15、リハビリをしました
シンシア視点です。
リラの花を見た翌日から、わたくしはリハビリを本格的に開始しました。
「お嬢様、ご無理をなさらないでくださいね」
メイドの方たちが心配そうに見守ってくださいます。
でも、大丈夫です!
わたくしは毎日大神殿の床・壁・窓を2時間かけて磨き上げ、神像を清めてきたのですよ!
2ヶ月ゆっくりさせていただいて、すっかり萎えてしまいましたが、身体は筋肉を忘れておりませんわ!
朝は、日が昇る頃に起きます。
アカハラやルリビタキの声が、夜明けを告げてくれますわ。
ベッドから起きてカーテンを開け、まだ薄暗い空を眺めてから、窓を開けてベランダに出ます。
東の空にひざまずいて、昇る朝日に向け、感謝の祈りを捧げます。
あっ、これはいわゆる『聖女の祈り』とは違いますわ。
聖女の祈りは身体に宿る魔力を使って、定められた形式の通りに太陽や月に向かって『放出』する感じですが、今わたくしが捧げているのは、純粋な感謝の気持ちです。
空や大地、風、水、……この世界、全てを生かしてくださる神々に対しての感謝です。
ふかふかのお布団に美味しい食事、優しくしてくださる皆様にも、感謝をいたします。
そのまま日が昇りきるまで祈っておりますと、メイドの方が、朝の支度のお手伝いにいらしてくれます。
顔を洗い、口をゆすぎ、夜着から服に着替え、髪を整えていただきます。
これらは、今は全ておまかせしておりますが、いずれ、全て自分でするつもりでおります。
来月には、また元の生活に戻るのですから。
体を暖めるハーブティーをゆっくりいただいて、軽く散歩をしてから、朝食をいただきます。
今日のメニューは、刻んだカブや玉ねぎをブイヨンで煮込んだ麦粥と、ウメボシです。
ウメボシはわたくしの好物ですので、リクエストいたしました。
酸っぱさがアクセントになって、とても美味しゅうございました。
食後はゆっくりして、8時半になりましたら、お勉強の時間です。
これもわたくしのリクエストです。
恥ずかしながら、わたくし、自宅に月一回しか先生が来なかったので、読み書きはギリできますが、歴史や算数となると、サッパリなのでした。
余暇に何かしたいことはありますか?と聞かれた時に、勉強がしたいですとお答えしました。
けして出来が良いとは言えないわたくしに、根気よく勉強を教えてくださる先生には、感謝するばかりです。
お勉強が終わったら軽くお茶をして、またお散歩に行きます。
お散歩が終わったら昼食です。
『たんぱく質を取るように』と指示されておりますので、豆のスープとふわふわオムレツ、ハーブで蒸したお魚、温野菜に、小さなパンか、蒸したじゃがいもをいただきます。
わたくし、じゃがいもが美味しくて、いつもだいたいじゃがいもをお願いしてしまいます。
食事の後は、やはりゆっくりして、メイドの方とお話したり、本を読んだり、庭の花を眺めたりしてから、お昼寝をします。
このお昼寝がとても気持ちよくて、国に戻っても習慣にしてしまいそうで、ヤバいですわ……司祭様にどやしつけられてしまいますわ…。
お昼寝から覚めましたら、午後のお茶を楽しみ、運動着に着替えまして、夕方まで筋トレに励みます。
まずスクワットですわ。
ひたすら300回ほど無心で行います。
それから腕立て伏せ、ランジ、ヒップリフト、クランチと続きまして、ツイストクランチ、レッグレイズ、アイソメトリクス・レッグアダクション、カーフレイズをこなします。だいたい300回ずつですわ。
仕上げはドローイングです。
吸っては吐くだけのこの動作で、気付いたら日が暮れていることもよくありました。
終わったら汗だくですので、軽く湯浴みをして、マッサージをしてもらってから、夕食をいただきます。
鶏肉と大根を煮込んでネギを散らしたスープ、中に黒い豆の甘くない餡が入ったふかふかの蒸しパン、酸味の利いたオレンジのゼリーなどで、腹八分目に止めます。
実家でも神殿でも、甘いものやお肉をほとんど食べて来なかったので、たくさん食べ過ぎるとお腹を壊してしまうわたくしは、野菜とお魚中心の食事をいただいておりました。
油がきついものより、シンプルに食材を蒸したり焼いたりするメニューが多いです。
わたくしは、生野菜や生フルーツもあまり得意ではありません。
お茶の時間のお菓子も、バターやチョコレートを使っているものは気持ちが悪くなることがあるので、コンポートやゼリーを作ってもらいました。
何故かそのたびにコックさんが「おいたわしい……」と涙ぐまれますが。
夕飯後は、ナースメイドの方たちと今日1日の活動を振り返って日誌を付け、ナイトキャップに暖かいハチミツミルクを少しいただいてから、夜着に着替えて眠ります。
ふかふかのお布団に潜り込むと、秒で眠り込んでしまいますわ。
……こうして見ると、本当に1日中、ゆっくりと過ごさせていただいてますわね……。
おかげ様で、気力・体力ともにメキメキ回復しているようです。
国にいたころのわたくしは、セラニー医師いわく『脳内麻薬がドバドバ出てハイテンションになっていただけで、身体も精神もギリギリの状態だった』そうですわ。
確かに、この施療院に来て数日経った後、反動が来たのか倒れてしまい、半月くらいの記憶が曖昧です。
ひたすら流動食の摂取と湯浴みとマッサージをされて、後は泥のように眠るだけの日々でした。
あれから2ヶ月以上経ち、全てが復調してくると、以前の私がどれだけズタボロだったかわかります。
皆さんから大切にされて、ブラスト兄様や、司祭の方々がわたくしにしてきたことがどういうことなのか、出来が悪いわたくしの頭でも、理解できてきました。
……わたくしは、虐げられてきたのですね。
そしてそれを深く考えず、許容してきたのです。
ラトランド公爵令嬢は仰いました。
『自分が為されたことをよくよく考えてくださいましね?』と。
「……わたくしは、むしろ『何も為さなかった』のですわ……物を考えず、叱られないように言いなりになって……」
鞭を恐れて、小さくなっていたのです。
お父様とお母様が亡くなられてからは、そうして生きるしかなかったのですから。
「……でも、これからは、考えなくては」
この施療院に送ってくださったラトランド公爵令嬢、王子殿下、わたくしを大切にしてくださった施療院の方々、そして、お父様、お母様のためにも。
「わたくし、頑張りますわ……!」
筋トレに汗を流しながら、わたくしは決意を新たにしたのでした。
続きは明日になります!