第一話 若返りし老剣士
「ゴホッ、ゴホッ……」
自分の部屋のベッドの上で、ワシは最後の時を待っていた。
「天下に敵なしとまで言われたワシを殺すのが病じゃったとはなあ……」
ついこの間までまだ元気じゃと思っていたのに、たかが風邪と侮って放っておいたのがいかんかったか……。
「ああ、悔しいのう……もっともっと強い奴らと戦いたかったのに」
最強の男を志した15から70も過ぎた今まで、ワシはひたすら剣の修行と強敵との戦いに明け暮れた。
今も心の中ではまだ見ぬ強者と戦いたいという意思は失われておらぬ。
だが、この身体ではそれも叶わぬじゃろう……。
「あぁ……眠ろう」
もはやこれまでと目を閉じようとした瞬間、目の前の空間がまばゆく輝きだす。
「なっ!?」
突然のことにワシは何もできず、そのまま光の中へと飲み込まれていった。
「ここは……?」
さっきまでベッドで寝ていたはずなのに、気づけば周りは真っ白な空間。
「ようこそファルコ。あなたをお待ちしていました」
すると後ろから優しそうな女性の声が聞こえてくる。
振り返ればそこに立っていたのは白い布を羽織って艶やかな黒髪をした絶世の美女だった。
「一体誰じゃ?」
「ふふ、私は女神シーラです」
黒髪の女性は女神を名乗ってニッコリと笑う。
「なっ!? シーラ様!?」
なんじゃと……!?
確かに目の前にいる女性は街にある神殿で見た女神シーラ様の石像とうり二つじゃが……。
「女神様が一体ワシに何の用ですじゃ?」
「ファルコン、あなたの強さは比類なきもので私が今まで出会った人間の中でも最強の戦士であったと言えるでしょう。その武勇をたたえ、英霊として神の世界へ迎えに参りました。さあ私の手を取ってとともに永遠の時を過ごしましょう」
シーラ様が手を差し伸べてくる。
これは……夢なのか?
そう思いながら手を取ろうとしたところで、ワシの頭に一つの閃きが走った。
これが夢ならばそのまま死ぬだけのことじゃ。
だがもし、目の前にいるのが本当に女神であるならば……。
ワシがもう一度戦えるよう少しばかりあがいてみるとするかのう。
「女神様……ワシのような凡人にそのような栄誉あることは勿体なきこと……どうか他の者を選んでくだされ」
「いえ、あなたほどの強さの魂を持つ人間など他にはおりません。どうか謙遜なさらず私の手をお取りくださいな」
ほほう、是が非でもワシを求めるということか。
「でしたら女神様。招きに応じる前にどうか一つだけ願いを叶えてもらえませぬか?」
「願い……ですか?」
「はい、生前にどうしても叶えたかった願いがあるのですじゃ」
女神はしばし悩んだ後、にこやかにうなずく。
「……分かりました。私にできる願いならばなんでも叶えて差し上げましょう。一体どのようなものをお望みですか?」
よし! 言質は取ったぞ!
「それでは、ワシを元気にして不老不死にしてくだされ」
「なるほど、ではその願いを……――ってなんですかそれは!?」
「なんですかと言われましてものう……ワシが生前叶えたかった願いですぞ?」
「さらっと人の理を超えるようなことを願わないでください! 危うく叶えそうになっちゃったじゃないですか!?」
ちっあと少しじゃったのか。
まぁこちらの願いは本命ではないからのう、次からが本番じゃ。
「おやぁ? 女神様はついさっき、叶えられる願いならなんでもとおっしゃっておりませんでしたかのう?」
「くっ……それは確かに言いましたが……」
「でしたらワシに不老不死を与えることもできるのでは?」
「そっそれとこれとは話が別です! そのような願いなど叶えるわけには参りません!」
「それでは女神様は嘘をつかれたということですのう……ああ、まさか女神様が人を騙すとはなんと嘆かわしきことか……」
「くっ! いけしゃあしゃあと……とにかく! 不老不死はダメです! 他の願いにしてください!」
ふっふっふ、良い感じに女神を煽れておるぞい。
「それでしたら……ワシの力はそのままに赤子へと生まれ変わらせてくだされ」
「転生ですか……それならば出来ないことはありませんが、あなたの魂を赤子に移した場合、肉体が耐えきれません。赤子に入れられるだけの魂にするにはかなりの力を削った状態になってしまいますよ?」
「むっそうなのですか……」
今まで手に入れてきた力を削られるというのはちょっと厳しいのう。
「というかよくよく考えてみればさっきからあなた、もしかして神の世界に行くのが嫌がってませんか?」
「ちっ……気づかれてしまいましたかのう」
「今舌打ちしましたね!? 女神である私に対して!」
やれやれ、思いのほか感情の豊かな女神なことじゃ。
「女神様、ワシはまだ神の世界には行きたくありませぬ」
「……なぜですか? あちらの世界では悩みや苦しみもなく、平穏な生活を永遠に享受できますのに」
「ワシにとってはそのようなものは必要ありませぬ。欲しいのは強き敵と自分の強さですじゃ」
「そうは言いますが今までのあなたは数多の強敵を打ち倒し、名声や実力も世界最強であったことは明らかです。それ以上に強くなりたいのですか?」
「はい」
「即答ですね……」
「ワシにとっては過去の栄誉なぞ取るに足らぬもの、求めるは今この時の最強の証。死に瀕した身であってもそれは変わりませぬ。もし女神様に願いが叶えられぬのならば、このままワシの存在を消し去ってくれと願うしかありませぬ」
女神はワシの想いにしばらく考え込んでいたが、やがて大きくため息をついた。
「……はぁ、決意は固そうですね。私としてもあなたほどの強き魂をみすみす手放すのは惜しい。分かりました」
女神がワシの方へ手をかざす。
「不老不死や転生などでは無理ですが、あなたの魂をできるだけそのままの形に残したまま願いを叶えるとなれば、器である肉体を若返らせるのが良いでしょう」
「なるほどのう……」
「それではあなたにつける条件ですが、若返りはこの1回きりで2度目はありません。次に私が現れた時は素直に神の世界へと来てもらいます」
「しかと心得ました」
「そして次に選択ですが、若返らせるとしてあなたが望む年齢はいつごろが良いのですか? 一応、あなたの力は出来るだけ残すつもりですが、若い年代を望むほど相応に力も削ることとなりますのでそこはよく考えてください」
「そうですのう……」
普通に考えれば最も力のあった20か30歳ごろが良いじゃろうが、ここは……。
「では15歳の時に若返らせていただけませぬか? ワシが最強になると誓ったのもちょうどその頃だったものでのう」
「分かりました。ではファルコ、私の前へとひざまずきなさい」
言う通りに動くと、女神は掲げていた手を頭に載せた。
すると載せられたの手のひらから温かい何かが流れ込んできて身体を包み込んでいく。
「終わりましたよファルコ。さあ、目覚めなさい」
シーラ様の言葉と同時に、強い光が再び自分の身体を飲み込んでいった……。
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「はっ! ここは?」
目を覚まして飛び起きたワシは辺りを見回す。
今までの白い空間は消え失せ、見慣れた部屋の風景が広がっていた。
「まさか……夢じゃったのか?」
しばし呆然としていたところで、ふと身体の異変に気付く。
「……手のシワが消えておるし、腰や関節の痛みも無くなっておる! あれだけ辛かった胸の苦しみも!」
しわがれていた声も若々しくなって、身体中から力がみなぎるのをヒシヒシと感じる。
「そうじゃ! 鏡じゃ!」
部屋の隅に片づけていた立ち鏡を思い出したワシは急いで立ち上がる。
そしてホコリを被っていた鏡を拭き、逸る気持ちを抑えながら全身を映してみた。
「ああ……ああ――! そんな! まさか!」
鏡に映ったのはもちろん自分。
だが、明らかに昨日と違うのは、腰が曲がり白髪頭でヨボヨボだった自分ではなく、背筋も伸び黒髪で若々しい姿に変わっていたことだった。
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