11.談話
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ビルを出るころには紅かった空が夕闇に変わりポツリポツリと星が輝き始めている。
川沿いを歩きながら二人は道子のマンションに向かう。
家路に途に就く時間帯からは少しずれているがまだ人々の動きが有り遠くから車の行き交う音がするが、今歩いている場所はメイン通りから外れているので車の通りが少なく、人の通りも少ない。
川のせせらぎとどこからか家族のだんらんの音が合わさって聞こえどことなく寂しげだ。
そんな民家からの夕餉の香りがどこからともなく歩道を歩く二人にまとわりついている。
「ううっ・・・、カレーの匂いがする・・・お腹がすいてるのを思い出いちゃいました」
どこからかカレーのスパイシーが漂ってくる。
香りに空腹を刺激され舞は思い出したようにお腹を押さえながら口を開く。
話し合いが終わり道子の住むマンションに向かう二人、バタバタとした一日が終わりふと我に返るとお昼から何も口にしてない事を思い出す。
忘却からの反動か、いつも以上に空腹を自己主張している。
「そうね、あれからバタバタしちゃって意識なかったけどすごいお腹が空きましたね」
おどけた舞の様子に道子は微笑みながら答える。
ウィッグとメイクを落とし今は長い黒髪を後ろの束ねている。
つけまつげやアイライナーでクリっとした瞳にして可愛らしさを強調した目は、切れ長の涼し気な大人びた感じに、髪は夜の闇に溶け込むように深く黒く、明るめのファンデーションを落とし白磁のようなきめの細かい白い肌なった肌は夜の黒さとの対比で幻想的な美しさを持ち、そんな道子を見た舞は顔を赤らめため息をついた。
「どうかしたのですか?」
「いえ、なんでもないです・・・」
舞は恥ずかし気に下を向きそのまま幾ばくか無言のまま歩いていたがいくばくかすると目的地に着いた。
「ずいぶん大きいマンションですね」
「そうですね、一人で寝起きするのにこの大きさは必要ないと思っているんですが、会社の持ち物だそうでここしか開いてなくて他には手配できなかったそうです」
目の前には見上げるばかりの高層マンションが立っている。
「ヒラノインダストリーの赴任者用にだそうで今はたまたま空いてたとの事です、部屋数も多いですけどほとんど使ってないですがたまに由里さんが帰るのめんどくさいと言って泊まりに来ます」
「えっ?泊りに、ちょっとうらやましいかも・・・」
「何か言いましたか?」
「なんでもないです・・・」
無機質なオートロックとエントランスを抜けエレベーターに乗るが個室内特有の沈黙で満たされる。
「あの、助けていただいてありがとうございます」
空気に耐えかねたのか静寂の中で舞の声が響く。
「いえ、こちらこそ私の事情にまきこんでしまった上に秘密を守ってくださってありがとうございます」
「あっ・・・今日の事ではないんです」
そう言いかけた時、断ち切るように軽いベルの音が鳴り会話が中断される。
「ついたみたいですね、この階の一番奥です」
玄関まで続く高層階の共用廊下の眼下には先ほどビルの窓から見えていた川が黒い道のように伸びているのが見える、その向こうには不夜城のように煌々と光るビルや繁華街の明かりが都会のホタルのように瞬く。
「綺麗ですね」
そうつぶやく舞と自分、都会の喧騒に現実感が無くこの世に二人しかいないような錯覚に陥る。
「さあ、入りましょうか」
マンションの室内は家族向けの4LDKで高級マンションの部類なので一部屋一部屋は広く作られている。
そこに一人で住んでおり、荷物も少なく生活感の無い室内に若干の寂寥感を感じてしまう。
リビングダイニングの隅に服等の荷物が固めておいてある。
広さのあまり空間を持て余していた道子は寝室以外の部屋を使おうとせずリビングにすべてを集約させている。
それは決してたくさんの部屋を管理するのがめんどくさいと思ってやっているのではなく合理性を求めてと自分に言い聞かせている。
その荷物の中には道場で使用していた道着や武具も並べて置いてあるのに舞の目が行く。
「筒井さん、これなんですか?」
舞はちょこちょこと武具に近づき物珍しそうに尋ねる。
「木刀に薙刀、棒手裏剣に槍や棒とかです、私を育ててくれたおじい様が古武術の師範でして幼い頃から薫陶を受けていたんです、飲み物はお茶しかないですけどいいですか?」
「あ、はい、ありがとうございます」
道子はコップに注いだペットボトルのお茶をダイニングのテーブルに置き、舞に椅子を進める。
「それであんなに強かったんですね」
道子の真向かいに座った舞はよほど喉が渇いていたのかコクコクとお茶を飲み干して問いかけた。
「強いと言われると何かおさまりが悪い感じがしますね、おじい様と門下生の方々としか手合せしてなかったのですので・・・、あと、ここしばらくは伊集院さんですかね?皆さんお強いので自分が強者だとは思えません」
「比較がおかしんじゃないでしょうか?」
小首を傾げながら舞は尋ねる。
「何はともあれ、そういう方々を相手にするイメージで動いたせいで過剰防衛になってしまいその結果、風間さんを巻き込んでしまいました、本当に申し訳ありません」
深々と頭を下げる道子に舞は慌てる。
「えっ!あ・・・頭を上げてください!いいんです!と言いますか、ありがとうございます!助けてくれて」
「ですけど今日の事は・・・」
「違います!階段の事です!」
舞は勢い良く立ち上がり言葉を続ける。
「あの時、筒井さんが受け止めてくれなければ大ケガして動けなかったはずです、それこそ今日の出来事は怖かったんですけど、階段から落ちた時受け止めてくれなければ今は病院のベットのはずです、だからありがとうございます」
勢い良く頭を下げる舞、しかし、道子の顔は暗い。
「でも・・・」
「あっ、じゃあ、お願い聞いてくれます?それでお互いチャラにしましょう!」
「そんなに大したことはできませんが私に出来る事が有るなら」
「そうだ!助けてくれた時に下の名前で呼んでくれましたよね?」
「ええ、咄嗟でしたから・・・」
「次から『風間さん』って他人行儀じゃなくて『舞』って呼んでください」
「そんなことでいいんですか?」
「いいんです、それであたしも二人きりの時は『道子さん』って呼んでいいですか?」
「わかりました風間・・・」
「ンっ!ンンっ!」
「舞・・・・ちゃん・・・」
「はい!道子さん!」
満面の笑みの舞と困惑した道子。
会話の糸口を探そうにも迷路に迷い込んで糸口が見つからない感覚になった道子を救うようにベルが鳴り玄関ドアが開く音がする。
「二人ともお待たせー、ご飯行くよー」
由里の屈託のない声に救いを感じる道子であった。