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阪下駅のおにぎり屋

 出張でとある地方都市にきた南祐二は早々と商談を終え、二十数年ぶりに学生時代の最寄駅だった阪下さかした駅にむかっていた。阪下駅構内にあった立食い形式のおにぎり屋で、午前五時半から十時まではおにぎり一個注文するとサービスでもう一個付いてきた。大学生の祐二にとっては有り難いサービスだった。出来れば卒業まで利用したかったのだが、ある事がきっかけでそのおにぎり屋に足を運ばなくなってしまったのだ。


 祐二が大学四年生の時、中年女性店員の代理として大学三年生の北川奈々が祐二の接客をした。年齢の近い二人はすくに「祐二君」「奈々ちゃん」と呼び合う仲になった。奈々から「シェルブールの雨傘」と言うフランス映画を観に誘われた祐二は、待合せ場所で背中に強い衝撃を受けた。奈々の悪戯だった。少し怒った祐二にホテルの鍵を提示した奈々は、祐二の左腕に身体を押し付けて映画館へと向かった。映画鑑賞後、二人は最初で最後の一夜を過ごした。翌朝、奈々の姿はなく、おにぎり屋も既に辞めていた。店長から奈々は家業の都合で結婚が決まっていると聞かされ、祐二は奈々への思いを断ち切るべく、おにぎり屋に足を運ばなくなり、大学卒業と共に上京した。


 二十数年ぶりに来た阪下駅構内におにぎり屋はなく、自動販売機コーナーとなっていた。無駄足だったかと立ち去ろうとする祐二の前を二十代前半とおぼしき女性が通りすぎた。「奈々ちゃん?」祐二は目を疑った。その女性を目で追うと「お父さんが車で待ってるから!」と聞き覚えのある声が祐二に届いた。声の主を確認すべく身を乗り出す祐二。その視線の先には母となった奈々がいた。娘を車へ向かわせた奈々は背中を押す仕種で祐二に挨拶をした。祐二が奈々に近づいていいものか悩んだ時、スマホの着信音が響いた。「シェルブールの雨傘」のテーマ曲である。祐二は奈々に聴こえるように応答した。「何だ、お前か? えっ! 途中で名古屋に寄ってういろう買ってきてくれ? 馬鹿! あれ洒落にならない位重たいんだぞ」祐二と奈々は各々家庭を持って幸せに暮らしている事を確認し、言葉を交わす事なく一礼して阪下駅から立ち去っていった。翌日、祐二は妻からの依頼に応えるべく、名古屋駅に寄りういろうを購入したのである。

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