1.世渡りはじめます
窓から日が差し込み、部屋の中が照らされている。
部屋の外、遠くから歩く音が聞こえ始め、使用人たちが世話しなく動いているようだ。
この部屋に向かってくる足音が一つ。
ベッドの上で寝ていたクガロは、ぼんやりとした頭を抱えながら上半身を起こし、支度をしなければと軽く深呼吸をした。
すると同時にノックが部屋の中に鳴り響く。
どうやら足音は、この部屋の前に辿りついたようだ。
「失礼いたします。
起きられていますでしょうか。」
「丁度起きた。」
クガロはその場でボソッとつぶやくと、ドアが開いた。
部下であり側使えのレドラは、部屋の前で一礼し、クガロの朝支度をサポートするために、ワゴンを引きながら部屋の中に入ってきた。
「左様でございますか。
本日は大事な門出、きちんと眠れましたか。」
「今日から始まるとを思うと眠れなくてな。
ただ、ずっと待ち望んでいたこの日を迎えられて嬉しいよ。」
クガロは、ベッドから抜け出してワゴンに用意された水桶で顔を洗い、タオルで水滴を拭った。
レドラから本日着る服を受取り、外に出る準備を始める。
「やっとこの日を迎えられたと、私も嬉しい限りでございます。
普段であればクロム様も起きられる時間だと思うのですが、すでに部屋を出られたのでしょうか。」
ドラゴンのクロムは、普段であればクガロの準備が終わるまでお気に入りの椅子に座り、待つのが定番だ。
ただ、クガロが部屋のどこを見渡しても、その存在が確認できないことに気づいた。
「...クロムはすでに部屋を出ていったようだね。
最後に城を見て回ると言っていたから後ほど合流するだろう。」
「承知いたしました。」
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「とうとう出立か...。」
現在は城の前。キョロキョロとあたりを見渡しても、クガロの城以外は何もない。
ただ青空が広がっているだけだ。
クガロは外装を羽織り少しの荷物をバッグに詰め、旅支度を終えていた。
あとは足を踏み出すのみだが、まだクロムが来ていない。
クロムと合流するまでの間、クガロは自分の城を見上げ、この世に生まれてからのことを振り返った。
この城は、クガロのためだけに建てられた城だ。
レドラ含め使用人も複数名いるが、主人はクガロ。
一人のために建てられたにしては、大きい造りをしている。
クガロはこの大きな城の中で、穢れを知らないよう、大切に大切に育てられてきた。
何故なら、クガロは、生まれながらにしてこの世を統べる百一の神の一人である。
幼い神を危険にさらさないよう、空に浮かぶ城の中で時が来るまで育てられる。
ただ、ずっと城の中にいては、正しい知識もなく力を正しく扱えない未熟な神になってしまう。
一人前の神になるためには、この世を知らなければならない。
どんな生命がいるのか、危険はあるのか、感情とは何か。
それらを学んだうえで、神がどんな世の中にしたいのかを己で導き出す必要がある。
そのために、神は生まれてから百年後、自らの片割れであるドラゴンとこの世を旅をして様々なことを学ぶ必要がある。
たしかに、城内の本に知識として記載されていることもある。
ただ、実際に見て経験し、神自身がどのように感じ、この世を導きたいのかが大切なのだ。
それは、何年、何十年、何百年かかるかわからないが、未熟な神が一人前と認めるまで行われる。
なんといおうと、これは神の決まりである。
そんな神の決まりを思い出し、物思いにふけっていると、小さな塊がクガロの顔に飛びついてきた。
「クガロ!城を見て回ってきたゾ!いつもと変わらなかった!」
「...わっ!急に飛びつかれるとびっくりするだろう。危ないからやめてくれ。」
クガロは頭から小さな塊と評したドラゴン、クロムを顔からはなし、抱き上げる。
己の半身から顔を抱きしめられることは問題ないが、急に飛びつかれるとびっくりしてしまう。
言い方が厳しくならないよう気を付け、クガロは優しく注意した。
「はははっ!ごめんな。
今日から試練が始まるな、ずっと楽しみにしてた!」
クガロからの注意があまり響いていないのか、クロムは笑いながら答える。
クロムの笑いを見ると、先ほどあったことなんかどうでもよくなってしまう。
「ああ、そうだね。俺も楽しみだった。
じゃあ、行こうか。」
クロムもそろったので、旅立つ準備は万端だ。
先ほど物思いにふけっていた時間が長かったからか、あたりは夕焼けになっていた。
「クガロ様、クロム様、行ってらっしゃいませ。」
レドロをはじめとした使用人たちもいつの間に来たのか、主人の出立を見送ろうと口々に見送りの挨拶を行う。
「みんな、ありがとう。
また戻ってくるから、それまで留守を頼むよ。」
「頼んだゾ。」
使用人たちを背にして、二人は歩き出す。少し歩けば、その地の先端が見えてきた。
城は、幼い神を守るために空に浮いている。この世に行くためには、この地から降りる必要がある。
「クロム、準備はいいかい。」
「もちろんだゾ。いつでもいい準備万端だ。」
そういうと、レガロはクロムを抱きしめたまま、地面の端を蹴って飛び降りた。
ずっと城の中にいたレガロとクロムは、地面の端から下を覗き込んだこともない。
どんなことが待っているかわからないが、何が起こっても二人なら大丈夫だという自信があった。
そんな気持ちで飛び降りた二人が一番初めに見た景色は、大きな水の塊。
「あ...これが海だ...。」
知識として知っていたものの、二人が本物を見ることは初めてだった。
「すごいな、でっかい水たまりだ!」
レガロもクロムも目をキラキラさせて、海を見つめている。
海とはしょっぱい水で、生命がたくさんいるという。
はじめてみる景色感動しつつ、ただ、このままだと海に落ちてしまうことは明らかだ。
「クガロ!このままだと海に落ちるから、俺に乗れ。」
クロムがそういうと、クガロが抱きしめていた手を解いた。
すると、クロムの体が光りはじめ、これまではクガロの腕の中ですっぽりハマる大きさだったが、クガロの背丈より二回りほど大きくなった。
クガロは、クロムの背に乗った。
すると、クロムは羽を大きく広げ、自由に空を駆け回る。
「ずっと空を自由に飛んで見たかったんだ!今日は本当に最高だ!!!」
「俺もこんな景色を一緒に見ることができて嬉しいよ。
今後、長い旅になるけどよろしくね。」




