13.愉悦
夜の西古町、街灯よりも明るい街の明かりに道路を照らす。
町に立つ人々から発せられる多種多様な言語が日本にいることを忘れさせる。
私服姿で歩く道子に対してあらゆる方向から野卑な声を掛けられるが片言だったり、そもそも何を言っているのか解らない言語である為見向きもせず歩く。
その様は道子の周辺だけ同じ場所にいながら空間が違って無人の野を歩いているようだ。
帰宅時に渡された紙に書かれた番号に連絡を入れると若い男が出た。
「電話待ってたよ、ゴメンね後ろが煩くて」
スマフォの通話口からは地響きのようなリズミカルな電子音が獣の嬌声と共に聞こえてくる。
「回りくどい事をされてますが何の用ですか?」
「そんな塩対応しないでよ、せっかく3馬鹿が苦労して君の写真撮ってきたんだから」
「あれはあなた達が犯人だったんですね?」
「ん?何か問題になってた?あいつらの事だから、あの時みたいに余計な事してたみたいだね」
「あの時?」
「うん、君が台巣町で投げ飛ばした時みたいにさ、まあ、管理責任ってわけじゃないけど飼い主として謝ります」
「犬にはちゃんと首輪をしてもらいたいものですね」
「アッハッハッハ、ゴメンゴメン、じゃあそれもかねて謝りたいから会いに来てね」
「拒否権は無いんですか?」
「拒否ってもいいけど、どうなるのかなぁ~?俺、割と社会的に影響力出せるんだよね、平野さんらが出れるパーティーに行ける時点で察してよ」
軽いジャブのような脅しながら思わずスマフォを握る手に力が入る。
「とりあえず時間と場所、ショートメールで送っておくからよろしく~」
電話は切れ間を置かず西古町のクラブの地図と時間が送られてきた。
静かに淡々と過ごしたかったのになぜこうもトラブルが続くのか道子はめまいがする思いだった。
指定されたビルの6階のドアを開けるとガランとした空間が広がっていた。
テーブルや椅子は壁際に寄せられソファーが一つだけ奥に置かれている。
そのソファーに笑顔でコーヒーをすする男がいる。
「とりあえず平野さんでいいかな?いらっしゃい~」
金髪碧眼ながらも流暢な日本語を話す男、それこそ少女漫画の王子様のような容姿。
何がそんなに面白いのか笑顔を絶やさない事に道子は不気味さを感じる。
「そう言えば私服そんなんだったね」
フリルがたくさん取り付けられた黒ゴス姿の道子を見て龍二がニコニコとしゃべり始める
「これは私の趣味ではありません、それよりもどういうつもりなんです?と、言うよりあなたは誰なんですか?」
「これはこれは、俺は『友武龍二』だよ、こっちは直也、自分で言うのは恥ずいんだけど、俺ん家ってこれでもそこそこの家柄なんだ、だから金白学院に通う平野さんには面識が有るんだよね」
張り付いたように表情を崩さず語り続ける。
「と言っても親のパーティーで顔を合わす程度だったんだけど、何も無いようなところで転ぶような運痴だった君がどうやって3馬鹿トリオを投げ飛ばしたか知りたくてね」
「そこまで言うなら私が本人じゃないのは解っているはずですが」
「うん、まあ、すれ違った時、俺に気づかなかった段階で確信に変わったよ」
「私に何をさせたいのですか?」
「ウーンとね、遊んでくれないかな?・・・ってね!」
声と共に龍二がソファーから低い姿勢のまま飛び込んで来る。
それは野生の豹か虎を思わせる。
(速い!)
一瞬にして目の前に来たと思った瞬間、拳が飛んでくる。
条件反射で躱したが一つ間違えば顔面に直撃だった。
道場稽古では躊躇無く急所を狙う事は無い。
おじい様との稽古で実戦を想定した組手が無かったら確実にクリーンヒットしていた。
「ハッハッ!躱すんだこれを!」
龍二は死ぬほど愉快な笑顔をしている。
「クッ!」
(やりづらい!)
武の理を無視した動き、離れては近づき攻撃を放ったと思えばまた離れる。
目にもとまらぬ猛攻に身体能力の高さを感じる。
だんだんスピードが上がってくる。
右上から拳が振りぬかれる。
スウェイで躱すと勢いあまってそのままつんのめる。
チャンスとばかりに懐に飛び込んで突きを入れようとした瞬間龍二の姿が消える。
直後に衝撃が肩に掛かり、重圧に片膝を付きその動くが止まる。。
目の前には仰向けになった龍二がいる。
「おかしいなぁ、頭狙ったんだけど」
龍二は体勢を崩したまま前方宙返りをして踵で道子を攻撃していた。
立ち上がり低い姿勢で飛び込む龍二。
間髪入れずに下から突き上げられる。
「グッ!」
道子は立ち上がり躱したはずだった。
だが、アゴにいいのをもらってしまう。
「どうしたの?そんなもんなの?」
頭を揺らされ意識が飛びかける。
服の裾から伸びるリボンが龍二の右手に握られ動きが止められている。
そこから連続して顔面への集中砲火。
片腕で捌こうとするが何発かいいのをもらってしまう。
「やっぱり君もつまんないな」
そう言うと龍二は右手でいた道子の腕を振り払う。
直後に道子のツインテールに結わいだ髪を掴み勢いよく引き上げる。
と同時に飛び上がるウィッグ。
予想外の現象に呆然とする龍二。
「ブッ!!」
間抜け面した龍二の横っ面に突き刺さる拳。
「そんなの反則だよ」
綺麗に決まったせいか足元がおぼつかないながらも龍二は軽口をたたく。
道子は息を上げながらおもむろに袖を引きちぎり腕ををあらわにさせた。
「着てみるとそんなに嫌では無かったのですが少々動き辛いので・・・」
誰に言い聞かせる訳でも無く独り言をつぶやくとスカートも膝上ぐらいで真横に引き裂き靴も脱ぎ捨てた。
「こんなに打たれるのは久しぶりですね、ですけどだいたい解りました、もういい様にはさせません」
「ハハッ!嘘つくなよ!」
威勢のいい掛け声と共に閃光のように飛び出す龍二。
「ガハッ!」
顔面に深々と突き刺さる拳。
「あれ・・・?」
畳みかける様に二段突きが刺さる。
「クハッ!・・・マグレだろ・・・」
頭を揺らしながらもそう言い放ち道子を睨む。
だがその発言を知った事かとばかりに道子は飛び出し鳩尾に中段の前蹴りをトゥキックで入れる。
口から撒き散らされる吐しゃ物。
それを振り切るように龍二は高速で接近するが動きの出鼻をことごとく打撃を加えられ止められてしまう。
(フィジカルはものすごいですけどそれに頼りすぎて動きが単調です、攻撃の起点が解ればそこをつぶすだけですね)
確かに最初はその動きと容赦のなさに戸惑っていた。
しかし、一撃加えた直後にそのパターンに気づいた。
フェイントも何もない素早さだけに頼った攻撃にやられるような道子ではなかった。
高々と投げ飛ばされ背中から落ちる龍二。
「あー、もう動けないや、面白かった・・・」
脳が揺らされ数刻意識がはっきりしなかったがしばらくするとそうつぶやき寝ころびながら微笑んだ。
「いやー、強いな~、でもヅラが外れたのはビックリだよ、弥生ちゃん君誰なの?」
「そこそこの家柄なら解るのではないでしょうか・・・」
「いや~、厳しいなぁ~」
くすくすと笑いながら楽しそうにしゃべる。
「龍二、いい加減にしろよ、弥生さんでいいかな? 今日は龍二に付き合ってくれてありがとう、この事について口外するつもりは無いから安心してくれ」
「なんで上から目線なんですか?」
「フッ、すまないな確かに無理やり付き合わせてこの態度は無いよな、とりあえずこの詫びは別の機会にさせてくれ、それにしてもなんで・・・いやまあそれはその時にさせてもらおう」
「直也~、起きれないよ~」
「甘えるんじゃない}
そう言いながらも直也は龍二の腕を肩にかけながらクラブを出行こうとした時。
「この店は龍二がオーナーだから好きな時に出て行ってくれ」
と肩越しに声を掛けられた。
戦いの後の疲れか返事をし損ねた道子。
「あっ、服どうしよう・・・」
と思うとさすがにこの格好で表に出るのはまずいかと、マジマジと破れた裾を眺めるのであった。