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側近タカハシ  作者: こんてな
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【側近・高橋 〜ギャル林火山伝〜】



天文の頃。


甲斐の山々は、まだ戦国の霧に包まれていた。


武田信玄。


後に“甲斐の虎”と恐れられる男。


冷静沈着。


用兵無双。


怒れば家臣すら震え上がる名将。


――だが。


娘には甘かった。


「ねぇパパ〜!」


朝の軍議。


重臣たちが地図を囲む中、場違いな声が響く。


桃色の打掛。


金糸の髪紐。


爪には桜色の塗料。


娘――イチゴ。


後に“風林火ギャル”と呼ばれる存在である。


「“風林火山”ってさ〜、なんか漢字つよつよ過ぎて近寄りがたくね?」


山県昌景が固まる。


馬場信春が目を閉じる。


高坂昌信は静かに天を仰いだ。


信玄だけが真剣に頷く。


「……確かに、若者受けは弱いかもしれぬ」


「でしょ!?」


イチゴは嬉しそうに立ち上がる。


「うちなら“映・速・烈・盛”にする〜!」


「高橋」


「はい……」


「なんとか意味を繋げろ」


「ブフォォォォッ!!!」


高橋、吐血。


「“速きこと流行の如く”とか訳せと!? 孫子が泣きますぞ!!!」



数ヶ月後。


甲斐軍には奇妙な文化が広がっていた。


出陣前。


兵たちが槍を掲げ、


妙な掛け声と共に陣形を取る。


「映ッ!!」


「速ッ!!」


「烈ッ!!」


「盛ッッ!!!」


高橋は遠い目をした。


「何故戦国最強騎馬軍団がダンス練習しているのだ……」


だが。


士気は異常に高かった。


若い兵は笑い、


農民兵ですら進んで集まる。


信玄は腕を組み、静かに言う。


「兵とは、恐怖だけでは動かぬ」


その横でイチゴは叫ぶ。


「甲斐軍マジ映え〜☆」


高橋は血を吐いた。



やがて。


信玄は信濃侵攻を始める。


山。


谷。


霧。


過酷な地形。


だがイチゴは不満そうだった。


「え〜、山ばっかじゃん」


「戦とはそういうものじゃ」


「もっとエモい撮影スポットとかないの〜?」


高橋は頭を抱えた。


だが、その時。


閃いた。


「……ならば」


数日後。


敵方の国衆へ、一通の書状が届く。


“武田信玄公、信濃絶景巡りにて御来訪”


“記念撮影歓迎”


“協力者には交流特典あり”


結果。


一部の城が、本当に開門した。


「ようこそ武田殿!」


「撮影はこちらです!」


高橋は血を吐きながら崩れ落ちた。


「外交としては成功なのが腹立つゥゥゥ!!!」


信玄は静かに頷く。


「戦わずして従わせる。兵法の理よ」


イチゴはピースしていた。


「平和的バズって感じ〜☆」



だが。


甲斐の虎には、避けられぬ宿敵がいた。


上杉謙信。


越後の龍。


川中島。


五度に渡る激突。


血と泥に塗れた戦場で、


武田と上杉は何度も刃を交えた。


そして第四次川中島。


霧を裂き、


一騎の武者が本陣へ突撃する。


上杉謙信。


太刀が振り下ろされる。


信玄は軍配で受ける。


歴史に残る一騎討ち。


――のはずだった。


「待って待って!!!」


戦場の隅でイチゴが叫ぶ。


「謙信、その角度盛れてない!!!」


全員が止まった。


「もっと斜め!! 光入れて!!」


高橋は死ぬ気で軍配を支えた。


「今それどころじゃありません!!!」


だが。


その瞬間。


信玄と謙信は、ほんの少し笑っていた。


戦場でしか分かり合えぬ者同士の、


奇妙な共感だった。



年月が流れる。


信玄は老いた。


咳が増えた。


夜半、血を吐くこともあった。


だが誰にも見せなかった。


徳川。


織田。


天下は大きく動いていた。


「……そろそろ、上洛する」


信玄は静かに言う。


「今川も、織田も、飲み込む」


だがイチゴは少し寂しそうだった。


「え〜、京都とかもう流行り終わってない?」


信玄は笑った。


「流行ではない」


風が吹く。


「天下を取るのじゃ」


その目は、まだ死んでいなかった。



三方ヶ原。


武田軍は徳川軍を叩き潰した。


家康は敗走。


天下すら見える勝利だった。


だが。


その帰路。


信玄は馬上で咳き込む。


血が落ちる。


高橋の顔色が変わった。


「殿……!」


イチゴも気づく。


「……え?」


信玄は静かに笑った。


もう、戦場の鬼ではなかった。


ただ。


少し疲れた父親だった。


「イチゴ」


「……なに」


「盛れることと、勝てることは違う」


風が吹く。


「だが」


信玄は目を細めた。


「お前の“盛り”が、兵を笑わせたのも事実じゃ」


イチゴの目から涙が落ちた。


「パパ……」


高橋は血を吐きながら俯いた。


「フゴ……」


「最後まで、人を動かすことを考えていた……」



元亀四年。


武田信玄、死去。


その死は三年間隠された。


軍は動き続ける。


家臣たちは支え続ける。


だが。


甲斐の虎なき武田家は、


少しずつ崩れていった。


そして天正十年。


武田家滅亡。



焼け落ちた城の跡で。


イチゴは、静かに空を見ていた。


もう、桃色の装飾は少ない。


髪も昔ほど派手ではない。


「……うちさ」


高橋が隣に立つ。


「パパみたいには、なれなかったわ」


風が吹く。


「バズるだけじゃ、国は守れへんかった」


高橋は黙っていた。


イチゴは涙を拭く。


「でも」


少しだけ笑う。


「戦のあとに残る“平和”を盛り上げるギャルには、なれる気がする」


高橋は静かに頷いた。



後年。


各地には、一冊の奇書が残された。


『ギャル林火山集』


全四十八ポーズ。


兵の士気向上法。


戦陣映え角度。


あと妙に完成度の高い化粧指南。


その序文には、こう記されていた。


“人は、勝つだけでは前を向けない”


“笑って進める何かが、きっと必要なのだ”



晩年の高橋は語る。


「信玄公は……最後まで、“動かざることギャルの如し”でした」


弟子が困惑する。


「どういう意味ですかそれは」


高橋は遠い目をした。


「わたしにも分かりません」


そして。


静かに血を吐いた。


「……ちなみに胃は完全に崩壊しました」


甲斐の空に、


今日も風が吹いていた。


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