23、ボーン・トゥ・ザ・アス(後編)
続きです!
「ワアアアアアアアア!?」
『グワアアアアアアア?!』
薄汚い悲鳴が2つ上がった。
マークス・エルロットは片眼鏡を装着して、現状を把握しようと目を見張った。
「……オリエ様。アレ、見えてますか」
低い声で尋ねると、オリエが目を細めて答えた。
「……見えてますね。何ですかねこれ、悪夢ですかね」
2人は目の前に転がる怪異を、信じられないといった目で凝視した。
「何だこれええ、俺のケツから、オッサンの頭が出てるうう!!!!」
ブラストの悲鳴は、今までの罵倒よりか細く、高い声だった。
『誰がオッサンじゃああ!俺が死んだ時は今のお前と同じくらいだったわ!あと、オッサンじゃなくてお父さんと呼ばんか親不孝者が!!』
ものすごい勢いでオッサンの頭に言い返され、ブラストの混乱は極まった。
「ええええ、じゃあ俺のケツからお父さんが出てるってことおお!?なにそれえええ??!!」
全身を薄く白い光に包まれたブラストの尻から、にょろんと白い管のようなものが垂れ下がっており、その先が風船のように膨らんでいる。
よく見ればそれは、うっすら透けている人間の頭部だった。
恐怖!尻から頭だけ出ているオッサン!
そのエクトプラズムだか何だかは、宿主?のブラストによく似た面差しをしていた。
「ええと……あなたは、お兄様の本当のお父様、なんでしょうか?」
この場でひとりだけ冷静なシンシアが話しかけると、オッサンの頭はジタバタともがいた。
「ピエエエ急に動かないでくださいい尻があああブエエエ」
「絵面がエグい……」
悲鳴を上げるブラストに、アンヌが顔をしかめて呟いた。
『近寄るなあああ!!あと、それ以上聖なる光を放つんじゃあないっ!!成仏してしまうだろうがっ!!クソッ、シンシア、お前を生かしていたからこんなことにっ!!あの時、ブラストが抵抗さえしなければァーッ!!』
オッサンは激昂した。
シンシアがオッサンから話を聞き出してみると、この怪異の正体はブラスト・パーツの実の父親で、ジェームズ・パーツという男の霊魂だそうだ。
彼はシンシアの母親でもあるマリリア・ヘイブンと付き合い、子まで成したが、子持ちのマリリアが鬱陶しくなり、2人を見捨てて遁走。
その後、新しい女に捨てられたジェームズが故郷に帰った時、マリリアがクロフ男爵に見初められ、子供ごと領地に引き取られていると知るや、金をせびりに行った。
結果、男爵の手勢から袋叩きに合い、ごろつきの仕業と見せかけて、沼に沈められたという。
『俺は殺されて、悪霊になった……あの時、誓ったんだ!息子のブラストに取り憑いて、復讐をしてやると!!』
いや、なんか悲劇っぽく語ってますが、全部オッサンの自業自得ですがな、あと息子巻き込むなや、とオリエは脳内で密かに突っ込んだ。
沼に沈められた数年後、クロフ男爵が子を成さないまま没して、男爵の兄に領地から追い出されたマリリアとブラストは、妻を病気で亡くしたばかりのリギンズ男爵に引き取られた。
マリリアはとにかく美人だったので、子連れでも引く手あまただったらしい。
2年後にはシンシアが生まれた。
『今度こそ領主になってやろうと思ったのに、女とはいえガキが生まれた……始末しようとするたび、ブラストのヤツが邪魔しやがって!』
シンシアが5歳の時に、男爵夫妻は船の事故で亡くなった。シンシアは、わななきながら尋ねた。
「まさか……クロフ男爵や、お父様とお母様を……あなたが害したのですか……?」
『え、無理。クロフ男爵は酒の飲み過ぎだったし、あんなデカい船、俺がどうこうできるわけないだろ……一介の悪霊に、夢を持ちすぎないでくれるか』
「あ、はい、すいません」
シンシアはほっとして、何故か謝った。
……こいつ、口で言うほどたいした悪霊じゃないぽいな。
漂う雑魚臭に、オリエは思わず「ざーこwざぁこww」と煽ってしまいそうになる。
『おいお前、今、俺を雑魚だと思ったろ!?俺はこれでも、しつこさだけには定評があるんだからな!!ちょっとやそっとじゃ成仏しないぞ?!』
オッサンはキャンキャン吠えた。
誰からの定評なんだよと思いつつ、『恐怖!尻から出てるオッサン』という怪異と、その宿主をどうしたもんかと頭を悩ませるオリエの前で、シンシアは静かにブラストに近寄った。
「……つまりあなたは、実の息子であるお兄様を使って、自分の欲望を叶えようとしたのですね?」
シンシアの問いに、不機嫌そうに悪霊が答えた。
『はああ?!俺の息子をどうしようと、俺の勝手ですけど?!だいたい、コイツとマリリアがもっとうまくやってれば、俺は死なんで済んだし、クロフ領で左団扇で暮らせたんだ!この役立たずどもが全部悪い!!』
シンシアのこめかみが、ピクリと引き吊る。
この悪霊の影響を、兄がどこまで受けていたかはわからない。
しかし、シンシアの記憶に残る昔の兄は、こんな風に妹に対して悪意を剥き出しにしていなかったと思う。
……幼い妹を害さないよう、悪霊に抗う程度には。
シンシアは無言で、鉄格子越しにブラストに手を伸ばした。
そして、ガシッと、尻から頭だけ出ているオッサンの頭を鷲掴む。
「ないしちょっと!ぐわんたれきっさね!!」
あわててアンヌがシンシアを止めようとするが、シンシアは聞かなかった。
『グエエエ!な、何をする、放せええ!!』
「ジェームズ様。わたくし、別にあなたを排除しようとして、お兄様に『願った』わけじゃありませんわ。あなたがお兄様に取り憑いているなんて、わたくし、これっぽっちも気付いてませんでしたし」
特に悪感情のこもっていない口調で、シンシアは淡々と話した。
しかし、その手のひらに籠められた力には、明らかに害意があった。
1ヶ月の筋トレの成果が、そこに集積されている。
「でもね、ジェームズ様。わたくし、先ほどはお兄様の心の安寧を願いましたの。過酷な状況の中でも、お兄様が健やかでありますようにと」
ビキッとシンシアの腕の関節が音を立てた。
「……あなたは、お兄様の安寧を脅かす存在ですわ。だからわたくしの『願い』によって、お兄様の体から押し出された。……これが『聖女の祈り』であれば、あなたは一瞬で魂ごと消し飛んでいたことでしょう」
『ぐ、げ、や、やめ、放』
ミシミシ。バキッ。
悪霊の苦悶と共に、何かがひしゃげる音がする。
オリエとアンヌは、見守ることしかできなかった。
「ご安心ください。これは『聖女の祈り』ではありません。だからたぶん、転生くらいはできると思います」
ニコリと笑うシンシアに、悪霊は何を感じたろうか。
「……行き先が、『終わりの国』でなければ、ですが」
言うなり、シンシアは掴んだ手をぐいっと引いた。
その勢いのまま、ズルルッと悪霊が勢いよく引きずり出されていく。
『ギャアアアアアアアアア!!』
「%§〒●○□◎&♯%★☆¶***ーッ!!」
2つの悲鳴が響いた。
ひとつは薄暗い地下牢に響いて消え、ひとつは薄汚れた石の床に横たわる男の口から吐き出されて、消えた。
「むごい」
オリエが呟いて、手のひらを合わせた。
それは彼女の故国の祈りの動作だったが、何故かアンヌにも意味が通じたらしく、感慨深げに同じポーズをしている。
シンシアは手のひらの中に残ったわずかな残骸を、入念に握りつぶしてから、オリエたちに向き直った。
「わたくしは、ローゼステスに行ってから、強くなろうと心に誓ったのです。……わたくし、強くなれたでしょうか?」
その問いに答えたのは、微笑を浮かべたマークス・エルロットだった。
「ええ。あなたは、大変にお強くなられました」
彼の言葉に、シンシアは破顔した。
(いや、強くなりすぎでは……?)
オリエとアンヌは内心でそう思ったが、口には出さなかった。
鉄格子の中には、憐れなアラサー男性がひとり、ひっそりと白眼を剥いて意識を失っていた。ちーん。
夜が開けたらなるべく更新します!