22、ボーン・トゥ・ザ・アス(前編)
お待たせしました!
再開します!
「兄と、会います」
そう答えたのは、シンシア自身だ。
「シンシアっ!この恩知らずがぁ!12年も無駄飯喰わせてやった恩を仇で返しやがって!!お前なんか殺しておけば良かったんだ!!あれっぽっちの遺族年金のために、お前みたいなクズを生かしとくこたぁなかったんだ!!」
……会うなり『クズはテメーだよ』と切り返したくなる罵詈雑言を飛ばしてきたのは、その兄、ブラスト・リギンズであった。
いや、正確にはブラスト・パーツか。
「「◯◯ばつんごってやりもんそか?」」
「◯◯をへし折ってやりましょうか?」
地下牢に付き添ってくれたマークス・エルロットとアンヌ、オリエが見事にハモったので、シンシアは首を真横にブンブンと振る。
※◯◯にはお好きな言葉を入れてください。
シンシアが聖女に選ばれ、ローゼステス国のステイシア施療院に送られてから半月後、王宮の調査により、リギンズ領主・ブラストの不正が発覚した。
追い討ちをかけるように、ステイシア施療院から『シンシア・リギンズ男爵令嬢の虐待の痕跡について』という報告書が送付され、更に罪は上乗せされた。
「お兄様……」
すえた匂いのする地下牢は、明かり取りの窓すらない。
薄暗い鉄格子の奥、鎖で両足を繋がれ、やつれた顔で目だけらんらんと輝かせながら罵倒を続ける兄は、とても話が通じるようには見えなかった。
そう、シンシアが今何を言っても、兄の耳には届かないだろう。
シンシアはため息をついた。
「……オリエ様。わたくし、オリエ様の言いつけを守って、ずっと『聖女の祈り』を捧げることを封じてきました」
「……シンシア様?」
ブラストに対して青筋を浮かべていたオリエが、シンシアの呼び掛けに反応する。
「……わたくしが今、お兄様にできることは、『聖女の祈り』ではありません……お兄様が心の平穏を得られるように『願う』こと、ただそれだけですわ……」
『聖女の祈り』は、術式が決まっており、ある一定の奇跡を行うためのものだった。
豊穣の雨を降らせたり、国境に外敵を阻む結界を張ったり、怪我人を癒したりポーションを作ったり。
それらは国家のための技術で、魔力もかなり使う。
対して、『願い』は、魔力を消費しない。
この世に生まれ落ちた人々全てが、朝な夕なに捧げる、単純な祈りそのものだ。
通常であれば誰にも咎められるはずのない行為も、魔力が人より高いシンシアが行えば、何かしら奇跡に近いことが起きてしまうらしい。
『聖女の祈り』に比べればかなり威力は低いが、ローゼステスの王都に起きたことを思えば、慎重にならざるを得ない。
……ましてや、刑の確定した罪人に対して行うとなれば、なおさら。
シンシアは胸の前で手を組み、オリエを見上げた。
「許されましょうか?オリエ様。兄のために『願う』……祈ることを」
切なげに聞かれて、オリエはぐぬぬと唸る。
「こんな底辺野郎のために、シンシア様がそこまでしなくても……ああっ、でもシンシア様なら、兄君にそうしますよね…………仕方ない、許します、許しますよ……」
さも不満ですとばかりに歯をギリギリと食い縛りながら、オリエは許可を出した。
「ありがとうございます!」
ふわりと笑って、シンシアは兄に向かって両手を合わせ、跪いた。
そしてそのまま、願う。
彼の心に、安寧が訪れますように。
刑が執行され、開拓地に送られた後も、体に気をつけて、健やかにすごせるようにと。
(わたくしは、怠惰でしたわ。全てから目を反らして、何も考えず……わたくしは、傲慢でしたわ……自分さえ我慢していれば、全てうまくいくと信じて、何もせず)
その結果がこれだ。
シンシアが声を上げていれば、何かが変わったかもしれない。
逃げるばかりでなく、兄と向き合えていれば。
……そうすれば、自分も兄も、もっと違う形で助け合えたかもしれないのだ。
「己が為したことならば、お仕置きを受けねばなりませんね……」
シンシアが呟いた。
すると、彼女の体が真っ白な輝きを放ち始めた。
「これは……?!」
オリエが怯んで、マークス・エルロットがオリエとアンヌを庇うように前に出る。
輝きはどんどん強くなり、やがて真っ直ぐな一条の光となって、ブラストに注がれ――――
…………そして、地獄が始まった。
もう1話上げます!