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2.人間に出会った

 ポワポワと脳裏に浮かぶ小動物たちを振り払っていると、キュウと妙な音がした。


「? ……もしかして、お前の腹の音か?」

「えぇと、うん……そうです……」


 キュウウ―――


 更に追い打ちをかけるかのように更に鳴る腹の音。ヒューレは顔を真っ赤にしながら腹を押さえている。なぜか、その状態が酷く面白く見え、腹の奥から笑いが込み上げてきた。

 堪えようとするが、さらに追い打ちを掛けるように再び腹がなる。


「……ぷっ、あっはははははは!! 腹の虫が早く飯をよこせとご所望か!!」

「っ笑わないでください。じゃあ、ラノスさんはどうなんですか!?」


 真っ赤な顔のまま睨んでくるが、全く怖くない。しばらく笑い転げていたが、このままいくとヒューレの周囲の気配が徐々に重くなっていくのを感じ、必死に抑える。


「――ふっ、ははっ……ふぅ。ラノスでいい。私もヒューレと呼ぶ。……ふっ」

「…………わかりました、ラノス」

「そんなに拗ねなくとも――」

「拗ねていません!」

「あーはいはい」


 ぷいっとそっぽを向いたヒューレを視界の端に収め苦笑する。

 少し周囲を見回せば、丁度よいところに果実がなっているのを見つけた。茂みの中に紛れるようになっているそれらを魔法で出した水で洗い、ハンカチに包んでからヒューレに渡す。


「ほら。一旦これで我慢してくれ」

「……なんです、か……ありがとうございます……」


 前世と今世、植物の名やその特性はほとんど同じである。おかげで前世の知識だけである程度は食用か否かが判断できる。

 今のはベリーの仲間だ。


「野生のものだから少し酸味が強いかもしれないが、多少は腹の虫が抑えられるだろう」

「……むぅ」


 ジト目でこちらを睨みながらもぐもぐとベリーを頬張るヒューレにそっと背中を向けた。

 …………思ってなどない。頬の膨れがまるで栗鼠(りす)のように見えるなど。


「……らほふ(ラノス)? んぐ。何か、失礼なことを考えませんでしたか?」

「いや何も?」


 鋭いな。なぜわかる。顔も見ていないというのに。

 ここはさらりと濁すに限る。というわけで、強引に話題を戻した。


「それよりも、ここから少し行った先に川がある。そこで魚でも獲らないか? 肉が良いなら狩りでもいいが」

「……いえ、魚を食べたいです」

「なら、ついてきてくれ」



 しばらく鬱蒼と茂った木々の間を歩いていると、急に木々が途切れ、透き通った水が流れる川に出た。水面が陽光を反射してきらめいている。


「今獲るから、そこで待っていてくれ」

「え? 何でサンダルを脱いで……ちょ、まさか素手で獲るつもりですか!?」

「? そのまさかだが」

「普通釣り竿とか使いません!?」

「それだと時間が掛かるだろう。こっちのほうが早い」

「ええぇ……」


 ローブとサンダルを近くの岩の上に置き、ザバザバと腰下まで水の中へ入った。今の季節は春。少々冷たいが、問題ない。

 腕から先だけを獣のそれに変化させ、顔を水の中に突っ込む。キラリと魚の鱗が光った方に腕を振るえば、魚が川の外へ飛び出した。



 5匹ほど獲り、またザバザバと水をかき分けながら陸へと戻ると、ヒューレが信じられないものを見るような目でこちらを見ていた。


「……何だ」

「…………いえ。獣人って、そんなふうにして魚を獲るのだなと、思いまして。感心していました」

「……言いたいことがあるならハッキリ言え。遠回しに言われるのは好かない」

「……怒りませんか?」

「なぜ怒る必要がある」

「なら、怒らないでくださいね」


 こちらを見据えたヒューレがすぅと息を吸う。


「熊かと思いました。狼とかではなくて」


 くま。熊? (・(ェ)・)?


 言われたことが理解できず、いや理解し難くフリーズする。しっかり数秒経ってから、鈍く動き出した頭で短く疑問の言葉を返した。


「…………なぜ?」

「一定時間で跳ね上げられていく魚。まるで昔見た熊の漁のように見えました」

「…………」


 間違ってはいない。この獲り方は熊の獣人に教えてもらったものだから。しかし、そこまで似ていたのか……?

 やや遠い目をしていると、ヒューレの視線がまだこちらに向いていることに気づく。


「まだあるなら、さっさと言え」

「……………………揺れる尻尾に、凄く触りたかったです!」

「………?????」


 たっぷり時間を置いて言われた言葉が理解できず固まる。

 尻尾? なぜ? ……そういえば、最初に会ったときから視線が耳や尻尾に行っていた。もしや。


「もふもふが好きなのか?」

「それはもう、大好きです!」

「ぅぉ」


 びっ……くりした……

 思わず仰け反る。しかもさらに距離を詰め寄り、もふもふについて語るヒューレに押され、じわじわと川際に追い詰められた。

 どうしようか、思ったが、はたと今手を部分変化させていることを思い出した。一応獣の腕だから、水を飛ばせばもふもふなはず。

 迷っている暇はない。即座に魔法で乾かした腕をぽむとヒューレの顔に押し当てた。


「……………………」

「お、おい?」

「…………もふもふだぁ!!」


 思いの外強い力で腕を抱き込まれ、体勢を崩しかける。ちなみに、今の私の腕。みんな大好き肉球付きである。

 ぷにぷにと肉球を揉まれ、頬ずりされる。


 ……こんなふうに触るのは偏見があまりない子どもくらいだ。それでもここまで熱心に触られることはないが。


 両腕が使えず、その場から動くこともできず。このままだとせっかく獲った魚が川に帰りそうだったので、魔法で浮かし、しめて、下処理を施した。ついでに塩も振る。ちょうどよい串がなかったので、〈異空間収納〉から出した竹串に刺しながら、少し離れたところに焚き火を作り火をつけた。その周りに魚を刺せば、完成だ。

 その間ヒューレは一度も私の腕を離さなかった。というか、恐らく私が遠隔で作業していたことに気付いていなかった。視線は腕に固定されており、もふもふを享受することに全精神を集中させていたのだろう。


 しばらくはヒューレの好きにさせていたが、魚がいい感じに焼けてきたところで、声をかけた。これ以上待つと焼き魚が黒焦げになりかねない。


「……おい」

「ふふふふふ」

「おい!」

「ふふふ―――ハッ、すみません!!」


 少々我を見失っていた様子のヒューレだったが、強めに揺すると視線が合った。ようやくもふもふの世界から意識が戻ってきたようだ。


「すみません……ご迷惑をおかけしました……」

「まあ、驚いたが、問題ない」

「本当にすみません……」

「謝罪は一回でいい。それより、そろそろ魚が焼ける」

「えっ?」


 焚き火の近くに移動し、良さげな魚を差し出した。多分前世の鮎に近い種類だと思う。見た目が似ている。


「ここにあるのは全て食べていい。足りなければ追加を獲って焼くが」

「いえ、十分です!! その、ありがとうございます」

「ほら。よく焼けてるぞ」

「え、この魚って……」

「ん? 何か駄目だったか?」

「これ、高級魚じゃ……」

「? 何だそれ」


 人間の間で(たぶん)鮎は高級魚扱いなのか?


「川に行ったらよくいるだろう」

「……ええと、その。この魚って、水が綺麗な川にしかいないから」

「あー」


 なんとも言えない返事をし、空を見上げた。


 人間たちの生活圏では、生活排水などはそのまま直で川に流している。洗剤、排泄物、その他諸々。それらを何の処理もせず流していれば、川は汚くなるだろう。


「……そうか。人間の生活圏だと清流は珍しいのか」

「うん。僕が見る川って凄く濁ってたり、見た目は綺麗だけど臭かったりして。本当に綺麗な川って無いんだ」



 ……見た目は透き通っているが、臭い川。想像して、ぞわりと肌が粟立った。

 五感が人間よりも優れている獣人にとって最悪な川だ。

 たま〜に用があって人間たちが住む川辺によることもあるが、そのたびに鼻が曲がりそうな悪臭に悶えていた。同行していたカウリオやオニュクは『臭い。鼻がもげそう。死ぬ』とブツブツ呟きながら鼻をつまみ、風の障壁で匂いを遮断していた。

 ちなみに私は最初から全力で嗅覚を消していた。

 アレは獣人の鼻を壊しに来ている。もはや兵器と言っても過言ではないだろう。



「……それは最悪だ」

「うん。僕もうっかり見た目綺麗だけど臭い川に飛び込んじゃって、しばらくは鼻がきかなかったよ」


 ……なにゆえ川に飛び込む必要が?


 少し気になるが、突っ込んでいては魚が焦げる。無視(スルー)しよう。


「……なら、珍しい清流の魚を存分に味わってくれ」

「うん。有り難くいただきます」


 ぱくりと魚にかぶりついたヒューレの動きがピタッと止まりそのまま動かなくなった。

 ……もしや口に合わなかったのだろうか?


「……おい、どうし―――」

「――しい」

「え?」

「美味しい!! しっかり火が通ってるのに、ふわふわな身と、パリパリの皮! かけられた塩がこれまたいいアクセントだ!!」

「…………」


 一息で食レポをした後、猛烈に食べ進め始めた。どんどん消えていく魚の身と、増えていく骨。

 どこか気品を感じるような、丁寧な食べ方なのに、消えるスピードは物凄く早い。


「あー、うん。喜んでもらえたのなら、よかった……」







「そういや。お前、どうしてこんなところにいたんだ?」


 ふと気になったことを尋ねると、ヒューレはあーと唸りながら視線を上にずらした。

 この森はかなり広く、凶暴な生物も多いため、基本的に冒険者以外は寄り付かない。本来、ヒューレのような人間が来るような場所ではなく、冒険者でなければ自殺願望者くらいだ。


「ちょっと、欲しい素材があって……それが取れるやつが丁度この森で見かけたって聞いて」

「……何ていうやつだ?」

「えと――」


 ――――グオォォォオッ!!


「っ!?」

「……これはまた。面倒な……」


 突如あがった咆哮にヒューレが飛び上がる。私はというと、思い切り眉間にシワを寄せた。


 ――亜竜(ワイバーン)(ドラゴン)の亜種であり、野生の亜竜(ワイバーン)の凶暴さは魔物の中でもかなり高い。よほどの実力者でなければ回れ右で逃走することをオススメする。冗談抜きで、肉塊になりかねない。というか、一回私自身がなりかけた。もう二度とあんな体験は御免だ。

 そんな事を考えていると、ふと隣がソワソワと落ち着きなさげにしていることに気づいた。あちこちに視線が彷徨い、口を開いては何も言わずに閉じる。


「…………まさか。探してる素材が採れる魔物って……」

「えと、ハイ……亜竜(ワイバーン)、です……」


 …………なんてこった。そう言いたい。


 たしかに亜竜(ワイバーン)からは高価かつ上等な素材が採れるだろう。だがしかし。そんな物を使って一体何をするつもりだ? 過去にはオークションにかけられた亜竜(ワイバーン)の鱗1枚が高位貴族の屋敷ほどの値段で落札された事例もあることもあるほど、ソレは価値が高い。

 それに亜竜(ワイバーン)は馬鹿みたいに強い。幼体の状態でも牛ほどあり、成体になれば2階建ての建物以上にデカくなる。巨体であるがゆえにダメージを受けてもケロッとしているし、その鱗は鉄より硬く、牙や爪は岩を果物か何かのようにスライスできる鋭さを持つ。〈冒険者ギルド〉でBランク以上(ランクはS〜Fまである)の冒険者4人がパーティを組んでやっと倒せる強敵だ。


「非戦闘員がくるには危険すぎるだろう……なぜそこまでして……」


 その無謀さに呆れを隠せない。

 ちょっと獣人()が力を入れればすぐに折れそうな体に視線をやり、溜息を吐いた。


 別にヒューレを助ける訳では無いが、亜竜(ワイバーン)は今ここで討伐しておくべきだろう。どこから来たのかは知らないが、元々は別のところに住んでいたのは確定だ。自然界で絶妙なバランスで成り立っていた生態系に、たった1体の異分子が入り込むだけでそれらはあっけなく崩壊する。

 獣たちの味方として、それを見逃すわけにはいかない。


 ガアァァァア! と咆哮を上げ、亜竜(ワイバーン)は背にある巨大な皮膜の付いた翼を動かし、風を巻き上げながらその巨体を浮かせた。まだかなり距離が離れているというのに、宙に浮かぶそれは巨大で、威圧感は普通の魔物のそれとは比べ物にならないほど。既に隣はガタガタと体を小刻みに震わせ、顔を青くしている。


「……はぁ。ちょっとここにいろ。いいな、ここから動くなよ。肉塊になりたくなければな」

「え、ラノスは……?」

「アレを(おと)してくる」


 ヒューレの周りに結界を展開する。攻撃だけでなく威圧までもを遮断するそれに包まれて、多少は顔色が戻ったヒューレに静かに告げた。

 えっ? という声を無視し、愛剣を喚び出す。


「こい、ノーチェ」

「……なっ!?」


 薄青の魔法陣から漆黒の長剣が飛び出し、私の手の中に収まる。抜き身の刃が妖しく輝いた。


 とんとん、とその場で数回軽く飛び、調子を整える。



 身体中に魔力を巡らし、あらゆる筋力を強化したあと、わずかに腰を落とし膝に溜めを作った。ぐぐっと脚に力を入れ――力強く地を蹴った。

 体から放出された魔力の粒子が翼を形作り、亜竜(ワイバーン)の前で静止する。


「さて。お前自体に恨みはないが。平穏を乱されては困るからな。ここで叩き落させてもらおうか」

「…………ガアァァァァァァァアアアアアッッッ!!!」




 先程よりもさらに大きな咆哮を上げる亜竜(ワイバーン)を前に、私は静かに剣を構えた。

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