4、騎士団side
続きです!
「おい、聞いたか、筆頭聖女様がとうとう国を追われたって」
「聞いた聞いた。今日中には国外だってよ」
王宮付きの騎士団の詰所で、昼当番だった騎士達がひそひそと話し合っていた。
「正直、助かるわー。……いや、彼女に罪はないんだけどさ、なんていうか、匙加減がなぁ」
「うん、優秀な人材だとは思うんだけど、色々なあ……」
彼らは筆頭聖女たるシンシア・リギンズ男爵令嬢について、おのおの所感を述べた。
まず、豊醸の雨について。
確かにバルシリウム王国は雨に恵まれず、国土は常に干魃の危機にさらされていた。
聖女として神殿に上がった彼女たちがすることは、一も二もなくとにかく雨乞いだった。
それでようやく、国民が1年食べていける量の農作物が得られていたのだが。
「最近多すぎるんだよな、雨……」
シンシア嬢が筆頭聖女として神殿に上がった時から、雨は増えた。最初はみんな喜んだ。喜んだが……年間降水量が500ミリの地域に、1ヶ月で200ミリの雨が降ったらどうなるか。
「堤防や排水路の整備で、騎士団まで駆り出されて大変だったよな……」
「ああ、水害地域の救助活動や避難指示で、王都は騒然としたわ……おかげさまで、万年干上がっていたダム湖が満杯になったのは助かったけど、今度は氾濫回避のために対策を練る羽目になるとは」
騎士は目をショボショボさせ、眉間を揉みながら話した。疲労と睡眠時間の減少が彼らを弱らせている。
「しかもな、俺は王宮の環境調査員にチラッと聞いたんだけど、ここ数ヶ月、王都周辺の気温がやけに高くなってて、今まで見たこともないような植物が、にょきにょきし始めたらしいぜ……」
「マジかよ……我が国の植生まで変えてしまう気だったのか、あの聖女様は……」
確かに素晴らしい力だ。素晴らしい力なんだけども。
「それと、これは国境勤務の騎士団の奴に聞いたんだけどな、魔物が侵入しないように張ってある結界、あれが最近強力になりすぎて、魔物どころか、外国からの旅行者や商人まで弾き返してるってよ……」
「ええっ、じゃあ最近、外国から取り寄せてる嗜好品が、あちこちで品薄になってるのは、聖女様のせいなのか……?」
騎士団の面子はざわめいた。話がどんどんヤバい方向に流れて行っている。
あんまり言いたくはないんだけど、今の筆頭聖女って……という空気になっていたところ。
「おいみんな!王宮の医療研究機関から緊急の通達があったぞ!速やかに周知徹底してくれ!」
騎士団の詰所に支隊長がやってきて、告げた。
「支隊長、お疲れ様であります!して、いったいどのような?」
団員が姿勢を正して敬礼する中、支隊長は通達書を読み上げた。
「うむ、神殿支給の回復ポーションについてだ。瓶の印が筆頭聖女様のものは、トリアージカテゴリ1以下の者以外には決して使ってはならんという厳重注意だな」
団員はびくりと身を震わせた。またあの筆頭聖女か。
トリアージカテゴリー1といえば、即死一歩手前の再起不能レベルの大ケガだ。
ポーションはふつう、骨折や切り傷を緊急で治療する必要がある、トリアージカテゴリ2か3の状態で使われるものであり、そんな瀕死者に使うものではない。
ちなみにカテゴリ0は『死』だ。
「……恐れながら、支隊長……もしカテゴリ1より軽い傷病者にポーションを使ったら、どうなるんですか……?」
1人の騎士が勇気を出して聞いた。その場にいた騎士達全員が耳をそばだてた。
「うむ、軽傷でもたちどころに完治するのだが、ポーションの効果が高すぎるためか、その後しばらく目や口から聖なる光がビームとなって射出されたり、トイレでケツから聖なる光が止まらなくなったりするらしい。傷が重ければ力が相殺されるため、そんな症状は出ないそうだ。まあ、光が出ても一週間くらいで収まるようだが」
「「「 ………… 」」」
騎士達は皆うつむいて、「了解いたしました支隊長……」と力の抜けた声で言った。
その後の騎士達の行動は迅速だった。
すぐさま筆頭聖女の印(朱色のシール)があるポーションを選別・隔離し、取り扱いの説明を張り紙して箱ごと奥の方にしまった。
勤勉な筆頭聖女が作る量は半端なく、全体の2/3くらいあったが致し方ない。
後日、6倍希釈で使用する案が出るまで、重傷者以外使用厳禁が徹底されたという。
その頃にはみんな「あの筆頭聖女様ってさあ……」と口に出すことはなくなった。
たまに禁忌を破り、かすり傷程度で朱色のシールのポーションを飲んだボンボン貴族騎士が、体の穴という穴から聖なる光を迸らせていたが、生暖かい目で見つめるだけだった。
ちなみに、光は日夜問わず、かなり眩しかったという。
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