29、エピローグ (前編)
お待たせしました続きです!
今日は3話上げます!
やっと完結です!
……遠くで音が聞こえた。
ティロリロティリリン♪ティロリロティリリン♪
……そう、これはものすごく聞き覚えのある、スマホの……。
次の瞬間、織愛は覚醒した。
ガバッと身を起こし、あたりを見回してカバンを探す。
慌ててスマホを取り出して電話に出た。
『ヨッス、おりりん。寝てた?すまんね』
悪びれなく謝る懐かしい声に、織愛は目を見開いた。
「み、みやぞん~~~!!」
『お?どうしたおりりん、よわよわだな。え?泣いてる?マジで?』
織愛はスマホを握りしめてえぐえぐ泣いた。
彼女は無事に帰って来た。
帰ってくることが、出来たのだ。
‡‡‡
(……しかし、今思えば、長い夢だったのでは?)
バルシリウムから帰還した日は、召喚された日と同じだった。
仕事から帰ってきて、ソファーで寝落ちして、彼氏から電話がくるまで、長い夢を見ていた。
その説明がいちばんしっくりくる。
……しっくりくるのだが、じゃあ自分はなんで、中世風のドレスを着ていたんだろう。
下着から靴下から、組成のよくわからない宝石のネックレスやらイヤリングやら、身につけていたのは何でだろう。
帰される時、召喚時に着ていた服に着替えようとしたら、王妃様が「今身につけてるものは一緒に送り返される。持って行きなさい。そちらの世界で値段がつくかどうかわからないけど、最上級の仕立てよ」と言って、元の服は麻袋に入れて渡してきた。
(夢だったと思いたいけど、証拠品が残りすぎている)
もしかしたら、全部夢だったと済まされないように、ドレスを押し付けてきたのかもしれない。
別れ際の王妃の顔は、悲しそうに歪んでいた。
だからといって、絆される気は一切ないが。
(かさばるからテキトーに処分したいんだけど、古着屋に売り飛ばすのもビミョーだなあ……万が一、無関係な人が私と間違われて召喚されても可哀想だし)
ていうか、この宝石も土台に使われている金らしきものも、絶対にこちらの世界のものと違うと思う。
青い石の中にはキラキラと白い光が揺らめいているし、金の表面も流体のように光が弾けていた。
この調子だと、一見ふつうに見えるドレスの組成も怪しい。
(……最悪の場合、静岡のばあちゃんが持ってる山に埋めよう)
そんな静岡の人にごめんなさいをしなきゃならない不法投棄を企みながら、織愛は物的証拠全般を宝石ごとクローゼットにしまいこんだ。
‡‡‡
日本に帰ってきた翌日から、織愛は何事もなかったように日常生活を送っている。
ブラックでもホワイトでも蟹工船でもない、ほどほどのコンサル会社に勤務して、ふつうに通勤して働き、週末には家族や友達と会ったり、彼氏と出掛けてぼんやりと結婚の話をしたりする。
『これを、お別れに渡しますね』
金髪の聖女が別れの挨拶の時にくれた、小さな赤いエビの刺繍が入ったハンカチは、あれからずっと持ち歩いていた。
なんでエビかというと、彼女の好物だからだそうで。
3日かそこらで、余暇に刺繍針をちくちく刺して作ってくれたらしい。
針仕事はやらされていたけど、刺繍はあまり得意じゃなくて、という彼女の言葉を表すように、朱色の小さなエビはところどころ歪んでいた。
でも可愛い。
一生大事にしよう、とぎゅっと握り締める。
王妃様が見ていたら「わたくしの渡した品とずいぶん扱いが違うんじゃなくて?!」と激昂しそうだが、人徳の差を理解していただきたい。
(シンシア様、私は元気で、幸せにやってますよ)
『次は~葉山海岸入り口、葉山海岸入り口です。お降りの方はボタンを押してください』
バスのアナウンスが鳴った。
織愛はハンカチを大事にバッグにしまい、降車ボタンを押して、次のバス停で降りた。
目の前には波が輝く海原と、砂浜が広がる。
船着き場に行けば、ヨットが何艘か止まっていた。
「ヨッス、おりりん。出航準備万端だぜ」
船室から、彼氏であるみやぞんこと宮副 大夢が顔を出す。
「き、黄色い……バナナとパイナップルとか、ペイントが派手だな……」
船体に描かれた南国調のペイントが、やけに黄色みが強くて目がチカチカしたが、みやぞんの船だ、文句を言ってはいけない。
海釣りが趣味の彼氏は、同じく海釣りが趣味の叔父から格安でヨットを譲ってもらった。
船舶免許取り立て、処女航海に織愛は招かれたのだ。
「面舵いっぱぁーい」とか、楽しそうな彼氏の様子を狭い船室の端から眺める。
みやぞんとは、来年の秋に式を上げる予定だ。
アラサーのうちに嫁に行けて良かった。
「……将来、子育てとか仕事とかひと段落したらさ、保険解約して、豪華客船世界一周の旅に出ような」
唐突にみやぞんが言った。
織愛は一瞬きょとんとして、ふっと笑う。
「気が早いなあ。もう定年退職後の話をしてるの?」
「いや、先に言っとかないとさあ。いちばん安くても四百万くらいかかるらしいから、頑張って金貯めなきゃ」
おいおい、子育て費用とか老後の蓄えとかすっ飛ばして、船旅の資金の話かよ、と織愛は苦笑する。しかも保険解約する前提かよ。子供に遺産残す気ゼロじゃん。
「……みやぞんらしいね。ふふ、8時ちょうどの飛鳥2号で世界一周とか、なかなかいいじゃない。古い歌みたいで」
「おりりんが言ってるのは、たぶんあずさ2号のことだと思うんだけど、……あれぇ?」
みやぞんが声を上げた。
同時に、エンジンがイヤな音を立てて、止まった。
「なに?どうしたの?」
織愛が聞くと、みやぞんは表情を曇らせた。
「ヤバい、エンジントラブルかも……」
「えぇ?!」
その後しばらくみやぞんはエンジンを復活させようと頑張ったが、「だめぽ。救難信号出そう」と青い顔で言った。
……マジか。ふたりの新たな船出☆とかノリノリだったのに、えらいことになっちゃったな……と織愛が顔をひきつらせていると、
――わたくし、オリエ様のこと、ずっとずっと忘れません!どうか幸せにお暮らしくださいませ――
ふいに、シンシアの声が脳内に響いた。
(シンシア様……?)
「え、おりりん、なんかカバン光ってるよ?」
みやぞんの慌てた声に、自分のカバンを見た。
確かに白く光っている。
カバンを開けて、光の元になっているハンカチを取り出した。
そこにはいびつなエビの刺繍があったはずだが、影も形もない。
どういうこと?何が起きてるの?と織愛が混乱していたら、
「ッああ?!なんだあれは?!」
みやぞんの悲鳴が上がった。
あと2話上げます!
次は本日15時です!