18.継続
ちょっと色々思うことが有って短めです。
2019年4月23日 修正しました
「君は何をしてくれたんだ?」
部屋に入った瞬間、道子を目にした瞬間平野はそう言い放った。
室内は簡素でガランとして壁には何も装飾が無いので寒々としており、奥には大きめの会議机が一つ置かれている。
奥には眉間に深い皺をたたえた平野が机の向かい側に据え置かれたソファーに深く座していた。
その横には同じようなソファーに苦虫を噛み潰したような顔をした香田と沈痛な面持ちの由里も座っており、道子が入室したのを見つめている。
「連絡が来るまでずいぶん時間が掛ったな、そうやってふらふらして余計な事を引き起こしているんじゃないのか?」
平野は決壊したダムから水が飛び出すようにまくし立ててくる。
「社長! 止めてください会話になっていません、筒井さん、トモタケコーポレーションという会社はご存知ですか?」
道子に顔を向けた香田が一息呼吸をして淡々と説明し始める。
「いえ、初めて聞きます」
どこかで聞いたような名前だったが道子にはいまいちピンと来なかった。
一緒に部屋に入ってた伊集院も何か気に掛かることが有るようでしきりに頭を捻っている。
「それではトモタケのボーンチャイナという言葉はどうでしょうか?」
「それなら、おばあさまのお気に入りのティーセットがそれでしたので知ってますが」
「簡単に言うと、その生産している会社です」
「その会社の名が、なぜ出てくるのでしょうか?」
「トモタケコーポレーションは古くからA県の生産業の代表のような会社なんですよ、元々は陶器の生産をしていたんですがそれが発展して砥石などの焼き物に強い企業なんです、そこから発展してセラミック基板を焼くようになり電子産業にも強い企業となっています」
「今な、うちで使う電子基板の交渉をトモタケとしてたんだ、相手は超大手で新進企業の内なんて完全に小物扱いだったんだがな、交渉の途中で急にうちに有利な条件で契約で来たんだ」
二人の会話に会話に平野が口を挟む。
「それは良かったですね」
「良かっただと? 今まで渋ってたやつが急に手のひら変えてきたんだ、迷子の子供に手を差し伸べる訳じゃないんだぞ、裏の無い親切なんて恐怖以外の何でもない」
思い出したかのように軽く身を震わす。
「その後にな、A県の経済界の化け物と言われるトモタケの会長に呼ばれたんだ」
トモタケコーポレーションの会議室で平野は相手方の重役と契約の締結を済ませていた。
「平野さん、これからよろしくお願いします」
そう言って手を差し出された重役の目が死んでいる事に、上手く行き過ぎた契約と合わせて平野は不気味さをを感じる。
「さて、契約はこれで終わりました、ところで申し訳ありませんが、少しお時間を頂けませんか? 会っていただきたい人がいるんですよ」
そう言って握手している手に力が込められており、絶対に離さない事を言外に語っている。
「はい……、大丈夫ですが」
「良かった、ではこちらに来て下さい」
そこからベルトコンベアーで運ばれる部品のようにビルの上階に有る応接室に連れていかれる。
部屋に一歩入ると通路とは違った毛足の長い絨毯が敷き詰められ、壁には誰でも知っているような絵画が飾られている。
中央に一枚板で作られた巨大なテーブルが据えられその傍にA県経済界の怪物と呼ばれるトモタケコーポレーション会長の『友武 寿一』が笑顔で座っていたいた。
椅子に座ってにこやかに挨拶しているだけだというのに、修羅場をくぐった経験の違いからか、今にも押しつぶされそうな威圧感が尋常ではない。
(化物め……)
「平野君、よく来てくれた、今日は礼を言いたくて来てもらったんだ」
「礼……? ですか?」
「ああ、わしの孫の龍二なんだが、爺の欲目と言われてしまえばそれまでじゃがそれを差し引いても賢い子なんだ、しかし困った事にいつまでも遊び惚けておってなぁ、父親と共に困っておったんじゃ」
「はぁ……」
「何時かまじめになってくれると思っていたんじゃが、一向にその気配が無くてな……」
「そのお孫さんがどうされました?」
「先日な、顔に傷を負って帰ってきたと思ったら『これからは真面目に頑張るよ』と言い出したんじゃ」
「良かったですね・・・」
「どうせ口だけだと思って好きにさせてみたんだが、殊の外一生懸命やりおるのじゃ」
「それで、なんで急に真面目になったか問いただしたらただ一言『ヒラノインダストリー娘さんに教えられて目が覚めたんだ』と言いおって」
「え!」
「それでな、『じいちゃんには悪いけど彼女に近づくためにやってるというのが本音なんだよ、でもやるからには真剣にやるから』なんて言い放ちおった」
目の前の経済界の巨人は満面の笑みで語り続ける。
「まあ、わしも元々惚れた嫁に苦労させたくないなんて考えて頑張っておったから動機なんて不順で結構!真剣にやる気になっているのがうれしいんじゃ」
「……!!」
「今回の契約は礼変わりじゃ、気持ち的にはもっと優遇させてやも良かったんだがな、まあ法律とかいろいろ煩くてな」
(どんだけ嬉しいんだ!ていうかどういう事なんだ?!)
「あ……、ありがとうございます」
「それでな、ぜひとも君の娘と会ってみたいと思ってな!」
「あの爺、俺のやってることがクソ孫と同程度扱いなのが許せねえ……」
ぶつぶつと道子に聞こえない声で親指の爪を噛みながら呟いている。
「まあ、とにかく何時の間に『お前』はそのバカ孫と懇意になってるんだ、これっぽちも俺は聞いてないぞ」
「……」
「おい!聞いているのか?!」
「私は『お前』じゃありません、筒井道子という名が有ります」
ついついこの男と話していると語気が荒くなるのを押えられない。
「悪かったな『筒井さん』ではお答え願えませんか? 友武 龍二という名前に」
「「あっ!」」
その名前に道子と伊集院が声を出す。
「やっぱり知っていたか……、と言うか伊集院までなんで知ってるんだ?!」
「それは……」
道子は台巣町で有った事からトラブルから、自分が弥生の替え玉だという事を知られて話し合う為に西古町のクラブに行き、如何ともし難く龍二と戦った事、その後伊集院に迎えに来てもらった事まで淡々と事実のみを話した。
「伊集院!なんで言ってくれなかったの?!」
「だって由里、子供の喧嘩だぜ、良くある話でいちいち話す事じゃないだろ?」
「子供の喧嘩は夜のクラブを貸し切ってやることじゃないわよ!道子ちゃん、それであの時顔にケガしてたのね!」
「はい、そうです」
「なんで言ってくれなかったの?」
由里がソファーから立ち上がり道子を真っ直ぐ見つめる。
「自分が蒔いた種でした、ですから自分で刈り取るのが筋かと」
「なんで私たちを頼ってくれなかったのかしら? そんなに頼りなかった?」
「いえ、そんな事はありません、むしろ頼りになりすぎるんです、このままでは私は一生皆さんに寄りかかって考えてしまう事を放棄してしまいそうなのが怖かったんです」
道子は話さなかった事に罪悪感を感じていない訳では無かった、だがしかしそれ以上に自分の行く先を自分で決めない事が嫌だった。
「由里、その話はとりあえず後にしてくれ今は時間が惜しい、それであのジジイの言う事には今度A県政財界のパーティーが有るから娘を連れて来いとのご達しだ、『筒井さん』」
「はい?」
「君にはいまから社交界のパーティーの基本を覚えてもらうぞ」
「それはいつですか?」
「ああ、よく聞いてくれた、安心してくれ明日の夜だ、良かったな時間はそうだな15時間ぐらいはあるぞ、寝る暇はないな」
その言葉にこれまでの疲れとあいまってめまいがする道子であった。
誤字報告ありがとうございます。
見直しているつもりで抜けが多いですね。