3 男達の不思議な集い
どうもこんにちは。宵ヤイバです。
今回の話では、前話で話題にだけ出た『固有魔法』の説明やら、冒険者やらの世界観設定のような話になっています。ここで長々話してもアレなので本編どうぞ!
土曜日の昼下がり。繁盛しているかと言われればそうでもない僕の店だが、土曜日ということもあって昼なのにそこそこの数のお客さんが来てくれた。ほとんど常連さんだけど。
ケイはいつものように暖炉の近くの席を縄張りにして安眠中だ。本格的に彼専用ソファを購入するのを検討しようかな。
「なぁマスター。俺ってどうすりゃもっと強くなれるか?」
「うーん…もっと強い魔法を覚えるとか、もっと体を鍛えるとか…ですかね」
神妙な顔で僕に聞いてくる男の冒険者。
今日は珍しく1人でやってきたフウヤさん。ミユさんは今日は買い物DAYらしく、ずっと服屋にいるらしい。
「なんの努力もしないで最強になる方法でもねぇかな!」
「そんなポンポン最強が産まれたら今頃僕らは死んでますよ。なんで今日はそんなに強さを模索してるんですか?」
店に来てからずっとこの調子のため、いい加減聞いてみることにした。
「いや…こないだのダンジョンでな?俺が狩り損ねたモンスターがミユに怪我負わせやがったんだ。軽い傷だったからよかったんだが…あいつは全く気にしてねぇけど俺は自分の弱さを痛感してな…」
「なるほど…怪我を…」
ダンジョン。もう何年も昔、僕が産まれるよりも昔、魔法普及の副産物として発現した『異界の扉』。その大部分を物理的に塞ぎ、塞いでいない一部からトンネルのように伸びているのがダンジョンと呼ばれる。
そこには文字通り異界の植物や動物がいて、それを持ち帰って売り捌き生計を立てるのが、フウヤさんやミユさんのような冒険者だ。
異界の物は外国にめっちゃ高く売れるらしいからきっと儲かる。命の危険あるけど。
「今『異界の扉』ってどうなってるんですか?」
「あぁ。俺も浅いところにしかいないからわからねぇけど、だんだんデカくなってるらしいぞ。そのせいで深いところの強いモンスターが増えてるらしい」
「なるほど…。魔法が世界に広まりすぎた弊害ですね」
「だな…。まぁ今更魔法を手放せって言われても無理だけどな。昔の人はすげぇよ……。確か門の向こうに行って異世界の奴らと契約結んで今ができたんだろ?」
「ほんとに昔の人はすごいのう…わしが子供だったときよりも何年も昔から変わらん魔法世界を作ったんじゃから」
カウンターの端から声を掛けてきたのは、髭を伸ばし渋い表情のヒロさんだ。多分そろそろ70歳になるのではないだろうか。コーヒーを飲むその姿はかなりの貫禄がある。
「何年も変わらない環境…」
それを作るのがどれだけ難しいことなのかを僕は知っている。祖父の日記の記憶を掘り返すと、魔法の発見当時は毎日のように環境が変わり、住人は大変だったらしい。
「そういやあんた昔凄腕冒険者だったんだなヒロじいさん」
「なぁに。今の若者の方が何倍も強いわい。わしはせいぜい紫の龍を1人で倒したくらいじゃよ」
「…パープルドラゴンって普通は熟練のやつらが10人くらい集まってやっとじゃなかったか…?」
「そうだったかのう。じゃあわしが強かったんじゃな!精進せえ若者冒険!わっはっは」
貫禄を脱げば面白おじさんなんだよなぁこの人。
「…なぁじいさん。あんたはどうやって強くなった?」
「そうじゃのう…」
「ヒロじいボクも聞きたーい!」
「おぉ!おはようケイちゃん。おまえさんもわしの強さ気になるかい」
「うん!ボクも大きくなったら強くなりたいから!」
「そうかいそうかい。じゃあまずは『固有魔法』についてケイちゃんは知らんとな」
「…こゆうまほう?」
目覚めたケイとヒロさんがじゃれている中、フウヤさんが顔を僕に寄せて聞いてきた。
「なぁマスター。今の子供って『固有魔法』知らねぇのか?俺んときはやった気がするんだが…」
「小学校では『固有魔法』まではやらないらしいですよ。もし『固有魔法』の使い方がわからない子がいたらイジメに発展するかもって理由で」
「あー…。そりゃわからなくもない」
『固有魔法』。普通の魔法のように術式や魔法陣なんかは存在しない特別な魔法
。本人の意思が強く影響して発現する場合や、代々の祖先から受け継がれる場合、それとは全く別のケースで発現するなんてこともある。親族からの遺伝のときなんかは親の魔法と微妙に違ったりもするらしい。
いわば自分のみにしか使えない特別な魔法だ。
だがーー
「俺もいまだに発現してねぇからな…いや、してんのかもしんねぇけど使い方がわからねぇ…」
そう。フウヤさんのように成長しても発現しないことも珍しくない。だいたいの理由は2つ。
「いいかいケイちゃん。1つ目は、そもそも『固有魔法』を持っていないかもしれない可能性があるんじゃ」
「えー!なんで?」
「自分が特に強い意志を持たない。そして祖先も穏やかで意思が強くなかった場合だと、魔法自体が存在しないんじゃ。ケイちゃんも机と椅子が無かったらいつものように寝れんじゃろ?」
「それはイヤだなぁ…」
「そして2つ目。本当は使えるはずなのに使い方がわからないケースもあるんじゃ」
「…うん?使えるなら使えばいいんじゃないの?」
「使えるならね。そうだな…。ケイちゃんは何のジュースが好きかい?」
「オレンジジュース!」
「じゃあケイちゃんがオレンジジュースをどうしても飲みたいとしよう。このとき、オレンジジュースを1から作るのはとっても難しい。なんせ誰も教えてくれる人がいないからの。というか誰も作り方を知らない…ってことじゃ」
「うーん…ほんとは使えるけど使い方を誰も知らないから自分でも分からないってこと?」
「そうじゃ。…まぁなくても強くなれるから安心せえ!」
「そうだね!ボクヒロじいより強くなってみせるよ!」
「その意気じゃ!わしなんて余裕で超えてってくれ若者よ。わっはっはっ」
「わっはっはっ!」
そんな微笑ましい2人を眺め、はぁとため息をつくフウヤさん。
「ヒロさんも言ってましたけど『固有魔法』は直接強さに結びつく訳じゃないですし、やっぱり普通の魔法を鍛錬した方が結果的には強くなると僕は思いますよ?」
「…ありがとよマスター。でもなぁ…。もし俺の『固有魔法』が必殺とかだったらダンジョン内で無敗なのに…」
「うっかり店で使ったら僕らみんな死にますね」
まぁ僕は寿命以外で死なないんで生きるんですけどね!わっはっはっ。じゃねぇよ笑えねぇ。
「なぁヒロじいさん!あんた『固有魔法』使えるか?使えるんなら教えてくれよ」
「悪いが秘密じゃ。わしはたとえダンジョン以外でも手の内は晒さない主義じゃ」
「そっかぁ…そうだよなぁ…」
うなだれてるフウヤさん。頭をカウンターに這いつくばらせてる。
なんか今日のフウヤさんまじで元気ないな。そんなにミユさんが傷つけられたのを気にしてるなら努力して強くなろうよ。
伏せて動かなくなったフウヤさん。ケイにだいじょーぶ?と頭わしゃわしゃされても動じないすげぇな。
「はぁ…じゃがわしが『固有魔法』を使えるようになったきっかけなら話してやる」
ガバッと勢いよく顔を上げるフウヤさん。うわぁぁ!と驚くケイ。ちなみに僕もビビった。
「…わしは自分の使える魔法を1から10まで全てを違う出力で使うと、違和感のようなしっくり来たような感覚がある。そこを辿っていくと『固有魔法』に辿り着いたんじゃ」
「まじか!そんなんでいいのか!サンキュヒロじいさん!マスター今から試してくっから会計頼む!」
急に元気になったフウヤさんは、会計を終えるとバタバタと店を去っていった。展開早いな。
「元気な奴じゃのう」
「ねぇヒロじい…さっきの話もしかして嘘?」
フウヤさんが行った後、ケイはコソッと小さな声で尋ねた。その小さい声はフウヤさんへの一応の配慮か。本人はもう店を出て行ったのに。できた子だ。
「ほう?なんでそう思った?」
「だって…人によって魔法がぜんぜん違うんでしょ?もし『固有魔法』が一般の魔法にぜんぜん似てない魔法だったら、そのやり方じゃ…」
「正解じゃ!さっきの話はわしの嘘じゃ!人によって魔法が違うんじゃから探り方なんてわしもわからん!ただわしは刺激を求めたら発現しとったんじゃ!」
「やっぱり!オレンジジュース作るためにリンゴジュースとかブドウジュースとか作り続けても感覚掴めないもんね!」
「ケイちゃんは頭いいのう!さっきのバカ冒険者よりも何倍も頭いい!」
さっきのヒロさんの話し方や表情は真実を話している顔だった。嘘をついてる顔ではなかったと思う。何年も生きてきた僕が言うんだ間違いない。
やっぱり冒険者として何度も生死の境に跨った人間は一味も二味も癖が強いな。
「えへへ〜やったね」
そして撫でられて嬉しそうなケイ。この子も癖が強いというかなんというか。前々から思っていたけど、こんなに幼いのにここまで理解力のある子はケイが初めてだ。
というか頭の回転がはやいんだろう。テストは普通だけどIQは高そうな人間って何人か見たことあるけど、ケイもその分類かな。
そもそも『固有魔法』の話一発で理解するところからすごい。
「ねぇキオ!」
「ん?なぁに?」
「キオは『固有魔法』あるの?使える?」
ケイが好奇心に満ちたキラキラした目で僕を見てくる眩しい。意外にもヒロさんまでキラキラした目で僕を見てくる曇っててくれ。
「うーん…内緒かな」
「えー…いいじゃんよー」
少しふくれるケイ。その姿を見て僕は少し笑う。
「いつかケイにもわかる日が来るよ」
「…じゃあ楽しみにしてる」
「わっはっはっ!ケイちゃんならきっと『固有魔法』使えるはずじゃよ!」
「そうなの!?やった!」
「勘じゃがな!」
そんな感じで魔法について語った男の集いは終わりを迎えた。
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「ふぅ…」
だんだん空に暗さが混ざってきた頃。
店から自宅に帰る1人の老人は先程までの出来事を思い出す。
「ケイちゃんは随分大きくなったのう。マスターも相変わらずじゃがの…」
歳のせいか独り言もだいぶ増えてきたかのう、と付け足す。
この老人、ヒロが初めて時間潰し屋に寄ったのは今からだいたい30年前。冒険者を引退した身の彼が、失われていく日々の刺激を求め、手当たり次第店に寄って刺激を見つけようとしていたときだ。
当時は、普通よりも穏やかな雰囲気の飲食店、という印象でヒロにはなんとも合わなかった。
だが5年後。久々に通りの前を通ったからコーヒーでも頂こうと店に入り、驚いた。
その店主の姿が一切5年前と変わっていなかった。
見た目はまだ高校生。その歳の子供が5年も経てば少なからず変化はあるはずだろう。だがそれが彼にはなかった。
その日からヒロはその店に入り浸った。最初は単純な興味だったが、穏やかな雰囲気や、暖かく接してくれるマスター。
今ではケイのようなちっちゃい知り合いもできて、刺激を求めていたヒロも「これはこれで悪くない」と充実した日々を送っている。
ところで、ヒロにはとある『固有魔法』がある。モンスターとの闘いなんてものでは一切使わなかった、ヒロ本人ですら発現しガッカリした魔法だ。
ーーー『嘘』を見破る魔法ーーー
それがヒロの目に自然と宿ったのだ。
さて、ヒロが店へ連日通っていたある日。あの日は男子2人組が店へ初めてやってきた。
「いい店だなぁここ!」
「マスター若い!何歳!?」
「ーー500歳です」
その瞬間ヒロは久しく忘れていた刺激を思い出す。
「そんなギャグ言う人逆に面白いわ」
「ね!」
「あはは、ありがとうございます。何か食べたいものでもありますかーーー」
ヒロはその後もそれを何度か経験した。歳を尋ねられたマスターは必ず500歳と初めに答えるのだ。理由はわからないが。
そしてその言葉に『固有魔法』である『嘘』を見破る魔法は引っかからなかった。
つまりーーーー
ヒロは誰かにこのことを言おうだなんて思っていない。シンプルにマスターの人柄を好きな彼が、本人が隠している秘密を言いふらす必要なんて無い。
「ふぅ…」
必要なんてないが…。
老いぼれの老人だけが知っている事実として密かに刺激を楽しませてもらおう、とは思っている。
それがヒロの時間の潰し方だ。
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店で2人を見送るマスター、キオ。
彼は密かに日記をつけているため、ヒロが約30年前にこの店に来ていることを覚えている。
「うーん…僕どう思われてるんだろうな…」
自分用のコーヒーを作りながら疑問を口に出す。
彼は自分でも成長スピードが常人と比べて遥かに遅いことは自覚している。人の一生を5000年に引き伸ばしているのだから当然だ。
ヒロと初めて出会ったときから約30年。
だんだん年老いていく元最強冒険者の常連と、一切変化することのない自分。
「きっと…とっくに何かに気付いてるんだろうな」
誰にも聞かれない声量で独り言を呟き、コーヒーを一口含む。
相変わらずコーヒーには刺激的な苦味があるな、と彼は再確認した。
30年間もキオと一緒にいれば嫌でも気付くだろう。
コイツは人とは違うぞ、とーー
「まぁでも……荒らすような人でもないからきっと平気だな」
いくら不老不死の血を継いでいるとはいえ、精神年齢も成長が遅い…とはいかない。
増え続ける独り言を今日も今日とて呟くキオ。
刺激を求める70歳の老人と穏便を求める500歳の若者。
なんとも不思議な集いだが、この店ではよくあることなのだ。
いつも読了ありがとうございます。アクセス数が1だけでも増えていたら毎回歓喜しています。
今までの話を読んでいただけたのなら、だいたいこの世界の世界観はなんとなく理解できたかと思います。いつか『固有魔法』を使った軽いバトルとかやってみたいなとか思い始めてます。
少し本編に付け加えると、主人公キオのように不老不死の血を引いている人間は他にいますせん。寿命が長い人間ならいますが、せいぜい200年くらいで、不老不死はキオの祖父ただ1人だけです。その辺の話もいつかしたいと思ってます。
次話は作者の都合で少し先になるかと思いますが、待っていてくださればとても嬉しいです!