(12)
「でさぁ、この前観た映画で、しょ〜もないけど笑えるシーンが有ってな……」
「映画のネタバレを嬉しそうに話すの、やめた方がいいと思うよ」
喫茶店の近くの席では、謎の糞チビレズ女と、その連れが、そんな事を話している。
しかし、何でだよ?
この2人、何で、こんなクソ高い喫茶店に入りやがった?
「それがなぁ、凄腕のスパイの主人公がズブの素人に尾行されてさ……『お前の尾行に気付いてるぞ』って、それとなく伝える為に、相手を撒いた上で背後に回り込んで『これ落されませんでしたか?』とかやったり、喫茶店で『あの人と同じのを』とか注文しても、尾行してる奴が馬鹿だから、何も気付かないんだよ」
「それ、何て映画?」
「ええっと……たしか……あ、ちょっと待って、あの〜」
その時、謎の糞チビレズ女が、店員を呼ぶ。
「はい、ただ今」
「追加注文いいですか?」
「はい、どうぞ」
「あそこの席のお客さんと同じのを」
……えっ?
そう言って指差してる相手は……。
……。
…………。
……………………。
俺かよッ⁉
「あれ? 瀾ってさぁ、紅茶党だったよね?『コーヒーには失恋の苦い思い出が有るんだ』とか、親父ギャグみたいな事言ってなかったっけ?」
「そうだけど、どうした?」
「いつからコーヒー飲むようになったんだよ?」
「いや、今でもコーヒー嫌いだよ」
思わず、飲んでたコーヒーを口から吹き出しかける。
「あの……」
その時、謎の糞チビレズ女が何故か俺に話しかける。
連れと話してる時の口調とは全然違う……妙に真面目くさい口調と表情で……。
「さっき、これ、落されませんでしたか?」
「えっ?」
謎の糞チビレズ女の手には……小さめの鍵。
しかも……見覚えが有る……。
ズボンのポケットを探る。
無い。
慌てて、ズボンのポケットの中のモノを、全部、テーブルの上に出して……確認。
やっぱり無い。
念の為……上着のポケットも……やっぱり無い……。
謎の糞チビレズ女の手に有るのは……俺の自転車の鍵だった。