴んで止めた。
「あ、こら!…もう、全然わかってない」
彼は溜息を吐き、困ったように笑うと腕に触れた手を優しく撫でた。
ラセルは机の前に戻ると、布で食器を拭きながら、俺の方へ視線を向けた。
「ねえ、アキくん……僕、今日はちょっと出かけなきゃいけないんだ。」
「どこに?」
「……えっと、…ちょっと、遠くに?」
まるで何か不都合な事でも隠すように言葉は曖昧で、彼もそれを理解しているのか、申し訳なさそうに笑っていた。
「だから、その……お留守番、お願いしてもいい?」
「当たり前だろ、子供じゃないんだし」
わざと強がる様に言い返すと、彼は安堵の息を吐いて、頷いた。
「よかった。夕方までには戻るから、待っててね。ご飯は作り置きしておいたから、ちゃんと食べてね?」
そう言ってほっとしたように立ち上がると、彼は扉の中へと消えていった。窓の方へ視線を向けると、森の小道に入っていく、彼の後ろ姿が見えた。
それだけ見届けると、すぐに起き上がり布団を畳むと、玄関へ駆け出した。草花が生い茂る小道の先、ゆっくりと歩く彼の後ろ姿が見えた。肩にかけた荷袋が揺れている。俺は息をひそめ、足音を押さえながら、少し距離を置いて後を追う。
もしばれたら怒られるかもしれない。
いや、もしかしたら嫌われてしまうかもしれない。けれど、確かめなければならなかった。
俺はこの世界に来て、少なくとも数ヶ月は経っている…はずだ。
なにせここには時計もカレンダーも存在しない。俺は空の色や、月の満ち欠けで、おおよその時間を把握していた。
彼と初めて出会ったとき、月は大きな丸を描いていた。それから六回。満ちては欠けてを繰り返していた。
その間、彼が外に出るのはいつも俺と一緒で、行く場所は決まって森のどこかだった。
「……怪しい…」
一定の距離を保ちながら、息を潜め彼の背中を追った。そのうち、森の匂いは少しずつ遠のいていく。草花の満ちた森の中を抜けると、獣道とは違い、舗装された石畳の道に出る。遠くに建物の屋根が見え始め、それらを囲うように門が建てられている。門兵らしい人の姿は見えず、彼もそのままそこを素通りする。
門の中には、予想通り。中世の街並みを想像させるような、石造りの建物が立ち並び、人の往来もある。
彼は歩き出す前に身に着けていたフードを目深に被り、顔の半分を覆った。
「……変だな」
始めは高揚していた気分も、街の様子を観察するうちに戸惑いに変わった。
まず、通りを行き交うのは年配の男女ばかりで、若者の姿どころか子供の姿すら見当たらない。
それに、身に纏っている衣服も、黒や灰色といった暗い色が多く、鮮やかな色の衣服を身に着けている人はどこにも見当たらない。
「……まるで、」
…喪服のような。
一瞬、頭の中に浮かんだ不吉な考えを振り払う。
ラセルは大通りから目を逸らすように、狭い路地裏へと足を進めた。薄暗い路地は、それだけで恐怖心を掻き立てる。
彼の姿を見失わないように慎重に歩みを進める。彼は暫く曲がりくねった路地を歩き続けていたが、突然ぴたりと足を止めた。
「……来たか」
低い声が、暗がりから聞こえた。
声の主の姿を確認しようにも、今の位置からでは難しい。もっと近付くことも考えたが、第三者がいる以上、見つかる可能性が高い。
諦めて耳を澄ませていると、声の主は低い声を響かせ彼に高圧的に話しかけた。
「随分遅かったな」
「……申し訳ありません。」
ぎぃ、と扉が軋むような音が聞こえ、彼は暗闇の中へ消えていった。
胸の鼓動を抑えながら、静かにその場へ近付く。
厚い木の扉に耳を当てると、微かな声が漏れ聞こえてきた。
「命令を忘れたのか?」
「……いいえ」
声は途切れ途切れで、よく分からない単語も多く含まれているが、これだけははっきりと聞こえた。
「……まったく、お前のような役立たずの兵器を、なぜ生かすのか」
役立たずの、兵器……?
言葉の意味が理解できず、思わず耳を扉から離した。声の主は、苛立ちと愚痴が混ざった調子で、怒鳴るように続けた。
「お前を維持するために、どれだけの手間と資源を使わせてるか分かっているのか?」
「ようやくあの忌々しい戦争が終わったというのに」
「整備だって、定期点検だって、人手も時間も使うんだぞ!」
声は扉越しでも大きく、くっきりと耳に届く。声の主はまるで長年の不満を一気に吐き出すように、何度も何度も彼を責め立てていた。
扉の向こうで、重いため息のようなものが漏れた。声の主は満足したのか、暫くして、声は次第に収まっていった。
俺は耐えきれなくなって、その場に膝をついた。
「兵器……ラセルが……」
頭の中でその言葉がぐるぐると回る。好きな人が、誰かの道具のように扱われている。
……そんな現実が信じられなかった。
気がつけば俺は、家の扉を前にして立っていた。どうやってここまで来たのか、まるで覚えていない。体は重く、覚束ない足取りのまま、布団の上へと倒れ込んだ。
頭の中では、あの街で聞いた「兵器」という言葉がぐるぐると回り続けている。思考は纏まらず、ぐちゃぐちゃになった頭のまま、ただ時間だけが過ぎていった。
書きたかった回がようやく書けました。
人外タグを付け忘れていたときは焦りました。