14.夜街
龍二との闘いの後、クラブに一人残された道子。
夜な夜な人を集めるホールは静まり返り自分の呼吸音がはっきり聞こえる。
ビリビリに破いた服、乱れた髪に口内を切ったからか血も流れている。
「このまま帰るのも犯罪に巻き込まれたようにしか見えないわね」
どう考えても巻き込まれているのだが今一つ実感が無い。
脅迫された腹立たしさは確かに有ったが自分の培った物を思う存分揮えた歓びのほうが強かった。
教えられたことが役にたち五体満足で立てている。
『おじいさま、ありがとうございます』
そのことに心から感謝している。
ともあれ、このまま出ていけば通報案件なのは間違いは無い。
道子は若干の気まずさを感じながらスマフォを取り出す。
「で、呼ばれたのが俺って訳か」
不機嫌そうな顔をした伊集院が立っている。
「服を持ってきて欲しいって言われて慌てて来たらこういう事か!あーあ、顔から血が出てるじゃねえか!何でケンカなんてしてんだ」
音響の為にか音が良く響く室内に響き渡る大声。
「いえ、これは成り行きと言いますか脅されてと言いますか」
「なんかハッキリしねえな簡単に言ってくれ」
「では端的に言いますと正体をバラされたくなければ体で払えと言われまして」
「ちょい待て、一大事じゃねえか!ふざけんな!なんで俺に言わねえんだ!」
「そんなヤラシイ話ではありませんよ」
道子は改めて台巣町でのトラブルの後、3人組のボス的な男に目を付けられ正体をバラされたくなければ拳を交えることを要求された事を淡々と語った。
「端折りすぎだ、全く変な男に目を付けられたもんだ」
「どうやら弥生さんのお知り合いみたいで、私が偽物だと言うことは解っていたようでした」
「何者なんだ?」
「友武龍二と名乗ってましたが」
「どこかで聞いたような名前だなぁ?とにかく、手当てとか着替えをしないとな、運がいいのか悪いのか近くにあいつの店が有ったな、あそこには行きたくねえけど頼るしかないか・・・」
伊集院は何かを諦めたように一つため息をついた。
死闘のあったクラブから数ブロック離れた雑居ビルの3階。
伊集院は扉に『あさづけ』と書かれたバーのドアを開き中にはいる。
続いて道子が入ろうとするも、突然足を止め半歩後ずさりする伊集院を訝しがり背中越しに前を覗く。
「一尉殿、いらっしゃいませ~♪」
「・・・その呼び方やめろよ、権蔵・・・」
「本名やめて~♪今は萌美よ~」
そこで立ち塞がるように待っていたのはピンクのイブニングドレスにピンク色のロングヘア―、そのファニーな感じとは真逆なむき出しの肩から伸びるクマをも殺せそうな逞しい二の腕のした漢がいた。
その男は組んだ両手を胸元でくねらせながら近づいてくる。
伊集院は道子の襟首をつまむと前方から来る脅威の物体をブロックするかのごとく前に差し出す。
「えっ、ちょっと・・・」
「とにかくこの嬢ちゃんの治療を頼む、ちょっと公に出来ないんだ、あと服を貸してくれお前んとこなら有るだろ」
「ハイ、ハイ、♡高いわよ♪」
「言っとけ・・・」
「すみません、ご迷惑をお掛けします」
道子は当惑しながら首を垂れる、いかなる時でも礼を欠かさない、たとえそれが想定外の相手でもそうするのが道子たる所以である。
「なんで謝るのよ~、さあ、こっちいらっしゃい♡」
腕を引かれソファーに座らされる。
店内の壁は萌美の服と同じでピンク色に統一されている。
椅子やカウンターの隅には可愛らしいクマやウサギのぬいぐるみが二人を歓迎するかの如く置かれている。
カウンターの裏に当たり前のように備え付けられている使い古された救急箱が取り出されテキパキと手当進んでいく。
口元に充てれたガーゼは水洗バケツに浸された絵の具のように赤く染まる。
その紅さ萌美のマニキュアの赤さに負けてなかった。
「口もだいぶ切れてるわね、ちょっと浸みるわよ、それにしてもずいぶん容赦がないみたい」
「油断してましたから」
射し込むような痛みに一瞬顔を顰めながらも平然と答えるる様に驚きで萌美の手が止まる。
「痴話げんかとかじゃなくて?」
「な訳ねーだろ!」
「伊集院さんと戦ったら私が勝てる確率は低いですね」
「あらヤダ、それなりに勝つ気は有るのね」
手当も一通り終わり、今は道子の身だしなみを整えている。
「ずいぶん手馴れてますね」
ほつれていた髪も今では元の濡れ羽色の黒髪を取り戻している。
店内に漂う優しい甘い香りのせいか気持ちも若干穏やかになってきた。
「そりゃそうよ、若い頃はあたしも、そのころの仲間も一尉殿に毎日ボコボコにされてたのよ」
昔を思い出して萌美は嬉しそうに口を開くが擬音が不穏な事に道子は当惑する。
「それに、うちに来る若い子も、お客さんも盗ったの盗らないの、寝たの寝取られたのと大騒ぎするもんだからこの箱大活躍」
傍らに置かれた救急箱をパンパンと叩く萌美。
乾いた箱から聞こえてくる音と共にカラカラと何か固いものが器の中で回されると音がする。
伊集院は深いため息を入れながらカウンター越しからグラスにカットアイスを入れていた。
手を伸ばしバックバーの高い所に有るウイスキーを掴むとストールに座る。
「一尉殿、そのウイスキーは18年物!」
「いいじゃねえか、お前が昔の話を持ち出すから気分が悪くなったんだよ」
琥珀色の液体を乱雑にグラスに注ぎ一気にあおる、少なくとも高いものを頂く飲み方ではないのは未成年の道子でも解る。
「それに最近飲んでねえからいい奴呑ませろよな、そんな事より嬢ちゃん頼んだぞ」
「もう!まあいいわ、道子ちゃんだっけ、嫌だわ綺麗な顔が台無しじゃない、メイクもしなおすわよ」
「えっ・・・あ・・・すみません」
「そういえば先ほどから伊集院さんの事『一尉殿』と呼んでいますがどのようなご関係なんですか?」
「自衛隊時代の上官なのよ、めちゃくちゃ強かったのよ、任期が来るまで一回は勝ちたかったけどダメだったわ」
「だから昔話はやめろ、酒がまずくなる」
伊集院は勢いよく立ち上がり二人を見たかと思うとそっぽを向く。
「ただ酒呑んどいて何て言い草かしら!道子ちゃんはああなちゃダメよ、と言ってもなかなかああはなれないけど、どこ行くの?!」
「便所!」
「でも優しいのよ私が性で悩んでいる時助けてくれたのよ、まあ本人はそのつもりは無い何気ない一言なんでしょうけどね」
「好きなんですか?」
「コラコラ!男だったら誰でもいいって尻軽じゃないわよ、だいたい守備範囲は年下よ!まあ、抱いて欲しいって泣いて頼んで来たら考えてあげてもいいかしら」
「ふざけんな!」
「アイタ~・・・殴らなくてもいいじゃない!」
「今の発言で殴られないかと思ったか!」
「伊集院さん、ひどいです」
「やさしわ~道子ちゃんだけが味方よね~」
ひしっとその逞しい両腕で道子を抱きしめる、分厚い胸板は硬いゴムのようなかんしょくだ。
「手当完了、ところでなんでこんな事になったのかしら?」
「今はそれは聞かないでくれるか?」
「一尉殿の頼みじゃしょうがないわね」
「すまんな・・・」
「そう思うならお金払いなさいよ」
「すまんな!」
「うわー・・・」
「服はいいのが有ったかしら?」
ガサゴソと物置からハンガーに掛けられた大量の服を腋に抱えながらノソリと出てくる。
「心なしか楽しそうですね」
「あらやだ、そんな事は無いわよ~、これなんかどうかしら?」
知人女性と似た微笑みを感じながら道子は服を受け取り着替えの為に店の更衣室に向かう。
「助かったよ、客入れない為に開店遅らせてくれたんだろ」
「いいんですよ、お役に立てて何よりです」
「まだ、あの時の事を気にしてんのか?俺は思ったこと言っただけだから恩に思わなくてもいいんだけどな」
「いえ、親にも否定されていた思いを初めて一尉殿に肯定してもらった時に自分でも認めることができたのです、おかげで自分を偽ることなく好きなように生きることを選択できました。」
「まあ、好きにしろ」
「はい、そうします」
話が落ち着いたころ更衣室のドアが開きスラリとした脚が見える。
「あの、萌美さんこの服は何なんですか?」
ボディコンシャスな服で体のラインが強調される。
スカートの裾は短く上着も短いのでヘソも丸見えで扇情的だ。
「やっぱり似合うわーセクシーナース、アタシがもう少し細ければ着れるのだけど」
「権蔵・・・嬢ちゃんで遊ぶな」
「あらヤダ出勤じゃなかったの?」
萌美はしてやったりとニヤニヤと笑うだけだった。
間が空いてしまいましたね。
納得いかなくて書いては消し書いては消しでした。