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051 最終試練

 ルイン・ドレイクが城壁を超えた、その直後。


「――――シモン!」


 上空から、聞き慣れたイネスの声が届く。

 俺は地面を強く踏みしめると、一っ飛びで城壁の上まで登った。


 するとそこには、焦燥の様子でルイン・ドレイクに向かって矢を放つイネスの姿があった。

 彼女は俺を見ると、安堵したように表情を綻ばせる。


「来てくれてよかった! 急にあの魔物がやってきて、町の中に侵入されたの。矢で攻撃しているんだけど、牽制程度にしかならなくて……」

「……みたいだな」


 現在、イネスのレベルは1400を超えたところ。

 ルイン・ドレイクの2000からは大きく離されており、決定打を与えることはできていないようだ。


 今のところルイン・ドレイクはイネスを警戒して上空を旋回しているだけだが、それも時間の問題だろう。

 イネスに決定打がないことが分かれば、すぐにでも下の中央広場に集まる市民に攻撃を仕掛けるはずだ。


 それはイネスも分かっているのだろう。

 彼女は縋るような視線を俺に向けた。


「でも、シモンが来てくれた助かったよ。シモンなら、あれだけ強い魔物でも簡単に倒せるよね?」

「…………」


 確かに俺なら、今すぐにでもあの飛竜を倒すことができる。

 今なら周囲にギャラリーもいないため、実力を隠す必要もない。


 だが――


「いや、俺が倒すつもりはない」

「……えっ?」


 俺はイネスに向かって、簡潔にそう答えた。


 想定していない答えだったせいか、彼女は戸惑ったような声を漏らした。


「ど、どうして? シモンなら倒せる相手だよね?」

「そうだが、そういうことじゃない」


 俺は真正面からイネスに向き合う。


 そして、言った。



「アイツは、お前が一人で倒せ」



 ――以前から、ずっと考えていたことがある。

 俺はイネスと共に過ごす中で、楽しさや喜びといった感情を取り戻しつつあった。

 しかしこれらは、復讐には不要な感情。

 近いうちに――それこそイネスが一人でも生きていけるだけの実力を身に着けたら、すぐにでも離れようと思っていた。


 今こそ、それを確かめる瞬間だ。

 数ある冒険者の防衛網を突破し、出現したレベル2000のSランク魔物――ルイン・ドレイク。

 この強敵を一人で倒すことができれば、イネスは十分な実力を身に着けたと言えるだろう。


 そんな考えのもと、告げた言葉。

 しかし、とうの張本人はというと――


「……ど、どうして?」


 困惑の様子で、そう問いかけてきた。


「初めて会った時、お前に言ったことを覚えているか?」

「初めて、会った時……?」

「ああ。俺がお前を育てるのは所詮気まぐれ。来るべき時が来れば、俺はお前のそばからいなくなる――そう伝えたはずだ」


 そこまで聞き、ようやく意図が理解できたのだろう。

 イネスはわずかに顔を強張らせながら、ゆっくりと口を開く。


「……それが、今だってこと?」

「そうだ。ルイン・ドレイクを一人で倒せるだけの実力があれば、これから先何があっても生きていけるだろう。それをここで、俺に証明してみせろ」

「………………」


 訪れる沈黙。

 イネスは数秒だけ考え込むように口を閉ざしたあと……ゆっくりと顔を上げ、真剣な目で俺を見つめてきた。


「……ほんとに、いつだってシモンは急すぎるよ。わたしのレベルだって知ってるくせに、無茶なことを言うんだから」

「…………」

「けどわかったよ。それが、君の意思だっていうのなら」


 そして彼女は、そのまま視線をまっすぐルイン・ドレイクへと向けた。



「わたしが、あの魔物を倒してみせる」

 


 その瞳に迷いはない。

 彼女の中で覚悟が決まったのだろう。


「覚悟ができたのなら、急いだほうがいい。アイツもそろそろ痺れを切らして、広場の方に降りようとしているみたいだからな」

「うん。いってくるね、シモン!」


 そう言って、イネスは城壁から飛び降りた。

 中央広場に向けて駆けていく彼女の後ろ姿を眺めていると、タイミングよく(もしくは悪く?)通信魔法が鳴り響く。



『緊急だ! ここに来てスタンピードの勢いが急激に増した! 中にはSランク以上の魔物も複数いる! 余裕があるグループは、今すぐ正面門に集合してくれ!』



 どうやら本番はここからのようだ。

 ルイン・ドレイクはイネスに任せると決めた以上、俺がここに残る必要はない。


「……まあ、露払いくらいはしておいてやるか」


 俺は踵を返すと、城壁の上を歩き正門に向かっていく。




 しかしこの時、俺は気付くことができなかった。

 遥か下にて――死んだはずの男の指先が、ピクリと小さく動いたのを。

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