8、実家にカチコミしました
続きです!
「我が家がシンシアを虐待していただと?!冗談じゃない、あんな役立たずでも、うちはちゃんと食わせてやってたんだ。他所から文句を言われる筋合いはない!」
ブラスト・リギンズは怒り狂った。
彼の側で、若い妻が恐怖でびくりと震え、彼女が抱える赤子は火が付いたように泣き叫んだ。
彼は現リギンズ男爵であり、シンシアの兄だった。
しかし、半分しか血は繋がっていない。
前リギンズ男爵が、子がないまま妻を病気で失った時、同じく旦那を失くしたばかりだった、子持ちの男爵夫人を後妻にしたのだ。その時ブラストは10歳で、程なくシンシアが生まれた。
シンシアが5歳の時に、男爵夫妻は船の事故で亡くなり、ブラストが後を継いだ。
それから彼は、妹に月1回の行儀作法の教師を付ける以外は、使用人以下の扱いをしてきた。しかし厳重に口止めをしてきたので、バレることはないとたかをくくっている。
「……で、言い分はそれだけですか?ブラスト・"パーツ"くん」
客間のテーブルにドカリと両足を乗せるという、無礼極まりない態度の『客人』が、椅子に座ったままブラストに問うた。
ブラストはビキッと額に青筋を浮かべる。
「俺はブラスト・リギンズだ。パーツなんて姓じゃない!」
「いいや、あんたはブラスト・パーツですね。出生届けのコピー見る?」
客人――マークス・エルロットは、王宮の査問機関の職員で、第3室長を勤めている。これは子爵相当の地位に当たった。男爵のブラストが無下に追い払うわけにはいかなかった。
彼は仕立てのいいスーツの胸ポケットから封筒を取り出し、金縁の片眼鏡を嵌めた目で中の書類を確かめる。
「これによりますと、あんたはマリリア・ヘイブンとジェームズ・パーツの長男として届けが出されてます。2人とも平民ですね。その後、ジェームズは失踪し、マリリアはイサーク・クロフ男爵と結婚した。でも連れ子を養子にはしなかったので、あんたは平民のブラスト・パーツのままだった」
マークス・エルロットは、ブラストとそう歳の離れていない、育ちのいい紳士に見えた。しかし、テーブルから足を下ろさないし、ブラストの顔を見もしない。不安に震える奥方にも、泣きわめく赤子にも一切関知しない。淡々と話を続ける。
「クロフ男爵は新たに子をもうける事なく亡くなり、未亡人になったマリリアは、トマス・リギンズ男爵と再婚した。そして前リギンズ男爵も、あんたを養子にしなかった……」
「な、何が言いたいんだ……?」
ブラストは冷や汗を浮かべた。
まさか、あの事を嗅ぎ付けられた……?
シンシアへの虐待容疑など知らぬ存ぜぬで通そうと思っていたのに、何やら話の雲行きが変わってきた。
「つまり、あんたは1ミリも貴族の血が入ってない、単なる平民の連れ子のブラスト・パーツってことです。養子にも入っていないから貴族名簿にも名前がない。……おかしいなあ、何故そんなあんたがリギンズ男爵家を継げたのか?……答えは簡単、あんたが前リギンズ男爵が死亡した時に、自分が嫡子だと書類を偽造して、提出したからです」
マークス・エルロットは、封筒から2枚目の書類を取り出して、テーブルに広げた。嫡子欄の改竄前、改竄後がハッキリわかる、トマス・リギンズの死亡届けのコピーだ。
よくこんな杜撰な書類が通ったものだと思うが、当時の担当者からは、ブラストに脅迫されたという言質が取れていた。
ブラストは書類をぐしゃぐしゃにしてやりたい衝動にかられた。しかし、コピーを破棄しても何の意味もないことを悟り、ぶるぶると身を震わせる。
「というわけで、あんたは公的書類偽造・身分詐称、脅迫、シンシア・リギンズ嬢への虐待容疑と、盛りだくさんな逮捕状が出揃ってます。四の五の言わず王都の裁判所に出頭してくださいね。護送車呼んでありますから」
言うだけ言うと、マークス・エルロットはやっとテーブルから足を下ろし、ステッキでシルクハットを引き寄せて被った。ハンガーからコートを取って身に付け、颯爽と去ろうとする。
「ま、待ってくれ!」
ブラストが呼び止めた。
マークス・エルロットは面倒そうに振り返る。
「妻と子はどうなる?!領地の経営は?まさかシンシアに継がせる気じゃないだろうな!あのガキは聖女に選ばれたくらいで調子に乗ってるかも知らんが、グズでノロマで役立たずで、その上不細工で」
「せからしかぁ!!そん汚か口を閉じやんせ!!あたは彼女を責めらるっ立場じゃらせん、わっぜ不愉快じゃ!!身ん程を知りやんせ!!黙らせてやりもんそ!!」
突然激昂したマークス・エルロットに気圧され、一瞬怯んだ時に、ブラストの世界は反転した。
ていうか南国訛り丸出しで、何言ってるかわからん。
マークス・エルロットがステッキでブラストの体の一部を目にも止まらぬ速さで突くと、そこから一気に力が抜けて、後ろにズダーンとひっくり返った。
それを合図とするように、室内に数人の兵士がドカドカと入ってくる。
「速やかに罪人を連行せよ」
テーブルの上の書類を封筒に戻しながら指示すると、兵士たちは体を動かせないブラストを担いで引きずった。
「くそっ、離せ!俺は何も悪くない!俺を養子にしなかったあいつらが悪いんだ!クロフ領は逃しちまったが、リギンズ領は俺のもんだ!シンシアなんかに渡してたまるかああ!!」
口しか動かせないブラストが、口角から泡を飛ばして叫んだ。
ふと部屋の隅の妻子が目に止まる。どうせ泣き腫らした目で自分にすがりつこうとしているに決まっている、と思い込んでいたが。
「カニみたい、気持ちわるっ……」
妻は夫の醜態に、顔をひきつらせてドン引いていた。
頭に血が上ったブラストが尚も叫ぼうとしたが、兵士たちに外まで引きずられていった。
あのまま縛り上げられて護送車に放り込まれ、夜には王都の監獄にぶちこまれるだろう。
「この後、管財人が来ます。今後の身の振り方については、そちらと相談してください」
マークス・エルロットは残された妻子にそう告げると、自分用の馬車に乗るためにリギンズ邸を出た。
隣の護送用の馬車の中から罵声が聞こえていたが、猿轡を噛まされたのか、やがて静かになった。
「あん護送車と肩を並べて王都入りすっんイヤじゃっで、テキトーにどこか寄ってダラダラ帰ろう。裁判は僕がおらんでんないん支障もなかでね」
お付きの者に指示し、若き査問室長は馬車に乗り込んだ。
彼は南国出身なため、かしこまった場所以外では、ちょっとお国訛りがキツかったという。
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