28、それぞれの明日へ
続きです!
やっと一段落付きました!
「筆頭聖女殿がローゼステス王国のメリアラ王太后と懇意になってくれたおかげで、驚くほど低価格で麦を融通してもらうことができた。このことにより、今年の不作で民が飢えることはなかろう」
ローゼステス王国は気候も良く、精霊の加護持ちも多いため、農作物が豊富な国だった。
バルシリウムの困窮を知り、快く国庫を開いてくれた。
また、かの国の口利きで、これまで付き合いのなかった他国との貿易も始められる可能性も出てきた。
発展するかどうかはバルシリウム側の外交能力如何によるが、留学経験のある王弟一派に期待するしかない。
「織愛嬢、国王として『救国の乙女』であるそなたに感謝する。よくぞ我がバルシリウムを救ってくれた。国家を代表して礼を言おう」
「国王陛下、勿体なきお言葉、誠にありがとう存じます」
オリエは深々と頭を下げた。
国王陛下が月の女神の館から出て、3日後。
正式な謁見の間ではない、王族居住区の礼拝堂で、小さな式典が開かれていた。
参列者は、国王夫妻と第一王子、宰相とその娘一人。
そして、オリエ・ラトランド公爵令嬢こと、芋野山 織愛だった。
「本来ならばここに筆頭聖女殿も呼ぶべきであるが、『救国の乙女召喚の儀』は、古から王妃のみが扱う秘術ゆえ、公にすることができぬ。彼女には後程、別に褒章を与えよう。それでよいな?」
国王の言葉に、オリエは「国王陛下の良きように」と答えた。
その顔はニッコニコ、満開の笑顔だった。
これで、オリエは日本に帰れるのである。
家族や彼ピの待つ、懐かしの故郷へ!
「うう……まだたんこぶが痛ぁい」
王妃が情けない声を上げて、被っている簡易ティアラの端をなでなでしている。腫れが当たって痛むらしい。
国王夫妻は、長いこと外交に出ていたことになっていた。
来週にも正式な帰還の宴を催す予定だ。
その場に、オリエはいない。
彼女のたっての願いにより、明日、オリエは日本に帰される。
思えばこの一年間、長いようで短かった。
オリエは晴れがましい気持ちでいっぱいだった。
「……本当に祖国に帰してしまって良いのか?婚約者や妻のいない諸侯との、縁談を取り持っても良いのだぞ?もしくは領地を授け、女領主として立っても構わぬ。王宮に残るのであれば、一級外交官として侯爵位相当の地位を約束するが」
3日前、太陽神の幻影にボコられた国王はようやく少し改心したのか、あれこれオリエを気遣いだした。
いや、全部いらん世話ですが。
「私はなにも望みません。早く日本に……元の世界に返してほしい、それだけです。あ、できれば私が誘拐された時間の直後くらいに戻してほしい。よろしくお願いします」
「誘拐……」と国王が小さく呟いた。
当たり前だよ何が救国の乙女だよ、拉致監禁に等しいんだよこのハゲナイスミドルが!とは思ったが、オリエは黙っていた。
その後も王妃が「わたくしのお友達が……」とかピィピィ騒いでいたが、国王陛下が宥めてくれた。
なんだかんだと術を使うのは王妃なので、丸め込んでくれないと困る。
「オリエ……」
オリエ帰国の話を聞いて、慌てて地方の領地から帰ってきたゴーランが、感慨深げにオリエの前に立った。
彼は各領地の兵士の戦力をその目で確かめ、足りない部分を補うという草の根活動をしていたのだ。
特に、魔物の被害が大きそうな場所を優先的に巡っている。
「今までありがとう、オリエ。いや、芋野山 織愛嬢か。あなたのおかげで王国はずいぶん良くなった。この先は、とっとと後を継いで、より一層国力を高めることに尽力しようと思う。織愛嬢、日本に帰っても、どうかお元気で」
あら、なんか今、不穏な言葉が混じっていたような気がするが、まあいいか。
「ゴーラン様こそ、ありがとうございました。あなたなくして、この『救国』が為されることはなかったでしょう。お体に気をつけて、良い治世を行ってください」
ゴーランとオリエは、がっしりと手を取り合った。
それは盟友と交わす握手で、2人の関係性を如実に語るものだった。
……そうだ、2人は頑張ったのだ。
キャッキャウフフしてたあの夫妻とは違って。
「オリエ様……わたくしも、あなたには感謝したいことがいっぱいですわ。あなたのおかげで、ゴーラン様ともっと親しくなることができました。ありがとうございました……!これからはわたくしが月の女神の階となって、ゴーラン様を支えますわ!」
キラキラした目で、ジェニファー・ラトランド公爵令嬢がオリエの手を取った。
……実を言うと、このジェニファー嬢にはちょっと不安があった。
次期王妃としては恋愛脳すぎるし、感情的になりやすすぎるし、子どもっぽい。
ちゃんと教育は受けているらしいが、大丈夫かなあ。
……とか表に出してしまうと「だから織愛ちゃんがこのまま王太子妃になればいいじゃない、ジェニファー嬢は第二王子の婚約者になればいいのよ!」とか王妃が言い出してしまうので、オリエは全てを飲み込み、
「ありがとうございます、ジェニファー嬢なら立派な王太子妃になれますよ!」
と、笑顔でヨイショするに留めた。
後ろで、彼女の父親である宰相閣下がうんうんと頷いていたので、その辺りはこの腹黒そうなおじさまに全部ぶん投げることにしよう。
オリエは表向きには、故国の情勢が思わしくなくなり、このままバルシリウムに留まることが難しくなったため、婚約者の座をジェニファーに譲って、帰国するという筋書きになっていた。
譲るも何も、最初っから偽装婚約でしたけどね。
後でとやかく言われないように、人と付き合うのも最小限にしていたし、大々的な婚約者交換の発表もしていなかったので、王宮外のほとんどの人間は、ずっとジェニファーが第一王子の婚約者だったと認識しているはず。デートも二人で行ってたし。
来週の国王夫妻の帰還の宴で、正式に立太子の宣言がなされれば、誰もオリエ・ラトランドなる令嬢のことなど、思い出さなくなるだろう。
それでいいのだ。
救国の乙女はクールに去る。
礼拝堂を辞してから、オリエは関係者に軽く挨拶をして回った。
すでに根回し済みだったので、明日の早朝に帰国の途につくことだけ告げる。
1年しか付き合いのない王宮内の人々は、別れを惜しみつつも深追いして来なかった。
帰るんですか?また会えたらいいですね!程度の軽いやり取りをして、付け焼き刃のカーテシーで挨拶した。
その足でオリエが向かったのは、神殿の聖女の館。
「オリエ様!明日、帰ってしまわれるのですか?」
筆頭聖女用の私室に入るなり、金髪の小さな聖女が悲しそうに言った。
「シンシア様……」
思わずオリエは相好を崩した。
初めて見た時よりずっと健康そうで、背も伸びて、肉付きも良くなった彼女を見るたび、泣きそうになってしまう。
「名残惜しいですわ、オリエ様。オリエ様には、たくさんたくさんお世話になりました……お国に帰っても、お手紙をお送りしていいですか?」
おい、これ以上泣かすなや。
遠い遠い国なので、手紙は届かないことを伝えると、そうですか、と悲しげにうつむいた聖女を、オリエはそっと抱き締めた。
「バルシリウム王国との友好を築いたことで、これからシンシア様に褒章が下されます。臆さず受け取ってくださいね。……どうか、お元気で暮らしてください、シンシア様」
「オリエ様……!わたくし、このご恩は忘れませんわ!オリエ様のこと、ずっとずっと忘れません!どうか幸せにお暮らしくださいませ……!」
そのまま抱き締めあって、二人してわんわん泣いてしまった。
バルシリウムを救ったのは、実質的にはシンシアだと言っても差し支えないだろう。
謙虚な彼女はそれを認めないだろうが、異世界に召喚されてすぐ、ささくれだっていたオリエの心を救国に向かわせたのは、間違いなくシンシアだった。
シンシア自身も、オリエがいなければどうなっていたことか。
二人はお互いに同じ思いを抱いて、鼻水を垂らして泣いた。
(あなたがいてくれて、良かった)
やがて泣き止んだふたりは、苦笑いしながら顔を拭いて、それから改めて別れの挨拶を交わした。
神殿を後にするオリエに、シンシアはずっと手を振っていた。
どうか、幸せに。
翌日、良く晴れた空に朝日が昇った時、王宮の裏の廃神殿から、朝日に負けない程の光が立ち上って、空に弾けた。
バルシリウム王国の青い空は、どこまでも高く澄み渡っていた。
ようやく終わりまで近付きました!
あとはエピソード1話で終わりです!
ぼちぼち更新しますので、どうか最後までお付き合いいただけるとありがたいです!