16、不穏な影
今日は2話上げます!
王宮サイドの話になります。
バルシリウム王国の王都・某酒場にて。
某王宮勤めの某役席の男は、安いビール片手にくだを巻いていた。
彼は最近大幅な減給を言い渡され、こんな安酒場で安酒を食らうことでしか、うさを晴らすことができなかった。
ちなみにここではワンコインで中ジョッキ2杯飲める。あと、つまみがめちゃくちゃ安い。アスパラにベーコンを巻いて焼いたものとか、キノコの塩コショウ炒めとかだが、ヘルシーな上にうまい。
(……いや、でも、これはこれで悪くないかもなあ……)
ふと、男は思う。
高給取りでぶいぶい言わせてた頃は、仕事が引けてから毎晩のようにキレイなお姉ちゃんがいるお店に行って、高いワインやシャンパンを開けていた。
しかし、贈収賄がバレて給料や貯金の差し押さえをくらい、わずかな給料でやりくりしていかなければならなくなった。
幼い息子を抱える妻に、事実を伝えるのは非常に苦しかった。
が、いざ打ち明けてみると、妻はあっけらかんとして、
「やっちゃったもんはしょうがないでしょ。給料減らされたって言ったって、そこらの平民よりはよっぽどもらってるわよ。大丈夫、あなたが週に1度くらい飲みに行けるよう、ちゃんとやりくりするから」
そう言って、実家から受け継いでいた証券を元手に、小さな商売を始めた。
魔石式のボイラーを買って小屋を作り、宿屋や寄宿舎などからリネンの洗濯を請け負って、貧困層の寡婦や元娼婦などを雇って働かせた。
素晴らしく儲かるというわけでもないが、それなりに収益を上げ、雇っている女たちにも、日々のパンにありつけるくらいの給金を、日払いで支給できている。
早く家に帰るようになった男は、幼い子供の相手をしたり、妻の商売の帳簿のチェックやアドバイスをしたり、簡単な夕食を作るなどして、家族と密に過ごすようになった。
今はまだ、糾弾され減給されたことに対して、メラメラと怒りや怨恨の炎が燃える時もあったが、少しずつ頻度が下がりつつあることを感じる。
不正に使った金額を給金から補填できれば、また元の待遇に戻してもらえるらしい。
(……そんなに悪い状態でもないかもなあ)
男はピックで皿に残っていた最後のキノコをつまみ、ジョッキのビールを飲み干して、「ご馳走さま」と料金とチップを置いて、席を立った。
まいどありー!という陽気な酒場女の声が返ってくる。
かつて男が通っていた店の綺麗所とは、比べようもないほど粗野な女だが、今はその色気も素っ気もない、フラットな接客が好ましく感じられた。
さて家に帰って、お湯で体を拭いて、妻と子供の寝顔を見てから寝るか、と思いながら出口に向かうと、
「あの小娘め……!異国から来た野蛮人の分際で、何が次期王妃か!今日こそ目に物見せてくれるわ!」
「フン、所詮余所者の養女だ。ラトランド公爵も、実の娘可愛さにとやかく言うまいて。なんせあの小娘は、公爵令嬢を差し置いて、月の女神の階をぶん盗った女だからな!」
「ゴーラン王子殿下を誑かして婚約者に収まった女を、今は外交に出ている国王が許すはずがない!我々は国王に代わって、あの悪女に正義の鉄槌を振り下ろす、法の守護者なのだ!」
何やら不穏なワードが耳に入った。
気付かれないように柱に隠れて見れば、自分と同じく更迭されたメンツと、元司祭たちが卓を囲んでいる。
すっかり装いがみすぼらしくなっていて気付かなかったが、相手も同じ理由で自分に気付かなかったのだと思われた。
どうする、と男は悩む。
奴らは明らかに何か企んでいて、決行日は今日のようだ。
憲兵に知らせれば、企みは暴かれるかもしれない。
だが、自分も正直に言えば、あの女には恨みがある。
オリエ・ラトランド公爵令嬢。
数ヶ月前に、突然、第一王子の婚約者に成り上がり、行政に口出ししてきた厄介な女だ。
あの女さえいなければ、自分はまだまだ歓楽街で、シャンパンを飲みながら王さまゲームに浸っていられたのに。
男は、安いビールの後味が残る唇を引き結び、その場に立ち尽くした。
続きます!