017 復讐の始まり
青年の言葉を聞き、アルトたち一行はさらに警戒の色を強めた。
「二年間、俺たちを待っていただと……? 何を言っているのか、皆目見当もつかないな」
「………………」
「俺たちがここにきたのはつい数時間前だ。何を勘違いしているのかは知らないが、とりあえずそこをどいてもらえるか? 邪魔をするようなら力尽くで排除するしかなくなるからな」
得体の知れない相手を前にし、アルトたちが戦闘態勢を取る。
だがそれでも青年の様子は変わらなかった。
それどころか――
「本当に心当たりがないのか? 二年前だぞ」
――青年は自分に絶対の自信があるのか、鋭い口調でそう告げた。
アルトの眉がピクリと動く。
(何だ、コイツの気配は? 間違いなく実力者が纏うそれだ。加えて、俺たちに対する明らかな殺気。こんな奴に心当たりなんて……待てよ、二年前と言ったか? 思えば、どこかアイツの面影があるように見えるが……)
そこでアルトは、自分の考えを振り払うように首を左右に振った。
(いや、ありえない。アイツは確かにあの場所で死んだはず。ただの気のせいだ)
少なくともアイツは灰色の髪や、赤色の目をしていなかった。
それにあそこから生きて出てこられる方法などあるはずがない。
だからこそ出した結論。
しかしその前提は、すぐに覆されることとなった。
「ああ、悪い……このままじゃさすがに不親切だったか」
「……どういう意味だ?」
「今、変装を解いてやるよ」
青年がそう告げた直後だった。
灰色の髪と赤色の瞳が、一瞬で黒色に変化していく。
変装用のマジックアイテムかスキルでも使っていたのだろうか?
一瞬だけそんな考えが浮かんだが、すぐにどうでもよくなった。
なぜか?
答えは単純。
そこに立つ青年の姿はアルトに――
否、この場にいるクリム以外の者にとってあまりにも衝撃的だったからだ。
背丈の高さ、目線の鋭さ、そして纏う雰囲気。
以前と異なる部分は多いが間違いない。
この青年の正体は――
「まさか、シンか……!?」
万に一つもあり得るはずがない。
そう思いながらも咄嗟に口から零れた言葉に対し、青年は戸惑うことなく頷く。
「ああ、そうだ。お前たちに復讐するため、俺は地獄から戻ってきた」
青年――シンがそう答えた瞬間、ギリギリで保たれていた静寂が終幕する。
代わりに、動揺と衝撃がアルトたちにとめどなく襲い掛かった。
まず、ガレンが声を張り上げる。
「シンだと!? ありえねぇ! あの野郎がこんなところにいるはずがねぇ!」
続けて、シエラが甲高い声で叫ぶ。
「そうです! そんなこと起こるがありません! だってアイツはあの時、間違いなく私たちの前で……」
二人があまりにも普段からかけ離れた姿を見せる中、最後尾にいる少女――クリムだけは状況を吞み込めていなかった。
(いったい、何が起きているの? あの人が名乗った瞬間、シエラさんたちの様子が変わった。まるで“シン”って名前の人がここにいるのが絶対にありえないみたいに……シン?)
そこでふと、クリムはその名前に聞き覚えがあることに気付いた。
アルトが言っていたのだ。クリムが【黎明の守護者】に入る前、パーティーにいたユニークスキル持ちの名前がシンだったと。
それ以上の詳しい内容は知らないが、とにかく何か理由があって冒険者を辞めたとだけ聞いていた。
アルトの話しぶりから、シンという人物は円満にパーティーから抜けたとクリムは思っていた。
しかし、目の前に広がる光景はその予想からあまりにかけ離れていた。
そう。
まるで殺し合った末に別れたのではないかと疑うほどに、彼らの雰囲気は緊迫感に満ちていた。
「――――――ッ!」
その時、状況を観察していたクリムを、シンの鋭い眼光が捉えた。
「お前がクリムか」
「ど、どうして、私の名前を知って……」
クリムは恐怖心をできる限り抑えながら、震える声で応じる。
するとシンは事も無げに言った。
「今回の計画を実行に移す前、お前たちの情報を集めている時に知った。またユニークスキル持ちをパーティーに入れていると……相変わらずだな、アルト」
「っ! ……お前!」
シンの視線がアルトに戻る。
彼は明らかに動揺した様子だった。
不意に訪れる静寂。
お互いが出方を窺った結果、一時的に場がシーンと静まる。
そんな中で声を上げたのは、これまで無言を保っていたセドリックだった。
「落ち着いてください、皆さん! 相手の言葉に騙されてはいけません!」
セドリックは自身の杖を握り直すと、微笑みを浮かべながら前に進み始める。
そんなセドリックに対し、アルトは問いかけた。
「どういう意味だ、セドリック?」
「言葉通りです。そこにいる人物は、シンではありません」
その言葉に、シンの眉がピクリと動く。
それに気をよくしたのか、セドリックはさらに笑みを深めながら歩みを進めた。
「確かに姿形は似ているようですが、貴方がシンのはずはありません。だってそうでしょう? 彼がこれだけの威圧感を醸し出せるわけがありませんし、何より――あの場にいた皆さんも知っているはずです、そんなことは絶対にありえないと」
セドリックの力強い主張を聞き、ガレンとシエラはゆっくりと緊張を解いた。
「そ、そうだよな。アイツがあそこから生き延びられるわけがねぇ」
「え、ええ。思わず戸惑ってしまいました。これは美しくありませんね」
セドリックは止まらない。
「ご理解いただけたようで何よりです。ただ、それでも疑問は残ります。まず貴方がシンでないのは間違いないでしょうが……なぜ、あの時に起こったことを知っているのか。そしてどうして、彼の代わりに私たちへ復讐しようとしているのか……非常に気になります」
シンまであと一メートルのところまで近づいたセドリックは、にこやかな笑みで左手を伸ばします。
「お願いいたします、見知らぬ貴方。どうか、私の溢れんばかりの知的欲求を満たすため、何があったか教えてはくれません――――」
ずるり、と。
セドリックは、自分の視界が斜めにズレるのを体感した。
「――――は?」
何が起きたか理解することすらできず、上半身だけになったセドリックは地面にポトリと落ちた。
セドリックだけではない。
この場にいる誰もが、いったい何が起きたか理解できなかった。
全てを把握しているのは、どこから現れたのか漆黒の剣を持つ青年ただ一人。
彼は自分の足元で、今も何が起きたか理解できないまま呆然とするセドリックを見下ろす。
「ちょうどよかったよ。初めから決めていたことだ」
そのまま、シンは告げた。
「お前が、一人目だ」
かくして。
敵対する者の体と心、その全てを蹂躙するための復讐が幕を開けた。




