表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/31

23、ボーン・トゥ・ザ・アス(後編)

続きです!


「ワアアアアアアアア!?」


『グワアアアアアアア?!』


薄汚い悲鳴が2つ上がった。


マークス・エルロットは片眼鏡を装着して、現状を把握しようと目を見張った。


「……オリエ様。アレ、見えてますか」


低い声で尋ねると、オリエが目を細めて答えた。


「……見えてますね。何ですかねこれ、悪夢ですかね」


2人は目の前に転がる怪異を、信じられないといった目で凝視した。


「何だこれええ、俺のケツから、オッサンの頭が出てるうう!!!!」


ブラストの悲鳴は、今までの罵倒よりか細く、高い声だった。


『誰がオッサンじゃああ!俺が死んだ時は今のお前と同じくらいだったわ!あと、オッサンじゃなくてお父さんと呼ばんか親不孝者が!!』


ものすごい勢いでオッサンの頭に言い返され、ブラストの混乱は極まった。


「ええええ、じゃあ俺のケツからお父さんが出てるってことおお!?なにそれえええ??!!」


全身を薄く白い光に包まれたブラストの尻から、にょろんと白い管のようなものが垂れ下がっており、その先が風船のように膨らんでいる。


よく見ればそれは、うっすら透けている人間の頭部だった。


恐怖!尻から頭だけ出ているオッサン!


そのエクトプラズムだか何だかは、宿主?のブラストによく似た面差しをしていた。


「ええと……あなたは、お兄様の本当のお父様、なんでしょうか?」


この場でひとりだけ冷静なシンシアが話しかけると、オッサンの頭はジタバタともがいた。


「ピエエエ急に動かないでくださいい尻があああブエエエ」


「絵面がエグい……」


悲鳴を上げるブラストに、アンヌが顔をしかめて呟いた。


『近寄るなあああ!!あと、それ以上聖なる光を放つんじゃあないっ!!成仏してしまうだろうがっ!!クソッ、シンシア、お前を生かしていたからこんなことにっ!!あの時、ブラストが抵抗さえしなければァーッ!!』


オッサンは激昂した。


シンシアがオッサンから話を聞き出してみると、この怪異の正体はブラスト・パーツの実の父親で、ジェームズ・パーツという男の霊魂だそうだ。


彼はシンシアの母親でもあるマリリア・ヘイブンと付き合い、子まで成したが、子持ちのマリリアが鬱陶しくなり、2人を見捨てて遁走。


その後、新しい女に捨てられたジェームズが故郷に帰った時、マリリアがクロフ男爵に見初められ、子供ごと領地に引き取られていると知るや、金をせびりに行った。


結果、男爵の手勢から袋叩きに合い、ごろつきの仕業と見せかけて、沼に沈められたという。


『俺は殺されて、悪霊になった……あの時、誓ったんだ!息子のブラストに取り憑いて、復讐をしてやると!!』


いや、なんか悲劇っぽく語ってますが、全部オッサンの自業自得ですがな、あと息子巻き込むなや、とオリエは脳内で密かに突っ込んだ。


沼に沈められた数年後、クロフ男爵が子を成さないまま没して、男爵の兄に領地から追い出されたマリリアとブラストは、妻を病気で亡くしたばかりのリギンズ男爵に引き取られた。

マリリアはとにかく美人だったので、子連れでも引く手あまただったらしい。


2年後にはシンシアが生まれた。


『今度こそ領主になってやろうと思ったのに、女とはいえガキが生まれた……始末しようとするたび、ブラストのヤツが邪魔しやがって!』


シンシアが5歳の時に、男爵夫妻は船の事故で亡くなった。シンシアは、わななきながら尋ねた。


「まさか……クロフ男爵や、お父様とお母様を……あなたが害したのですか……?」


『え、無理。クロフ男爵は酒の飲み過ぎだったし、あんなデカい船、俺がどうこうできるわけないだろ……一介の悪霊に、夢を持ちすぎないでくれるか』


「あ、はい、すいません」


シンシアはほっとして、何故か謝った。


……こいつ、口で言うほどたいした悪霊じゃないぽいな。

漂う雑魚臭に、オリエは思わず「ざーこwざぁこww」と煽ってしまいそうになる。


『おいお前、今、俺を雑魚だと思ったろ!?俺はこれでも、しつこさだけには定評があるんだからな!!ちょっとやそっとじゃ成仏しないぞ?!』


オッサンはキャンキャン吠えた。

誰からの定評なんだよと思いつつ、『恐怖!尻から出てるオッサン』という怪異と、その宿主をどうしたもんかと頭を悩ませるオリエの前で、シンシアは静かにブラストに近寄った。


「……つまりあなたは、実の息子であるお兄様を使って、自分の欲望を叶えようとしたのですね?」


シンシアの問いに、不機嫌そうに悪霊が答えた。


『はああ?!俺の息子をどうしようと、俺の勝手ですけど?!だいたい、コイツとマリリアがもっとうまくやってれば、俺は死なんで済んだし、クロフ領で左団扇で暮らせたんだ!この役立たずどもが全部悪い!!』


シンシアのこめかみが、ピクリと引き吊る。


この悪霊の影響を、兄がどこまで受けていたかはわからない。


しかし、シンシアの記憶に残る昔の兄は、こんな風に妹に対して悪意を剥き出しにしていなかったと思う。


……幼い妹を害さないよう、悪霊に抗う程度には。


シンシアは無言で、鉄格子越しにブラストに手を伸ばした。

そして、ガシッと、尻から頭だけ出ているオッサンの頭を鷲掴む。


「ないしちょっと!ぐわんたれきっさね!!」


あわててアンヌがシンシアを止めようとするが、シンシアは聞かなかった。


『グエエエ!な、何をする、放せええ!!』


「ジェームズ様。わたくし、別にあなたを排除しようとして、お兄様に『願った』わけじゃありませんわ。あなたがお兄様に取り憑いているなんて、わたくし、これっぽっちも気付いてませんでしたし」


特に悪感情のこもっていない口調で、シンシアは淡々と話した。

しかし、その手のひらに籠められた力には、明らかに害意があった。

1ヶ月の筋トレの成果が、そこに集積されている。


「でもね、ジェームズ様。わたくし、先ほどはお兄様の心の安寧を願いましたの。過酷な状況の中でも、お兄様が健やかでありますようにと」


ビキッとシンシアの腕の関節が音を立てた。


「……あなたは、お兄様の安寧を脅かす存在ですわ。だからわたくしの『願い』によって、お兄様の体から押し出された。……これが『聖女の祈り』であれば、あなたは一瞬で魂ごと消し飛んでいたことでしょう」


『ぐ、げ、や、やめ、放』


ミシミシ。バキッ。

悪霊の苦悶と共に、何かがひしゃげる音がする。

オリエとアンヌは、見守ることしかできなかった。


「ご安心ください。これは『聖女の祈り』ではありません。だからたぶん、転生くらいはできると思います」


ニコリと笑うシンシアに、悪霊は何を感じたろうか。


「……行き先が、『終わりの国(インフェルノ)』でなければ、ですが」


言うなり、シンシアは掴んだ手をぐいっと引いた。


その勢いのまま、ズルルッと悪霊が勢いよく引きずり出されていく。


『ギャアアアアアアアアア!!』


「%§〒●○□◎&♯%★☆¶***ーッ!!」


2つの悲鳴が響いた。


ひとつは薄暗い地下牢に響いて消え、ひとつは薄汚れた石の床に横たわる男の口から吐き出されて、消えた。


「むごい」


オリエが呟いて、手のひらを合わせた。

それは彼女の故国の祈りの動作だったが、何故かアンヌにも意味が通じたらしく、感慨深げに同じポーズをしている。


シンシアは手のひらの中に残ったわずかな残骸を、入念に握りつぶしてから、オリエたちに向き直った。


「わたくしは、ローゼステスに行ってから、強くなろうと心に誓ったのです。……わたくし、強くなれたでしょうか?」


その問いに答えたのは、微笑を浮かべたマークス・エルロットだった。


「ええ。あなたは、大変にお強くなられました」


彼の言葉に、シンシアは破顔した。


(いや、強くなりすぎでは……?)


オリエとアンヌは内心でそう思ったが、口には出さなかった。


鉄格子の中には、憐れなアラサー男性がひとり、ひっそりと白眼を剥いて意識を失っていた。ちーん。



夜が開けたらなるべく更新します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 〈いや、強くなりすぎでは……?) 括弧の種類が別々だが?
[気になる点] シンシアさんのお兄さんが本当に悪い人なのか、操られてただけなのか気になります。 あと遁走もふりがなお願いします。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ