3.来訪者
忙しくてなかなか執筆できませんでした。
「ありがとうございます、それでは今週の土曜日午後2時に丸井町にある本社ビルにお越しください」
伊集院が帰った後朝食の支度をしている最中に香田から連絡が入った。
電話先では先日の事を謝り、話を受けてくれたことに感謝の言葉を述べていた。
「こちらこそよろしくお願いします」
噴きこぼれそうになるみそ汁の火を止め、電話を切りそのまま朝食をとりながらそういえば、自分にはきちんとした場所に来ていく服は有ったのだろうかと朝早くから仕事をしている彼らは大変だなとふと思う。
「こんなこと考えるなんて現実逃避なのかな?」
道子はとりとめのない思考の中、仏壇の祖父の写真を見ながら寂しげに笑う。
A県N市のターミナル駅の近くのオフィス街丸井町、様々な企業のオフィスビルが立ち並ぶ場所。
そのせいか、そこから少し離れると飲み屋や夜のお店等が立ち並ぶ繁華街に囲まれており、学生である道子にとっては場所は知っているが縁の無い異界である。
そこに本社を持つ工業関係の電子機器を中心に取り扱う企業ヒラノインダストリー。
もともと自動車生産業を中心に工業がが盛んだったこの地において好調な景気に合わせて急速に成長した企業である。
道子はそんなヒラノインダストリー本社ビルの入り口前に立っている。
学生がこのような場所に用事が有るはずが無く予想だにしなかったビルの大きさに少々緊張をしてしまった道子は周囲の状況が見えておらず、オフィス街の土曜の昼とはいえ繁華街が近い場所で女子にしては背の高い170cm弱の身長で黒髪ポニーテール、涼やかな顔立ちの制服の少女がビルの前でたたずんでいる姿は違和感が強く周囲を歩く人にジロジロと見られている。
かと言え行動を起こさなければ話が進まないと思いビルに向かって歩き始める。
人気が無いビルの受付には年の頃20代後半と思われる髪の長い女が立っている。
女は道子と目が合う。
「筒井道子さんですね、お待ちしてました。」
「あの・・・」
「緊張しなくていいわよ、今日はあなたを待つためだけにビルを開けてたんだから、香田の奴に頼まれた時は休日出勤の手当てを思いっきりふんだくろうと思ってたけどこんな美人が来るなんてお姉さんうれしいわ。それじゃあついてきてね」
女は蠱惑的な笑みでビルの奥にあるエレベーターへ道子を案内する。
到着したエレベーターの室内に道子が入ると受付の女も後ろについて入ってくる。
彼女がエレベーターの最上階のボタンを押すとおもむろに振り向き満面の笑みで握手を求めるように右手を差し出ながら口を開く。
「あたしは三浦由里、この前あなたのところに迷惑をかけた男どもの同僚よ、道子ちゃんとは公私を超えて仲良くしたいわ」
三浦由里と名乗る女の表現しがたい圧に口を開けず差し出された右手を握ると力強く握り返され左手で手の甲を持たれた。
「それにしても本当に綺麗でカワイイは、学校ではさぞかしモテるでしょ、アタシも道子ちゃんと同じ学校に通いたかったわ、お肌もすべすべだし・・・、でもあら?手は割と固いわね、何かやってるの?」
「え・・・、ええ、武道を少々・・・」
握られた手が気づくと撫でまわされている。
「こら!」
その声とともに由里の頭が揺れた。
道子が気づくとエレベーターはすでに目的の階に到着していて扉が開いており伊集院が立っている。
「なにすんのよ!このゴリラ!か弱い乙女の後頭部はたくなんてそれでも男なの!?」
「乙女って歳考えろよ・・・」
「酷いわ!道子ちゃんからもなんか言ってやってよ!」
「えっ!?私は・・・」
「二人ともいい加減にしろ!話が進まないんだよ!まったくなんでいい年こいたやつらより高校生のほうが落ち居ついてんだよ。」
よく見ると伊集院後ろには香田が頭を抱えて立っている。
「ともあれ筒井さん、本日は来社いただきありがとうございます、今の言葉は筒井さんを軽く見ているのではなくてこの馬鹿どもに何やってるか認識してもらいたかっただけですから、ひとまずこちらでお待ちください」
香田の案内の元秘書室と扉に書かれた個室に通される。
道子の後ろのには伊集院と由里が喧喧囂囂としながらついてきている。
20畳ほどの部屋には大きめのテーブルとそれを囲むように椅子が置いてあり、香田が道子に椅子をすすめると三人はその真向かいに座り香田は口を開く。
「筒井さん、回りくどい説明はお好きでないと思うので単刀直入に言いますと、とある方の代わりに高校に通っていただきたいのです」