(10)
「仕方ないな。あたしが送ってくから、今日は帰って」
2人のマネージャーらしいデブの女が、1階まで下りてきて、そう言い出した。
「すいません……じゃあ……小倉駅まで……」
気の弱そうな大学院生が、そう言った。
「小倉駅? 門司駅じゃ駄目?」
「すいません、小倉からの電車の方が多いんで」
「どこまで帰る気?」
「博多方面なので……」
「ああ……そう……。君達は?」
「あ……あの……自転車で……」
「自転車1台ぐらいなら積める。あ、山口さんさ、この高校生、どっちか片方、軽トラで送ってもらえる?」
「は……はい……。じゃあ、ちょっと着替えてきます」
そう言って、ガタイのいいスキンヘッドは自分の部屋に入って行った。
「じゃ、あたし、車取って来る」
デブの女が、そう言って、どっかに行って数分後……。
ああ……たしかに……自転車1台ぐらいなら、積める……そんな感じの黒塗りのSUVがやって来た。
「じゃ、自転車は、後ろに積んで。誰か、自転車、積むの手伝ってあげて」
「は〜い」
「は〜い」
アパートから出て来た男の残り2人が、そう返事。
とりあえず、俺と大学院生は、そのSUVに乗り込み……。
「家、どこ?」
「え……えっと……その……」
あれ?
何だ?
何で、俺が住所を告げた途端に、この大学院生、「あ、マズい」って表情になったんだ?
「あのさ……君、あの2人が『魔法少女』だって、知ってるんだよね?」
デブの女は、車を運転しながら、そう訊いてきた。
「は……はい……」
「『魔法少女』ってのが、あくまで、芸能興業だってのも知ってるよね?」
「え……え……ええ……」
「あのさ……ウチは違うよ。あくまで、同業他社さんの話だけど……気を付けてね」
「な……何を……ですか?」
「芸能興業って昔からヤクザとの関係が有ったりするから」
「えっ?」
えっ?
えっ? えっ? えっ? えっ?
えええええッ?
「『魔法少女』のファンが、『魔法少女』の自宅を突き止めて、そこまで押し掛けたりしたら……あくまで他社さんの話で、ウチは違うけど、一歩間違ったら命に関わるよ」
あ……あ……そ……そんな……まさか……。
そして、横に居た大学院生が……携帯電話を見せる。
画面にはメモ帳アプリが表示されてて……。
『何で、自分の家の住所教えたの? 絶対にマズいよ』
いや……今さら、言われても。
「あ、そうだ……杏ちゃんが、彼女のお父さんの消息を知ってたら、僕の方に報せてもらえませんか? えっと、大学のメアドの方に……」
大学院生は、そんな事をデブ女に言った。う……こいつ、結構、芝居が巧いのかも……。
「杏じゃなくて、あの子のお父さん? どう云う事?」
「あの……僕の父が癌で……持ってあと1〜2年みたいで……その……弟が……って、杏ちゃんの父親なんですけど、もし生きてたら会いたがってるんです。……若い頃に、酷い兄弟喧嘩して、それ以来、音信不通になったんで、死ぬ前に謝りたいって」
おい、結構、ヘビーな理由が有ったのかよ。