表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

世界最弱で世界最強

 人の一生は幸と不幸の連続である。


 きっとその生を歩んだ者の視界からしか、拝めないのであろう。そうでなければ、今までに出会った全ての人間を否定することになる。幸なんて一つもない報われない人生をたくさん見てきた。だけど、裏を返せばそれは自分が幸福であることの証明であって、あるいは誰かから見た僕の人生は不幸そのものなのかもしれない。



       ー×ー×ー×ー×ー




 仰向けになって見上げた空は、瓦礫を積み上げて出来たこの町と区別がつかないくらいくすんだ色合いだった。


 「おい、何笑ってんだよ」


 僕の見ていた景色が五、六の人影で囲われて、空を塞ぐように伸びた。


 「そうか……笑ってたんだ」


 抱いた感情は歓喜の類ではなく、されど、悲哀、憐憫、諦念、どれとも違う。この感情にもっとも相応しい表現を自然にとっていたというだけだ。


 「気味悪い…」


 男たちの一人が吐き捨てた。

 当然の反応だ。今の僕の状況といえば、体格が倍くらいある男たちに取り囲まれて、ガラクタの山のてっぺんで仰向けに転がっているのだから。次に何が起こるかなんて想像に難くない。


 「ああ、わかってるよ。今から僕は、あなたたちに袋叩きにされる。運良く生き残ったとしても、手足のいくつかは無くなってるだろうね」


 この町はある程度秩序だっていた。小規模ながら、人々を従わせられる絶対的な支配者がいるのだろう。そして、この町で僕は失敗した。他の町でもやってきたように、食糧庫に忍び込んだ。入念に注意していたはずだが、食糧を満足に盗む間もなく、気づかれた。それから、この男たちに町中を追いかけ回され、逃げ場を失ったというわけだ。


 「気をつけろ。何か厄介な特異形質があるかもしれない」

半分正解で半分は不正解だ。過酷なこの世界で生き抜くために、人類が獲得した身体的や、精神的な形質。個体差が大きく、人によっては生物の理を外れているような形質もある。でも、僕にあるのは、そんな便利で都合のいいものじゃない。


 「おい、まずはお前たちでやれ」


 居丈高に命令する男が主格なのだろう。きっとこの中では誰よりも強いはずなのに、無抵抗の僕から距離を置いて、部下たちに任せている。眉一つ動かさずに、じっと僕を観察していた。


 かつて、人類は高度な文明を築き上げていたが、今ではその面影もない。この町に僅かに残された建造物だって、今の人類にはとうてい建てることはできないだろう。長き時によって町は崩れ、かつての目的を失った金属やコンクリートの塊が広がっている。ゆえに、この町は凶器で溢れている。部下たちの手の中にはその凶器が収まっていた。そして、英知と繁栄の遺物は僕目掛けて一斉に振り下ろされる。


 ────目を瞑った。

 この先どうなるかわかっていながらも、とうの昔から諦めているけれど、それでも、恐ろしさが込み上げてきて、目を開いてはいられない。


 痛みはなかった。あるのは、ほんの僅かな間のあとに、大の男からはおよそ想像もつかない声帯をすりつぶして発したような奇声だけだ。


 「腕があああああ!俺の腕があああああ!!」


 周囲に残っていたのは、一人の男のみ。他はもはや人間と呼べるような状態ではなかった。僕に振るったガラクタは影も残らず、そして、ガラクタに繫がっていた人体も、欠けた月のように大部分がぽっかりと消失していた。


 「ば、化け物……化け物だ……」


 男はひどく狼狽して、声を失った。それから、糸が切れたように瞳の力を失い、茫然としていた。


 「無力な小僧が一人でよく今まで生き延びられた、と思っていたがまさかこんなからくりがあったとはな」


 主格の男が乾いた笑いを浮かべて、無気力に手を叩いていた。さっき部下を全員失った者の態度ではない。だが、この薄情さはむしろこの世界を生きている者の中では正常な部類であった。こんなことは、よくあること、なのだから。


 「一瞬だったが、お前の中からおぞましい影のような何かが飛び出した。そして、俺の部下を消した。切るでも潰すでもなく消したんだよ。影に触れた途端に音もなく消え去っていた」


 よく見ていた。僕ですら正確に何が起こったのか把握していないというのに、この男はその目で初めから終わりまで見届けていたのだ。


 「僕の恐ろしさはよくわかっただろう。だから、早く立ち去れ」


 震えの止まらない声を隠さんがために、上ずりながらも喉を絞った。


 「‘そいつ’がお前の意思とは関係ないことはもう見抜いている。いつでも使えるのなら、そもそもお前は追い詰められることなんてなかった。だが、お前は追い詰められた。そして、お前の命に危機が迫ったとき‘そいつ’が現れた」


 男の目は僕をしっかりと捉えていた。お前にはもう逃げ場はない、と言わんばかりに、眼光が鋭い。


 「まるで宿主を守らんとばかりにな」

 「そう、あなたの言う通り、僕には悪魔が住んでいる。普段はどうやっても出てこないし、僕は無力だ。だけど、あなたには絶対僕を殺せない。僕の悪魔はいつもお腹を空かせていて、傷つけようとするもの全てを喰らいつくしてしまう。そう、どんなものでも全て、ね」

 「それは試してみないとわからないな。俺はお前のように厄介な人間をこの町に野放しにしておくほど、不用意ではない」


 ジャラリ、と金属がぶつかり合う音がした。男の気配が変わる。死線だけは誰よりもくぐり抜けた回数の多い僕にはすぐわかった。強い特異形質を備えていると。


 「自分の喉に銃を突っ込んで引き金を引いたこともあったし、ビルの屋上から飛び降りたこともあった。銃弾でハチの巣にされても、張り付けにされて焼かれても、僕の体だけはこうして無事だ。何度も試したし、色々と酷い目に合わされたけれど、僕が死んだことはない」

 「なら、今日でやっと死ねるな」


 大地がうねった。嵐の夜の海のように、巨大な波が陸を走る。僕へ押し寄せてくる。否、波ではない────大蛇だ。この町の瓦礫が組み合わさって、天災に紛うほど巨大な蛇を作り出したのだ。

 蛇はうねうねと空へ向かい、天を覆う。そして、蜷局を巻きだした。無数の瓦礫が渦を作る。その大きな流れは大気すらも動かして、僕の体は浮遊感に包まれる。何をしようとしているのかはすぐにわかった。瓦礫は渦巻ながらもある一点に集約していようとしていたからだ。中心になっていたのは僕だ。町一つ分で作った蛇で絞め殺すつもりだ。


 「これでもまだ何とかなると言い張れるか?」


 見渡す限り全てが瓦礫で、男の姿はおろか、空すらも見えないが、声だけはよく響いてきていた。


 男の言った通り僕にはこのまま町に押しつぶされて、生きていられる自信はなかった。僕に巣喰う悪魔がどれほど強力だったとしても、この量全てを無に帰せるほどではないだろう。


 不思議と心に湧くのは高揚感だ。僕が見てきた世界は生きることより死のほうが身近だった。誰も彼もがこの不条理な現実に苦しめられることなく命を手放していく。そんな世界で唯一生き残ってしまう僕は、死に憧れてしまっていたのだ。きっと僕の目の前で命を落とした彼らは死ねない僕を不幸だと思っていたのだろう


 ああ、やっとわかった。不幸なのは僕の方だったんだ。


 でも、それももう終わり。やっと幸福にありつけるらしい。



      ー×ー×ー×ー×ー



 男は生まれつき左腕がなかった。だが、代わりにどんなものでも左腕の代用品となった。目には見えない神経が体の外にまで拡張し、外部端子として接続することができたのだ。さらに、繋がった物体からさらに神経を伸ばし、別の物体へと繋ぎ、幾重にも拡張できる。それが、男にとって当たり前の体の構造であり、一般に特異形質と呼ばれるものであった。


 拡張して創り出した腕にも感覚は存在する。接続したものが触れた感触が脳まで伝わってくるのだ。ゆえに、男が感じていたのは耐え難い痛みだった。周囲に存在するありとあらゆる物体に接続して、常人の何千倍もの大きさの腕を創り上げていた男にとっては、痛覚も何千倍にも広がっていたのだ。その痛覚全てが反応している。腕が食いちぎられる感覚が何千倍にもなって伝わってくる。

 だが、男はそれでも、接続を切らなかった。部下が一秒と経たない間に全滅させられた。男より遥かに劣るとはいえ、いっぱしの保安官として、あの方に貢献できるほどの腕っぷしはあった。町を一つ壊してでも、少年を始末するべきだと判断したのだ。


 痛みが終わりを迎える。男に左腕の感覚はなかった。そして、ほとんど更地となった町の中心で一人の少年が横たわっていた。服は失くなっており、全身の肌が露わになっていたが、傷一つないきれいな肌だった。少年から飛び出した影は、男の腕を、町一つ丸ごと喰らいつくしたということの証明であった。


 しかし、男は全く動じなかった。少年が生き残るということも考慮していたのだ。

 それよりも重要なのは、少年を野放しにしておかないこと。もしかすると、この町の絶対的支配者、男が忠誠を誓うあの方と渡り合えるかもしれないこの少年の自由を奪うことが目的だ。少年が意識を失っているこの状況ではおおむね達成されたと言えよう。


 男は少年に寄り、目を覚まさないように担ぎ上げたときに、首元に刻まれた数字が目に留まる。

1、それは、この世界で最も力あるということの象徴であった。男は自身の首に刻まれた数字を想起した。315、自分自身では見ることはできないので多少前後しているはずだが、それでも、あの方にも少年にも及ぶべくもない。


 首元の数字————この世界における力の序列を表わしていた。ここでの力とは、物理的で暴力的な力を指している。


 人類が繁栄を極めた頃、神は試練を与えたのだ。人類は半分にわけられて天秤にかけられる。片側は沈み、消えてなくなってしまう。どちらの天秤に乗るかの判断基準が首元に刻まれた数字なのだ。三年に一度、人類は天秤によってふるいにかけられる。力を持たない半数は、必死に消えない天秤に移ろうとする。だが、定員は減ることはあっても増えることはない。それから何が起こるかは誰にでもわかることだ。人類は文明を失い、野蛮な時代に戻った。それどころか、もっと酷い最低の時代だ。生より死が近く、人と人は争うようにできている。


 少年はそんな世界で人類最後のときまで生き残ることになる。1の数字を持ち続ける限り、死からもっともかけ離れている。しかし、序列が上の者の首を取れば、その者の序列が手に入る。ゆえに、少年は命を狙われ続けるのだ。


 「あの方の元へ連れていかなければならないな」


 男は少年の首元を撫でながら、そっと呟いた。


気が向けば続き書きます

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ