16.騒乱
澄み切った秋の青空に雷鳴のように声が響き渡る。
扇状の校舎はその一つで高等部の生徒を全員収容できる規模が有る。
屋上は縦幅がバレーボールのコートが1面丸々入る幅、縦幅は100m走ができるほど長い。
二人がいる場所は隅にいたため死角が多く、オブジェや屋上庭園の植物にさえぎられて見通しが悪い。
とは言え、憩いの時間に思い思いのスタイルで昼休みを過ごしていた近くの生徒にはその響き渡る声に引力に吸い寄せられる彗星のように道子らを注視していた。
その発信源たる生徒は静かに佇んでいれば芸術作品のような美しい少女だ。
その新雪のような白い肌は怒りで赤みが刺すことにより、頬は桜色に火照らしている。
暴力を振るう事に慣れていない手から振り下ろされた右手は硬直したかのように動かない。
唖然とする舞、遠巻きに何が有ったか覗き見ようとする生徒たち、道子は叩かれた頬を押え項垂れている。
少女から繰り出される平手打ちは、祖父らとの慣れ親しんだ組手から繰り出される攻撃に比べたら欠伸が出るようなものだった。
対処するのは容易であるが、わざと顔で受ける。
『弥生なら躱せるだろうか?』という疑問が有ったからだ。
とは言え、痛みまで受ける気は無く、少女の手が当たるインパクトの瞬間、顔をひねり衝撃をいなす。
打撃を与えた方は、雲に手を突き刺したような何とも言えない感触がして違和感を覚えるだろう。
だがしかし、興奮のあまりフーと荒ぶった猫のような息遣いをする少女にはそれを感じるすべがなかったようだ。
道子は少女に顔を向けるともう一度平手が振り下ろされようとしたが、その腕が振り下ろされる事は無かった。
「ゴメンー、二発目はちょっとカンベンー」
少女の腕は再度高く上がられた瞬間にその手首は素早く立ち上がった道子に掴まれている。
その状態で友達同士と談笑するかのように満面の笑みで相手を見る道子。
そのまま、いたずらっぽく舌を出す。
叩かれた時には解っていたが鍛えられた形跡などは無くスピードが無かったのはもちろん力も無かく腕はマシュマロでも握っているかのように柔らかい。
引き離そうと腕を振るも万力に挟まれたようにピクリとも動かず体だけがジタバタと揺れている。
それに合わせて軽くウエーブが掛かった柔らかそうな金髪がふわふわと舞っている。
その姿も見た目の美しさからか少しコミカルな筈がちょっとした映画のワンシーンのようになっていた。
(これでは、私が悪役みたいですね)
「んー、あたしが何をしたのかなー」
「クッ!そんな事は自分の胸にお聞きになった方がよろしいのではなくて?!」
「記憶にないなぁー」
日ごろの由里との訓練で、咄嗟の時でも弥生の口調を出せる事に道子は心の中で苦笑する。
(とりあえず、けだるそうに喋って態度は余裕が有る感じ、そう言われてますからこのような感じでいいでしょう)
そう考えての演出だったが、その姿はどう見ても悪役のそれだったのに気づかないのは道子の残念なところであった。
(どうしたものでしょうか?)
知らぬ存ぜぬで通しても良かったが、由里等も知らぬ学院内の人間関係のいざこざを自分の独断で判断してもいいものか。
そう思えば下手な応対で、弥生本人が復学した時の禍根となってしまってもいけない。
時間が有れば由里等に相談もできるのだがと思い悩んでいると、どこからともなくウンウンと、うなり声が聞こえてくる。
自分の右手に視線を向けると少女が掴まれた手首を離そうと、空いた片手で道子の手首を押しているが、1mmも動かせずうなっている声だった。
「ゴメンねー、考え事してたー」
「お離しになって!」
さっきまでの勢いはどこへやら、萎れた花のようにぐったりし始め肩で息をしだしている。
「離したならど―するのー?」
「ぶちますわ!」
「じゃあ、離せ無いよー」
「どうしてよ?!」
「えっ・・・、そこ聞きます?」
思わず真顔になり、素で答えてしまう。
なんでこんな漫才をしなければいけないかと思うと悲しくなってくる。
周りにいた生徒は騒ぎに長引いている為か、遠巻きにこちらに視線を向け始める。
もうこの騒ぎに収拾をつけたがったが結論が出ないまま時が流れる。
そんなシュチュエーションの中、数人の女生徒たちが血相を変えて小走りで近づいてくる。
「麗さま、おやめください」
一人の女生徒が二人の間に割って入り、もう二人は少女の肩を掴み落ち着かせようと声を掛けていた。
「放なさい!まだその泥棒猫とは話が・・・」
仲裁に入った女生徒達は、そのまま少女を後ろに下がらせるので道子は手を放しほっと一息をつく。
(助かった・・・)
そう、小さく安堵のため息をついた時、道子は口の端から何か冷たいものが流れる。
人差し指で拭ってみるとその指先は赤く染まっている。
ああ、昨日の傷口が開いたのかと、いいのをもらった時の傷が開いたんだろう、稽古の時でもこういった事はあった。
ふと昔を思い出し指先を見つめていると、隣に座る舞の肩が小刻みに震えていた。
「いきなり何をするんですか?!」
舞がビックリ箱から飛び出る人形のように少女に向かって立ち上がった。
「血が出てるじゃないですか!」
「フ・・・、フン!いい気味ですわ」
突然の剣幕に少女一瞬ひるんだ顔をして後ずさったが、すぐに腰を手に当て道子を目線だけ動かし見下ろした。
「舞ちゃん、大丈夫だから落ち着いて」
舞に声を掛けるが、その声は届いていないようだ。
「謝ってください!」
「いやですわ!」
にらみ合いながら押し問答。
さながら限界まで膨らんだ風船が、いつ割れるか解らないような状態。
不意に動く舞の右手、その向かう先は少女の白い頬。
空に再び響く破裂音、だがその音の発信源は少女の頬では無く道子のだった。
「舞ちゃん、ダメ・・・」
少女の間に差し込まれた手は舞の手を優しく包みにぎりしめる。
一瞬、道子以外の全員が動きを止めたが、女生徒らはそのスキを見逃さず、少女の体をずるずると引き離していく。
離れていく少女からは何やら声を荒げていたがもう聞こえない。
周囲の生徒はそんな台風のような騒がし屋の少女の方ばかり見ている。
というよりも彼女らのインパクトが強すぎたというべきか。
その間、真っ先に割って入った女生徒が道子らに何度も振り向きペコペコっと頭を下げながら離れていくのが印象的だった。
「舞ちゃんダメです手を上げちゃ、そういう事は私だけで充分です、それにこれは傷口が開いただですから気にしないで、それよりもさあ、座って」
「傷口って・・・」
「組手でいいのをもらってしまいましてね、少し切ってしまいました、大きく口を動かしたら傷口が開いたようですね」
本当の事を話すと舞は口のケガの件と無関係ではない。
この優しい子にそのことを話せばきっと気に病むだろう。
道子はそういう事にしておいた。
「それにああ見えて上手くかわしてますから痛くもかゆくもないです、器用でしょ?」
ふと、周りの様子をうかがうと周りの生徒はこちらをチラチラとながめながらヒソヒソと話をしているものの、あえてこちらに近づく事も無いようだった。
「ごめんなさい、何か巻き込んでしまったようですね」
「そんな事よりも早く血を拭かないと」
舞は、ポーチからハンカチを取り出すと道子の顔に優しく当て血をぬぐう。
「舞ちゃん、ハンカチが汚れしまいすよ」
「いいんです、しゃべらないで下さい」
顔が動かさないように左手で頬を支えられる道子。
「よし、キレイになりました」
「ありがとうございます」
「んっ、メイクも落ちてないですよ」
そう言うと舞は道子の口元をよく見るために顔を近づける。
目線を上げると道子と目が合う。
傷口をよく見るためか、お互いの体温を感じられるぐらいまで接近している。
「ゴ・・・ゴメンナサイ!」
顔を赤らめパッと離れる舞。
「ん?何を謝っているのですか?こちらが感謝こそすれ、謝られることなんてないと思うのですが?」
「・・・ナンデモナイデス・・・」
「それにしても彼女は誰だったんでしょうか?舞ちゃんはご存じないかしら?」
柔らかそうな金髪の長い髪、翡翠のような緑色の瞳に白い肌は日本人には見えないが、流暢な日本語を喋っていた少女。
「いえ、知らないです、あれだけ目立つ人なら噂ぐらいは聞こえてきそうなんですが、最近転校してきたのでしょうか?」
「それですと、弥生さんと何かしら因縁が有るという線は思い浮かびませんね・・・」
ちょっと困った顔をしながら道子はポケットからハンカチを取り出す。
「汚してしまったハンカチの代わりと言っては何ですが私のを使ってください、そのハンカチは私が洗って返します」
舞の手から血で汚れたハンカチを手に取り、自分のハンカチを持たせる。
「安物で申し訳ありませんが」
「そんな、いいですよ」
「いえ、私のわがままですが聞いてください」
道子はそう言ってポケットに預かったハンカチをしまう、かたや舞は大事そうにハンカチを握りしめていた。
「それにしても一つ大きな問題が有るんですが」
「問題・・・?」
「お弁当箱見られなかったでしょうか?そこだけは気がかりですね」
「もう!道子さんたら!」
あれから2、3日たっても少女が現れる事は無かった。
それとはなく聞いてみたかったが人脈も無く調べることもできず週末を迎えた。
会社の休業日である土曜の早朝の為本社ビルの地下に有るジムはがらんとしている。
エアロビクスなどが行われるであろう板張りの広いスペースでは空調の音が聞こえる中二人で組手が行われている。
静寂に包まれた室内で空を切る音や、息や衣擦れが響いている。
「しっかし、嬢ちゃんのおかげで数少ない楽しみの晩酌ができなくて泣きそうだよ」
「それはすみません、おかげさまで助かっています」
会話しながらもお互い攻撃の手は緩めない。
「いや、冗談だって、それはそうと今日はこの後どうするんだい?もう由里との会話練習無いんだろ」
土曜は開いている時間を使って弥生の口調や立ち振る舞いの集中レッスンを由里と行っているが最近は彼女も忙しいらしくて平日の空いた時間がメインになっていた。
「道子ちゃんだいぶ慣れてきたからもういいんじゃないかしら」
とは彼女の弁で、自分の時間を持てるのはありがたかった。
「はい、なのでたまには実家の方に戻ろうかと思っています、おじいさまにも挨拶がしたかったので」
「そうか、送っていこうか?」
「いえ、大丈夫です、伊集院さんはご家族との方とゆっくりして下さい」
「今帰ってもまだ寝てるよ、それに最近娘が目も合わせてくれないんだよな・・・」
そう言って道子から視線を外したスキを見逃さず顔面に向けて拳を向けるも容易に止められる。
「ニッヒッヒッ、甘い甘い」
「さすがですね、受け止められるなんて」
「嬢ちゃんの拳が真っ直ぐすぎるんだよ」
「おじいさまにもよく言われました、もう少しお付き合いお願いします」
そのまま小1時間ほど組手は続き最終的には「若い奴の体力にはかなわねえなぁ、今度アイツも呼ぶか・・・」とボヤいて終わった。
久々の実家、ヒラノインダストリーが雇った業者が定期的な清掃を行っていたため汚れては無いが、長い間だれも住んでいない事による家が死んでいる感じは拭えなかった。
とりあえず、窓という窓を開け時を止めたかのような空気を入れ替える。
風と共に街からの音が流れ込んできて家の中に生命が宿ったように少し賑やかになる。
自分と祖父の部屋にはパーソナルスペースに踏み込まれるような気がしたので清掃業者に入って欲しくは無かった。
そのため、その二部屋には入念に換気をし掃除機をかける。
一通り終わると次は道場だ。
使わることは無く汚れている訳でもないが習慣でぞうきんを掛ける。
普段使っていた木刀の類はマンションや本社ビルのジムに運んでいるためそんなに手間は掛からなかったがそのうち汗ばんでくる。
「ここに来るのも久しぶりか・・・」
ここを離れ学院に通うようになってから季節が完全に変わってしまったが道子の体感ではそれ以上の時間が過ぎているように感じる。
それだけ濃密な時間を過ごしていた。
道場を離れ家に戻り最後に居間に行く。
居間に有る仏壇の前でロウソクと線香をあげる。
しばらく使ってなかったマッチは嫌がるように着火しなかったが諦めたように火がともる。
手を合わせ、背筋を伸ばし静かに目を閉じ、微動だにしない道子。
線香が中ほどまで燃え、灰になって落ちるころ目を開け語り始める。
「おじいさま、皆さんに良くしてもらって元気にやっています、大変な事は多々ありますが何とか乗り越えれると思います」
微笑んでいる祖父の写真を見つめる。
迷った表情をし誰に聞かすでもない会話を続ける。
「これからどうしたら良いでしょうか、流されるままになってないでしょうか?つねづね言ってましたよね、好きなように生きろと、それがまだ見つかりません」
言うだけ言うと少し表情を崩した。
「そういう時、おじいさまはいつもゆっくり考えればいい、見つかるまではそれを探すのを目標にしてもいいんじゃないかとおっしゃってましたね」
言い終わると、おりんを鳴らして立ち上がる。
「さあてと、そろそろ行きましょうか、そうですね時間が有るから少し遠回りしてもいいかしら」
さっと立ち上がり軽く伸びをする。
最近の悩みが解消したわけではないが少しだけ足取りが軽くなったような気がして家をあとにした。
道子は公共交通機関を乗り継ぎ、N市の繁華街の一つである永江町に来ていた。
有名百貨店や高級ブランドの服飾店が立ち並ぶ一方、若者向けファッション中心の大型ショッピング施設や路面店などが有り、流行の発信源ともなっているところだ。
週末ともなると歩行者天国もできる事も有り大変な賑わいだ。
「最近来てなかったけどすごい人だかりね」
道子はファッションに疎い。
暗めのテーパードのパンツに白いシャツ足元はコンバースのハイカットとラフな格好で、髪は後ろで纏めているだけだ。
ただ、由里にも同学年の話題についていけるように「流行り物に触れておきなさい」とアドバイスされているのでここに来ているし、そのために使えるお金も生活費とは別にもらっている。
そもそも使わないと注意されるところを見ると多分自分が社会となじめるようにしなさいと言われているようなものかと道子は考えていた。
「いらっしゃいませ!今日はどういったものをお探しで?あっ冬物ですか?でーしーたーらーこのアウターなんてどうでしょうか?お客様なら背が高くてスタイルがいいからこういった大人っぽいもののいいですね」
ガラス越しに何店舗か見ているとショーウィンドウに並んだ服に何点かいいなと思うものが有り、ガラス越しに中を覗くと同世代ぐらいから少し上ぐらいの客層の店に目が行った。
「ちょっと中で見てみるのもいいかもしれませんね」
壁のように大きい両開きのガラス戸を押し開き中に入る。とメガネを掛け、薄くそばかすが有る女性と目が合う。
胸にはネームプレートが付いているので店員だろう。
「あ・・・、今日はちょっと覗きに来ただけで・・・」
「買わなくてもいいです!いいです!ぜひ試着してください!と言いますか着てください!!お姉さんお客さんみたいな綺麗な子が大好ぶ・・・、いえいえこちらの話です、あ!そうそう!あたし新人店員なんです!店長にもコーディネイトの勉強しろと常々言われてまして!協力お願いします!」
「あ・・・、ハイ私も服の勉強したかったのでお願いします」
ショップの店員が道子を見るなり勢い良くしゃべりながら近づいてくる。
何故かネームプレートを外してしまったかと思うと、肩を掴み鼻息が掛かるぐらいの距離に圧倒された。
「じゃあ、最初はこれ着て見てくださいね、着たらこれ履いてこっち来てね」
そう言って店員は試着室に案内しカーテンを閉めて離れていく。
てハタ去られた物の中で一番目立つのは革のジャケット、値札を見ると気軽に買えるものではない事は一目瞭然だった。
「まあ、買う訳では無いですしね、勉強と思ってとりあえず着てみますか」
「あの、店員さん?これ冬物ですよね」
ライダースの革ジャンにロンTにホットパンツ、足元には黒のロングブーツ
「おしゃれは気合です!じゃあ、こっち来て写真撮らせて下さい」
そういうものだろうかと疑問が有るものの写真を撮られていく。
「じゃあ、後ろを向いて顔だけこちらに向けて!そうそう、じゃあ、次はこれを着てくださいでその次はこれで・・・」
次々と着替えさせられてその姿を写真に収められていく。
それから出された服は道子に似合った大人びて綺麗にまとまった服を出されていたが、なぜか3着に1着の割合で妙に脚やお腹の露出が多い服が混じっており、そのたびに「そういうもんです!気にしないで下さい!」と言われ、鼻息に交じって「・・・ああ、眼福や・・・」と言った言葉が聞こえてくるのであった。
そんなことを繰り返していると、体を使った訳でもないのに妙な疲労感を感じている。
「あの、そろそろ、終わりにしませんか?」
「じゃあ、次!これ!これ来て下さい!」
「あの・・・、聞いていますか?」
「・・・店長・・・」
店員は
「ですから・・・」
「もうすぐ終わりますから!ね!ね!」
「店長」
「すみませんが、終わりにしましせんか?」
「あと、ちょこっとだけ!ちょこっとだけ!」
「さっきから読んでんだからさっさと反応しやがれ!このクソ店長!!」
「フギャ!」
怒声と共に店員の頭頂部に分厚いファイルが叩き落される。
道子の目の前で膝から崩れ落ちる店員。
「店長・・・?」
「人に事務仕事押し付けて何やってんですか!」
「久美ちゃんヒドイ・・・」
店長と呼ばれた女性は両手で頭をさすっている。
「すみません、店長がご迷惑おお掛けしました、お客さんみたいな美人が来られると暴走して自分好みの服を着させる悪い癖が有るんですよ」
アッシュブラウンの髪をお団子に纏め年の頃は自分とそう変わりが無さそうな、久美と呼ばれた店員が、ファイル片手に頭を下げる。
「店長?じゃあ、新人店員というのは」
「またそんな嘘ついたんですか?」
道子が視線を店長に向けると気まずそうに視線を逸らす。
「でも、こんなきれいな子が着たら色々着せたくなるじゃない・・・」
「だからって、お客さんに無理やり着せちゃダメじゃないですか、・・・まあ、化粧っ気が無いのにこれだけのレベルって、そうそういないですけどね」
「でしょう!だからね綺麗にしてあげるのは国民の三大義務の一つだと思うの!」
さも当然のように胸を張って嬉しそうに久美に言い放つ。
「とは言えこれは没収です」
「あっ!返して!明日への活力!」
久美は素早く店長のカメラを奪い取るとファイルを押し付ける。
「だったら溜まった事務仕事終わらせてください」
「・・・はーい・・・」
一つ溜息をつくと久美は道子の方を向いて笑顔を向ける。
「本日は大変ご迷惑をおかけしました、お詫びと言っては何ですが、そうですねえ・・・このジャケットを受け取っては貰えないでしょうか?」
そう言ってハンガー掛けに掛けられた服の中から一着を選び道子の前で広げる。
「えっ、そんな高価なものは受け取れません」
「遠慮しないで下さい、店長の給料から代金は引いておきますんで、オーナーからも次に店長が暴走したら罰としてそうしとけと言われてますんで」
「え・・・ちょっ・・・」
横でそんなことは初耳だとばかりに店長が目を見開いている。
「嫌なら仕事してください、さあ店長ハウス!」
「キューン・・・」
店長が肩を落としてトボトボと奥に向かって歩いていく。
「やっぱりこれは受け取れません、それだけの仕事を行ったわけではありませんし、学生には高価すぎます」
「学生?大学生ですか?」
「いえ?高校2年生です」
「高2ってタメじゃん!、あっ、ずいぶん大人っぽいんですね」
「よく言われがますまだまだ未熟ものですので」
「アハハ、未熟者って武士かって」
ケタケタと笑って道子の肩をバシバシ叩く。
「あっゴメンついつい・・・」
「いえ、いいんです、私もその方が会話がしやすいですからお気になさらずに」
久美がしまったと顔をしかめると道子はにっこりと微笑み応える。
「わかったわ、じゃあ今日は店長に付き合ってくれてありがとう、また来てね安くしとくからさ、アタシは百地久美」
「筒井 道子と言いますその時はよろしくお願いします」
二人はしっかりと握手をする。
「そうだLINE交換しよ、スマフォ出して」
久美がスマフォを出すと道子もポケットに手を伸ばすも有るべき物の感触が無かった。
「すみません、忘れてしまったようです」
そうすると久美はメモ帳を取り出し何かすらすら書き込んだ物を渡す。
「んじゃ、これアタシのメルアド、絶対返してね」
「はい、解りました」
その紙をポケットにしまった道子は久美に一礼して店を出た。
「久美ちゃーん、この数字なんだけど、あれ、彼女帰っちゃった?」
「そりょ、もう帰りましたよ、それと罰符は無しですよ、彼女に感謝してください、」
「フー、助かったなぁー、彼女はやっぱり女神様だわ、でも久美ちゃんオーナーの娘さんだから勘弁してもらえるよう言ってくれないかな」
店長は久美の服の裾をつまみながら口をとがらせる。
「仕事と家庭は別です、第一金白学院に合格してまじめに通うことを条件で店に立たせてもらうって認めてもらったのだってかなり頑張ったんですからね、それにしても・・・」
何かを思い出すように頭を傾げる。
「どうしたの久美ちゃん」
「彼女、どっかで会った気がするんですよね・・・」