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『弟なんかじゃ、いたくない』

※注意※

主人公攻めです。

あの時、助けられなかった命は数えきれない。だからせめて次は、誰かを救える人間になりたいと思っていた。




目を開けたら見知らぬ森で、剣を持った獣のような生き物に追われて、死にかけた。

転生だとか、異世界だとか、そんなことを考える余裕もなくて。


そして俺は、彼に助けられた。


「目、覚めた?よかったぁ……、びっくりしたでしょ。もう大丈夫だよ」


声が、優しい。


ほんのりとした甘さを含んだ声。

視界に映ったのは、長い茶髪を蔓でゆるく結んだ青年だった。目に鮮やかな赤い瞳は驚くほど優しげで、タレ目気味の目元と相まって、どこか女の人のような柔らかさがある。けれど声はちゃんと男のものだ。


「しばらく倒れてたからね〜、まだ起き上がらなくていいよ。ほら、お水。少しずつね?」


言われるままに口にした水は、ほんのり甘い、花の香りがしていた。


「名前、教えてくれる? ……あ、言いたくなかったらいいんだよ」


「……アキ」


「アキくん、か。いい名前だね。僕はラセル。よろしくねぇ」


柔らかく微笑んだ彼は、俺の名前を何度も口の中で繰り返していた。愛しくて愛しくてたまらない、そんな感じの声だった。


その夜は森の外れの小さな小屋で過ごした。焚き火の前でラセルは、体を冷やさないようにと何度も毛布をかけなおしてくれた。


「アキくんは、この森に迷い込んじゃったのかな。見たことない服だったし」


「……まあ、そんなとこ」


「ふふ、もしかしたら、旅の途中だったのかもって思ったけど、そんな顔じゃなさそうだ」


俺が元いた世界のことを話す気にはならなかった。現実味がないし、信じてほしいとも思えなかったから。


それから数ヶ月ほど、俺はラセルの家に世話になっていた。森の奥にひっそりとあるその家は、草花と本と、香の匂いに溢れていた。


「……ラセルって、なんで俺を助けたんだ?」


ふと、聞いてみたくなった。


彼は一瞬、目を伏せて、それからゆっくりと笑った。


「ん〜……可愛かったから?」


「は?」


「冗談だよぉ。でも、本当の理由は……そうだなぁ、助けを求める声がしたから、かな」


「声?」


「うん。アキくん、すごく怖かったでしょ?誰か助けて、って」


その言葉を聞いた瞬間、張りつめていたものがほどけて、俺はラセルに抱きついていた。ほんの少し、涙が溢れた。


「……ばか、そんなの……」


「…よしよし、怖かったねぇ。大丈夫、大丈夫だよ……」


ラセルは俺を抱き締め返しながら、まるで小さな子どもをあやすみたいに優しく頭を撫でてくれた。



「……絶対俺のこと好きだろ」


そう思ったのは、その翌日だった。

朝起きたら髪をとかされて、朝食には花で飾られたパンケーキが出てきて、気付けば手を繋がれて森を歩いていた。


森の空気は柔らかく、陽の光が葉の隙間から溢れている。光の中を手を繋いだまま歩く。彼の指先は温かく、心のどこかがふわりとほどけた。


「アキくん、今日はどこか行きたい場所はある?」


ふと聞かれ、俺は少し考えた。


「うーん……特にないけど、ラセルと一緒なら、どこでもいい」


俺の曖昧な答えにも、彼は満足そうに微笑でくれた。


「そっか、それなら今日は、森の奥にある泉まで行ってみよう?とっても綺麗な場所だから、楽しみにしててね」


歩きながら、ラセルは時折俺の髪をそっと撫で、疲れていないか気遣ってくれた。彼のその優しい仕草に、胸が締め付けられるように痛んだ。


泉へ続く小道は、柔らかな苔に覆われていて、足音を吸い込むように静かだった。辺りには、まだ開花していない薄紫や水色の蕾が至る所にあり、ほんのり甘い香りが漂っていた。


「この辺りの花は、夜にだけ咲くんだよ。昼間は眠ってて、星の光で目覚めるんだ」


彼が嬉しそうに話す声が、静かな森に溶けていく。


「へぇ……幻想的だな」


こんな世界があるなんて、まだ信じられない気持ちもあったけど、彼の側にいると少しずつそれが日常になっていくのを感じていた。


やがて、小道の先に青白く輝く泉が現れた。水面はまるで鏡のように空を映し出している。


「ここだよ。ね、綺麗でしょ?」


彼は手を差し出して、俺の手を優しく握った。


「うん……本当に、すごく綺麗だ」


「泉の水はね、特別なんだ。傷を癒やす力があるって言われてて、疲れた心も洗い流してくれるんだよ」


「……へぇ」


泉の水面に映る自分の顔を見つめる。何かが少しずつ変わっていくような気がした。


「ねえ、アキくん。疲れたら、いつでもここに来ていいんだよ」


彼は柔らかく微笑んで、俺の頬にそっと手を置いた。


「…ラセル」


「なぁに?アキくん、」


名前を呼ばれた彼は、相変わらず穏やかに微笑んで、俺を見つめていた。


「俺……お前のことが、好きだ」


その言葉が、泉の静けさの中に落ちた。水音すら消えるような、静寂。


自分でも驚くほど、落ち着いた声だった。


男同士だとか、そんなことはもうどうでもよかった。この世界に来て、命を救われて、こんなにも温かく受け入れられて。心が誰かに向かうことに、理由なんていらなかった。


ラセルは目を見開き、少しの間だけ、何も言わなかった。


そしてふっと、微笑んだ。


「……ありがとう、アキくん。うれしいなぁ、そう言ってもらえるのって」


その言い方で、わかってしまった。


「でもね、僕にとってアキくんは……そうだなぁ、可愛い弟みたいな存在なんだ」


ラセルの声には、どこまでも嘘がなかった。優しくて、真っ直ぐで、どこか寂しささえ滲んでいるようで。


「……」


言葉に、詰まった。


「もちろん、大切だよ?すっごく。誰よりも大切で、守りたいって思ってる。でも、それって……恋とはちょっと違うんだ」


「……そっか」


「うん……ごめんね、こんな風にしか返せなくて。でも、アキくんが気持ちを伝えてくれたこと、本当に嬉しかったよ」


視線を落とすと、泉の水面に揺れる自分の顔が映っていた。

少しだけ泣きそうな、自分の目。


だけどその隣には、変わらず微笑むラセルの姿もある。


「……バカみたいだな、俺」


「そんなことないよ。アキくんは、まっすぐで、素敵な子だよ」


そっと、ラセルが俺の頭を撫でてくれた。あの日と同じように、優しく、丁寧に。胸の奥が、じわりと熱くなった。


帰り道、ラセルはいつも通り話しかけてくれた。


森の中で見つけた花のこと。

夜には星がよく見えること。

この世界には、いろんな不思議があること。


その一つ一つに相づちを打ちながら、俺はただ、その声を聞いていた。


横顔を見つめることは、できなかった。でも、手はまだ、繋がれていた。


「ラセル」


帰り道の途中、ふと名前を呼ぶと、彼は俺の方を向いて、またいつものように笑った。


「なぁに?」


「俺、もうちょっとだけ、ここにいていい?」


「うん。好きなだけいていいんだよ」


ラセルは、何も変わらない優しさでそう言ってくれた。やっぱり俺はこの人のことが、好きだ。そしてきっと、それはこれからも変わらない。


俺は、ラセルを振り向かせてみせる。


"弟"なんて言葉で諦められるほど、軽い気持ちじゃない。この想いは、俺の全部だ。


たとえ何年かかったって、

何度フラれたって、

それでも俺は、あんたの隣を諦めない。諦めたくない。


 


……だから今は、もう少しだけこの手を離さずにいてもいいだろ?

性癖に走りました。

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