9、王宮人事部にカチコミしました
続きです!
「なるほど、シフト制ですか!」
ダニエル・ゼイビス人事総監は手のひらをポンと叩いた。
「そうですわ。これまで聖女は、優秀な者を筆頭聖女の座に付けると、彼女1人に負荷が偏りがちになっていました。王宮の使用人と同じくシフト制にすれば、特定の聖女を使い潰しにするような事はなくなりますわ」
ラトランド公爵令嬢は熱く語った。
「こちらに、今回の能力再検査で、正確に把握した数値を元に区分した、聖女の階級一覧があります。上級聖女が休んだ時は、下級聖女を三人入れる。下級聖女が休む時は、上級~中級の聖女を入れる。そうして回せば、定期的にお互いが休める環境になるはずですわ」
他、聖女達が暮らす邸宅は、等級に応じて少しの差はつけるものの、基本的に部屋の作りは同じとする。
大聖堂の掃除は、専門の使用人を別に雇う。
食事も専門の使用人を雇って食堂を設置し、朝昼晩食事を提供。等級を問わず誰でも食べていいようにして、市井に出る時はお弁当を用意する。
「あとは御祓の水浴施設の他に、暖かい湯の公共浴場も設置した方がよいかと。冬は冷えますからね」
提示された資料を見ながら、ダニエル・ゼイビスはふんふんと話を聞き、素早く手持ちの手帳に何事かメモしていく。引き続き給与や予算の話をしようとした時。
「少しお待ち下さい」
同じく話を聞いていた、フォッカー・セルゲイ副人事部長が手を上げた。
「なんでしょうか、セルゲイ卿」
「先ほどから黙って聞いていれば、住まいがどうの浴場がどうのと。浅ましいとは思いませんか?聖女は神に選ばれ、民草に救済をもたらす存在ですぞ?夜明け前に起きて自らの手を使って神殿を掃除し、凍るような水で身を清め、寝食を問わず身を粉にして勤めねば、神の寵愛も遠ざかるというもの!」
さも悲しんでます!というポーズでフォッカー・セルゲイは言った。彼はもともと神殿寄りの人間で、司祭の更迭にも最後まで賛成しなかった男だ。
……なんでこの国の神神連呼グループは己れの身を省みないのかな?腹まわり見えないのかな?と、ラトランド公爵令嬢は思う。元大司祭に次ぐ、でっぷり具合だ。
王宮の随所に姿見の鏡を設置したら、いくらか省みられるかもしれない。
「ははあ、なるほど。セルゲイ卿、あなたはこれまで通り、聖女に麦粥を食わせ、朝から晩までこき使い、寝る間も惜しんで滅私奉公させよと仰るのですね。それが正しいと?」
ラトランド公爵令嬢がニッコリと微笑みながら言うと、相手は一瞬怯んだ様子だったが、言を翻すのをよしとしなかったのか、胸を張って言い返した。
「そのお考え自体が浅ましい、聖女が対価を求めるなどいやらしいと申し上げているのです!神に仕えることこそが彼女達の幸せであり、生きる糧なのです!それを否定し、堕落させようとするなど、なんと嘆かわしいことか!私は断言します、おお、これは神に対する冒涜以外のなにものでもない、と!」
何やら勝手に盛り上がられた。自己陶酔の一人芝居なら外の劇場でやってくれないかなあと思う。
ちらりとダニエル・ゼイビスに目をやると、彼は肯定も否定もしていない表情で、ラトランド公爵令嬢を見ていた。令嬢は大きくため息をついた。
「わかりました、セルゲイ卿。あなたのお言葉に賛成いたします」
諦めたように言うラトランド公爵令嬢に、セルゲイはニタリと汚い笑みを浮かべた。
所詮、身元も不確かな他国からの養女。宮廷に長く勤める自分の敵ではないと、内心でせせら笑っていると、
「では、今月からセルゲイ卿のお給金は8割減としますね。季節の賞与も停止します。有給休暇は認めません、休めばそのぶんお給金から差し引かせていただきます」
公爵令嬢が柔らかに微笑みながら言った。
は?とセルゲイは硬直する。
「な、何をおっしゃっておられるのか……?」
「あら、セルゲイ卿のお言葉を尊重しただけですけど?対価を求めず、滅私奉公の心構えで身を粉にし、宮廷に仕える。なんと美しい忠誠心でしょうか、わたくし感動いたしました」
きゃっ☆と頬を染めながら公爵令嬢は言った。
セルゲイは額に青筋を浮かばせた。
「それとこれとは話が違うでしょう?私が申し上げたのは、聖女の扱いについてです!私は宮廷仕えの身です、正当な報酬として給金をいただいており」
「何が違うと言うのですか」
冷たい声が放たれた。
声には、思わずセルゲイが黙ってしまうほどの圧があった。
「あなたは宮廷に仕え、聖女は神に仕える。片やじゅうぶんな報酬と休暇を貰え、片や無給でろくな待遇もして貰えない。不平等だと思いませんか?しかも、神に仕えると言っても、聖女が属しているのは神殿であり、その神殿を運営しているのは国なのです。宮廷も国です。そこに何の差があるというのでしょう?」
「いや、それは」
「それも聖女の方々は、国防や食糧事情に対して、はっきりと結果を出しています。外敵の侵入を防ぐ結界や、豊穣の雨、負傷者の助けとなるポーションの精製、市井の小神殿の慰問……全て明文化したのがこちらの書類です。それらを聖女の助けなしで行った場合の経費の試算は、次の書類です」
ラトランド公爵令嬢は速やかに書類を回した。給与の話し合いのために作成していた資料だ。
「これに見合う報酬として、神殿についていた予算がこの数字です。まあまあ順当ですね。……で、本来なら聖女に使われるべきお金が、いったいどこに行っていたのか?と調査した結果が、こないだの司祭更迭に繋がるわけですが」
やれやれ、というポーズで令嬢は語った。
「セルゲイ卿、あなたは最後まで更迭に反対しておいでだった。で、ちょっと調べたわけです。あなたのそのお腹まわりや、所持している貴金属、ご家庭での過ごされ方……そのお金の出所は何処なのかな?って」
セルゲイはぎくりと身を震わせた。バカな。神殿との繋がりの痕跡は、司祭の更迭がどうしても避けられないと決まった時に、徹底的に消したはず。
「一気に片付けちゃうと反動もありますんで、こっちはもう少しゆっくり進めようと思ってたのですが……仕方ないですね、贈収賄に関わってきた王宮の人事の方たちの対処も、早々に済ませてしまいましょう!」
ナイスアイデア!とばかりに顔を綻ばせたラトランド公爵令嬢は、セルゲイと元大司祭との不正がわかる書類を並べた。
ヒィ、と小さく悲鳴を上げて、セルゲイは後退った。
「ご安心ください、怪しいと思われる方々皆様に同様の調査をしております☆みんな一緒ですよ(^^)b!良かったじゃないですか、あなた方は国に選ばれ、国に仕えることこそが幸せで、生きる糧の公僕です。身を粉にして働けば、国に対する賠償も早く済みますよ?」
あ、あ、と何とか言葉を紡ごうとしているセルゲイに、公爵令嬢は畳み掛ける。
「本来なら今すぐ全額差し押さえして牢に放り込むところですが、先ほどのセルゲイ卿のお言葉で、わたくし、思い直しましたの。どうぞお励み遊ばして?今までの給与の2割はお渡ししますから、慎ましくお暮らしになれば、さほど不自由もないでしょう。でも気をつけてくださいね、国はいつでもあなたを見守っておりましてよ?」
……セルゲイは黙るしかなかった。
「……と、いうわけで、ゼイビス人事総監様、聖女の給与形態についての話し合いを続けてよろしいかしら」
ラトランド公爵令嬢が言うと、ダニエル・ゼイビスは、「始めましょう」と答え、セルゲイなど最初からそこにいなかったかのように、話を進めた。
今日の更新はここまでとなります!
続きは明日以降、ぼちぼちアップしていきます。
この後はひたすら聖女をよしよしなでなでするだけですので、近日中に完結させる予定です。
よろしくお願いいたします!