『言葉の意味』
朝からずっと、頭がぼんやりしていた。昨日の川での出来事を思い出すと無理もない。喉も痛いし、体の節々も重い。布団に横たわると、自然と吐息が漏れる。
隣に座るラセルが、心配そうに俺を見つめている。手元には小さな水差しと布、そして先ほど煎じていた薬草のスープが置かれていた。
「アキくん…顔が赤いね。昨日の川のせいかな」
小さな布に水を含ませ、額にそっと当てられる。ひやりとした感触が熱を少しだけ和らげる。
「……ん」
短く声を出しただけで喉がきしんで、咳がこぼれそうになる。彼は眉を下げ、困ったように笑った。
「無理に喋らなくていいよ。喉も辛いだろうし」
器に注いだスープを手に取り、ふうふうと息を吹きかけてから差し出してくる。匙が唇に触れた瞬間、香草の苦味が広がった。体は弱ってるのに、不思議と安心する味だった。
「少しずつでいいよ。飲める?」
「……のめる」
かすれ声でそう答えると、彼は満足そうに頷き、また口元へと匙を運んでくる。飲むたびに喉がじんと熱を帯びるけど、体の芯がじわっと温まっていくのがわかる。
飲み終えると、彼は器を机に置いて、毛布をきちんと肩まで掛け直してくれた。
「汗をかいたら着替えさせてあげる。無理に眠ろうとしなくてもいいけど、体は休めようね」
「……ラセルは?」
「僕は平気。少し本を読んでるから、気にしないで」
ラセルはそう言うと、そっと立ち上がり、棚から分厚い本を取り出した。木の椅子を少しベッドから離して腰を下ろすと、静かにページをめくり始める。紙の擦れる音が聞こえ。
熱のせいで意識がふわふわするけれど、その音はどこか心地よくて、気づけば瞼が落ちていた。
ふと目を開けると、窓の外は薄暗くなっていた。どれくらい眠っていたのだろう。頬にはまだ熱が残っていて、体は重い。どうやら額の布は取り替えられているらしい。
「……起きた?」
「……うん」
掠れた声を聞いたラセルは、急いで水を用意してくれる。木の椀に注がれた水はひんやりしていて、喉をすっと通った。
「顔色、少し良くなったね。熱も、さっきよりは下がってる」
「……そう、かも」
返事をすると、言葉の終わりに小さく咳が混ざった。ラセルはすぐ背を撫でてくれて、咳が治まるのを待ってから手を離す。
「…ごめんね、僕のせいで」
そんなことない、と言おうとして咳が溢れた。
「…あぁ、ほら。無理しちゃ駄目だよ、アキくん…ちゃんと寝てなきゃ」
「ぅ…、」
窓の外が完全な暗闇に包まれると、部屋の中はさらに静かになった。風の音は小さく、虫の声すら遠い。熱のせいで夢を見てはすぐ醒め、また浅い眠りに落ちる。そんなことを繰り返していた。
ぼんやりとした意識のまま、ラセルの気配を探す。
「……らせる」
「ん? どうかした?」
本を閉じる音がして、すぐに側に来る。椅子を寄せて、俺の顔を覗き込んだ。
「……らせるの、せいじゃ、ないからな」
「……どうしたの、急に?」
「…ラセルのせいじゃ、ない」
「…………優しいね…アキくんは」
ラセルは穏やかに笑っている。その笑みの奥に、ほんの少しだけ影が差しているような気がした。
熱で頭がぼんやりしてるせいかもしれない。だけど、俺にはそう見えた。
……たぶん、気のせいじゃない。
ラセルは小さく目を伏せて、毛布の端を直すふりをした。
「アキくんの方が大変なのに、僕のことまで気にさせちゃって、ごめんね」
「……べつ、に…」
謝る必要なんてないのに。俺は熱で寝込んでて、世話をされる側で。
声を出すだけで喉が痛む。でも、それでも言わずにいられなかった。
「……ラセル」
名前を呼ぶと、彼はすぐに顔を上げる。
「おれは、大丈夫だから……ラセルも、あんま一人で、かかえんな、」
ぼやける意識の中、そんな言葉がぽろっと溢れた。
一瞬、彼の目が驚いたように見開かれて、すぐに細められる。
「……ほんとに、アキくんは優しいね」
その声音はどこか遠く、けれど懐かしいものを見つめているように聞こえた。
けど、俺にはそれ以上を知る余裕はなかった。熱がまた体を沈めていく。
最後に見たのは、少しだけ寂しそうに微笑むラセルの横顔だった。
*
アキくんの呼吸がゆるやかになって、ようやく眠ったと分かった。熱のせいで浅い眠りを繰り返しているらしい。額の布を替えようと手を伸ばすと、彼の小さな寝息が指先にかかって、胸がきゅうと締めつけられる。
「……僕のせいじゃ、ないって」
さっきの彼の言葉が、まだ耳に残っている。僕が水遊びに誘ったせいで、彼は熱を出して寝込んでしまった。
こんなにも苦しそうにしている彼に、僕は何もできない。
「………守ることしか、僕にはできないのに」
守ることが、僕が存在する意味で、役割なのに。
それすらできないのなら。
_______役立たず。
シリアス?
タイトルを考えるのが苦手