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船内雑景1

 第一吉田丸は元は貨物船だ。将校には船室が割り当てられるが、兵たちは貨物船倉の中甲板に仮設された、カイコ棚と呼ばれる二段ベットで起居している。

 もともと、本船には3,000名程度の兵士たちが乗船する予定だったが、第三十五師団の派遣が急遽中止されたため、船内は比較的ゆったりしていた。それでも、赤道直下の海域では、船倉内は通風も悪く、蒸し風呂状態となり、魚雷を一発喰らえば、真っ暗な船倉から這い出すこともままならず、海の藻屑となる。

 そのため、多くの兵士たちは、夜になると上甲板に天幕を敷いて寝ていた。


 マニラを出港してから数日後。

 俺は割り当てられた船室で独り作業をしていた。上海で乗船してきた歩兵210連隊長の松永大佐は、大量の兵要地誌関連の資料を俺に押し付けて「簡単に纏めといて」と言ってきたのだ。勉強だけは出来そうな東大出の見習士官が乗船しているということで、俺に白羽の矢が立ったらしい。そういう訳で、上海からずっと大量の資料と格闘をを続けている。

 インドネシアのモルッカ諸島にあるハルマヘラ島は”k”の字に似た形の島で、面積は四国と同程度、火山島であり平地部は熱帯雨林に覆われている。人口は10万人弱で人口密度は低く、人々は半農半漁の生活をしており、産業らしいものは存在しない。言語はオーストロネシア系統、生物相としてはウォレス線、ウェーバー線の西側で有袋類も居るんだ。あ!クスクスかわいい!酷暑の中、うんざりするような作業量で集中力が途切れがちだ。

 そうこうしていると、同室の小野寺大尉が見回りから戻って来た。

「なんだ。またお勉強してるのか?」

「いえ、連隊長からの指示で資料を纏めているのです」

「で、どんな感じで纏めてるの?」

 小野寺大尉は『南方時報』と書かれた冊子をパラパラとめくりながら尋ねてきた。

 小野寺弘雄大尉。29歳。

 小野寺大尉は、陸軍中野学校卒の非正規戦のプロだ。開戦後はビルマ義勇軍の立ち上げに参画し、現在は南方総軍直轄の第2遊撃隊長をやっている。

 遊撃隊とは、台湾の高砂義勇兵によって編制された部隊で、熱帯の密林奥深く敵地に潜入し、敵司令部の破壊や後方輸送路の攪乱などのゲリラ戦を展開する専門部隊だ。

 高砂族は密林内での戦闘に滅法強かった。

「資料の中から、ハルマヘラ島の地理、環境、風俗などについて書かれたものを抜粋して纏めています。小野寺大尉のいらっしゃったビルマとは違い、ハルマヘラ島は全島が熱帯雨林に覆われています。人口密度も低く、現地での物資の徴発は困難だと考えられます。ハルマヘラ島での戦力維持のためには、補給が最重要だと言う方向で纏めようと思っています」

「でも、南方に向かう輸送船は半分が沈められてるんだぜ。ハルマヘラ島への海上輸送路も、まもなく途絶することは明らかだろう。そうなった場合の代案は?」

「それは、、、」

「連隊長には、補給途絶の場合の代案も、併せて報告した方が良いな」

「分かりました。ありがとうございます。代案についても考えてみます」

「うん、何か良い考えが浮かんだら、俺にも教えてくれ」

 小野寺大尉はそう言ってにっこり笑った。

 

 代案と言われても何も浮かんでこない。

 俺は気分転換のために、部下たちの居る船倉居住区に降りて行った。

 船倉居住区に降りて行くと、裸電球の下で、軍属の石井さんが船内に積み込んだ物資のリストを確認していた。

 石井さんは軍人では無く軍属だ。つまり、陸軍省に雇用された民間人で、軍曹待遇の判任官という扱いになっている。もともとは南洋興発の社員であり南方の事情にも詳しい。

 南洋興発とは、日本の委任統治領や占領した南方資源地帯で、資源開発や産業振興を行っている拓殖会社であり、石井さんもニューギニアなどに赴任した経験がある。

「補給が途絶した場合の対応策ですか、、、」

 石井さんは首を傾げた。

「そうなんです。前線への補給途絶は、もはや時間の問題だと考えられます」

 俺は小野寺大尉から言われたことを、そのまま繰り返した。

「そうですね、、、武器弾薬については補給が途絶してしまえば、どうしようもないでしょう。まあ、それを見越して、師団も余剰兵器を持ち込んでいるんでしょうし。あとは、糧秣や消耗品ですが、現地人から買い付けることも考えられますが、彼らの生産力は高くありませんから、多くは期待できません。無理をすれば、現地人の反発を買い、日本軍から離反することになりかねません。我々自身が現地で農地を開拓して、食糧生産を行うしか無いでしょうね。野戦貨物廠の物資の中にも、食糧生産用の種子や苗が含まれていますよ。労働力としては、現地人を雇用するか、兵士たちが自ら農作業を行うことになります、、、」

「兵士自らが農地を開墾し、農作業を行うということですか、、、」

「そうしなければ、戦う前に餓死してしまいますからね。敵に包囲されたラバウルでは、芋を主体にした食糧生産で完全自給を達成しているようですが、ニューギニアのウエワクでは、食糧生産が立ち遅れて餓死者が出ているようです。食糧生産には時間が掛かります、補給が途絶する前に、手を付けなければなりませんね」

 さすが石井さんだ。経験豊富で俺なんかより余程頼りになる。

 俺と代わってくれねえかな?


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