【側近・高橋 〜ギャル林火山伝〜】
天文の頃。
甲斐の山々は、まだ戦国の霧に包まれていた。
武田信玄。
後に“甲斐の虎”と恐れられる男。
冷静沈着。
用兵無双。
怒れば家臣すら震え上がる名将。
――だが。
娘には甘かった。
「ねぇパパ〜!」
朝の軍議。
重臣たちが地図を囲む中、場違いな声が響く。
桃色の打掛。
金糸の髪紐。
爪には桜色の塗料。
娘――イチゴ。
後に“風林火ギャル”と呼ばれる存在である。
「“風林火山”ってさ〜、なんか漢字つよつよ過ぎて近寄りがたくね?」
山県昌景が固まる。
馬場信春が目を閉じる。
高坂昌信は静かに天を仰いだ。
信玄だけが真剣に頷く。
「……確かに、若者受けは弱いかもしれぬ」
「でしょ!?」
イチゴは嬉しそうに立ち上がる。
「うちなら“映・速・烈・盛”にする〜!」
「高橋」
「はい……」
「なんとか意味を繋げろ」
「ブフォォォォッ!!!」
高橋、吐血。
「“速きこと流行の如く”とか訳せと!? 孫子が泣きますぞ!!!」
◆
数ヶ月後。
甲斐軍には奇妙な文化が広がっていた。
出陣前。
兵たちが槍を掲げ、
妙な掛け声と共に陣形を取る。
「映ッ!!」
「速ッ!!」
「烈ッ!!」
「盛ッッ!!!」
高橋は遠い目をした。
「何故戦国最強騎馬軍団がダンス練習しているのだ……」
だが。
士気は異常に高かった。
若い兵は笑い、
農民兵ですら進んで集まる。
信玄は腕を組み、静かに言う。
「兵とは、恐怖だけでは動かぬ」
その横でイチゴは叫ぶ。
「甲斐軍マジ映え〜☆」
高橋は血を吐いた。
◆
やがて。
信玄は信濃侵攻を始める。
山。
谷。
霧。
過酷な地形。
だがイチゴは不満そうだった。
「え〜、山ばっかじゃん」
「戦とはそういうものじゃ」
「もっとエモい撮影スポットとかないの〜?」
高橋は頭を抱えた。
だが、その時。
閃いた。
「……ならば」
数日後。
敵方の国衆へ、一通の書状が届く。
“武田信玄公、信濃絶景巡りにて御来訪”
“記念撮影歓迎”
“協力者には交流特典あり”
結果。
一部の城が、本当に開門した。
「ようこそ武田殿!」
「撮影はこちらです!」
高橋は血を吐きながら崩れ落ちた。
「外交としては成功なのが腹立つゥゥゥ!!!」
信玄は静かに頷く。
「戦わずして従わせる。兵法の理よ」
イチゴはピースしていた。
「平和的バズって感じ〜☆」
◆
だが。
甲斐の虎には、避けられぬ宿敵がいた。
上杉謙信。
越後の龍。
川中島。
五度に渡る激突。
血と泥に塗れた戦場で、
武田と上杉は何度も刃を交えた。
そして第四次川中島。
霧を裂き、
一騎の武者が本陣へ突撃する。
上杉謙信。
太刀が振り下ろされる。
信玄は軍配で受ける。
歴史に残る一騎討ち。
――のはずだった。
「待って待って!!!」
戦場の隅でイチゴが叫ぶ。
「謙信、その角度盛れてない!!!」
全員が止まった。
「もっと斜め!! 光入れて!!」
高橋は死ぬ気で軍配を支えた。
「今それどころじゃありません!!!」
だが。
その瞬間。
信玄と謙信は、ほんの少し笑っていた。
戦場でしか分かり合えぬ者同士の、
奇妙な共感だった。
◆
年月が流れる。
信玄は老いた。
咳が増えた。
夜半、血を吐くこともあった。
だが誰にも見せなかった。
徳川。
織田。
天下は大きく動いていた。
「……そろそろ、上洛する」
信玄は静かに言う。
「今川も、織田も、飲み込む」
だがイチゴは少し寂しそうだった。
「え〜、京都とかもう流行り終わってない?」
信玄は笑った。
「流行ではない」
風が吹く。
「天下を取るのじゃ」
その目は、まだ死んでいなかった。
◆
三方ヶ原。
武田軍は徳川軍を叩き潰した。
家康は敗走。
天下すら見える勝利だった。
だが。
その帰路。
信玄は馬上で咳き込む。
血が落ちる。
高橋の顔色が変わった。
「殿……!」
イチゴも気づく。
「……え?」
信玄は静かに笑った。
もう、戦場の鬼ではなかった。
ただ。
少し疲れた父親だった。
「イチゴ」
「……なに」
「盛れることと、勝てることは違う」
風が吹く。
「だが」
信玄は目を細めた。
「お前の“盛り”が、兵を笑わせたのも事実じゃ」
イチゴの目から涙が落ちた。
「パパ……」
高橋は血を吐きながら俯いた。
「フゴ……」
「最後まで、人を動かすことを考えていた……」
◆
元亀四年。
武田信玄、死去。
その死は三年間隠された。
軍は動き続ける。
家臣たちは支え続ける。
だが。
甲斐の虎なき武田家は、
少しずつ崩れていった。
そして天正十年。
武田家滅亡。
◆
焼け落ちた城の跡で。
イチゴは、静かに空を見ていた。
もう、桃色の装飾は少ない。
髪も昔ほど派手ではない。
「……うちさ」
高橋が隣に立つ。
「パパみたいには、なれなかったわ」
風が吹く。
「バズるだけじゃ、国は守れへんかった」
高橋は黙っていた。
イチゴは涙を拭く。
「でも」
少しだけ笑う。
「戦のあとに残る“平和”を盛り上げるギャルには、なれる気がする」
高橋は静かに頷いた。
◆
後年。
各地には、一冊の奇書が残された。
『ギャル林火山集』
全四十八ポーズ。
兵の士気向上法。
戦陣映え角度。
あと妙に完成度の高い化粧指南。
その序文には、こう記されていた。
“人は、勝つだけでは前を向けない”
“笑って進める何かが、きっと必要なのだ”
◆
晩年の高橋は語る。
「信玄公は……最後まで、“動かざることギャルの如し”でした」
弟子が困惑する。
「どういう意味ですかそれは」
高橋は遠い目をした。
「わたしにも分かりません」
そして。
静かに血を吐いた。
「……ちなみに胃は完全に崩壊しました」
甲斐の空に、
今日も風が吹いていた。




