妹に捧ぐ一皿
「う~ん……」
黒星山羊のフレッシュチーズを使ったブラマンジェ、フルーツのガスパチョ仕立てにするか……
ゲルダルダ産の生クリームを使ったクレームブリュレ、フレッシュラヌール添えにするか……
「それが問題だ」
「いえ、悩みすぎでございますよ、蒼嵐王子」
今ぼくはバンケットルームにいる。
目の前のテーブルには彩りも鮮やかなデザートが二皿、存在を主張して並んでいた。どちらも最高級の素材を使用した、贅沢な一品だ。
でもぼくは食事をしにきた訳じゃない。もっと重要なことで、総料理長の千福と対策を練っているところだ。
「そもそも黒星山羊のチーズは、飛那姫が好むかな?」
「山羊の中ではデザート向きのくせの少ないチーズではありますが、このコクがたまらないという意見と、やはりくせが気になるという意見に分かれるところですな」
「うーん、じゃあやっぱりスタンダードにクレームブリュレでいくか。もう少し見た目と素材にインパクトが欲しいな。ラヌールを飛那姫の好きな柑橘に変えるとか、見た目をピンクにするとか」
「ピンクでございますか……」
最初は乗り気だった千福も、試作3回目の今日は歯切れが悪い。
妹の食の好みを知り尽くしている総料理長に応援を頼んだまでは良かったのだが、今ひとつ真剣みに欠ける気がする。
ぼくの本気を、もっとちゃんと理解してもらわなくては。
そう、ぼくがここでスイーツとにらめっこなんてしているのには、ちゃんと訳がある。
西のプロントウィーグルから視察に来ていた国王様と第一王子が帰った数週間後、お礼と称してたくさんの特産品が届いた。
大国同士、西とは良い関係を築けているようで何よりだ。
これからも貿易やその他の面で親交を深めていこうという父様の姿勢に、ぼくだって異存はない。
そう、問題はそこじゃない。
その贈答品の中に入っていた珍しくて可愛いお菓子の数々が、今ぼくの妹の心を虜にしているのだ。
ピンク色のリボンがかかった包みを持って、うれしそうに笑っている妹はこの上なく可愛いらしいけれど、それを贈ってきたのが例の第一王子かと思うと、どうにも釈然としない。
あれから1週間以上経つのに、今日部屋に行ったらまだ大事そうにその包みが置いてあって、
「城のお菓子より、西の国のお菓子の方がおいしいのではないかしら」
などと、侍女達と話しているではないか。
これは由々しき自体だ。
紗里真よりも西のプロントウィーグルの食べ物の方がいいだなんて、あの食いしん坊の飛那姫が思ってしまったら最悪だ。
そのうちに西の国に行くとか言い出して、最終的にはあの王子のところにお嫁に行ってもいいとか言い出しかねない。
そんなことになったらと思うだけで、ぼくの心は張り裂けそうになる。
これは、紗里真王国王室専用厨房付総料理長の威信にかけて取り組まなくてはいけない問題だ。
千福、そう思うだろ?
そんな訳で、総料理長を巻き込んだぼくの「西のお菓子よりウチのお菓子の方が百倍おいしいことを妹によく分からせる計画」が始まった。
手始めに、家族で毎月恒例にしている明日のティーパーティーに出すお菓子を、ちょっと特別なものにしようと思いついて、今こうして試作品の最終確認をしているところなんだけれど……
「色はともかくとして、ブリュレのこの部分には既に最高級のクリームと希少糖を使用しておりますので、あとは卵を変えるくらいしか味を変える方法はありませんな」
「卵かぁ……」
「今はあっさりと食べられるようにフウセンキツツキの卵を使用しておりますが、濃厚なコクを出したいのでしたら別に何かしらの特別な卵を用意すれば良いかと」
千福の説明を聞きながら、皿に乗った黄色いプリン状のスイーツを一口食べてみる。確かにあっさりだ。
「姫様はスイーツに関しては、こってりしたものがお好みのようですから。これはこれでおいしいのですが、少し物足りなく感じられるかもしれません」
それはいけない。
妹には絶対に「やっぱりウチのお菓子が一番」と思ってもらわなくてはいけないのだ。
「どうすればいい? なんの卵を使えばいいんだい?」
「そうですね、今時期は手に入りにくいものも多いので……あ、今時期と言えば」
「ん?」
「中央広場の高級食材通りで、狩人物産展をやっているところでしたね」
「狩人物産展?」
聞いたことがないけれど、なんの催しだろう?
「各地の食材ハンターが仕入れてきた貴重な食材を販売する大市でございますよ。あそこならあるいは」
「へえ」
中央広場の市場には行ったことがあるけれど、そんな大市がやっているとは知らなかった。
そこに行けば貴重な卵があって、妹が納得するスイーツが出来るってことか。
「よし! じゃあそこへ行こう!」
「え? 王子、自ら……でございますか?」
「うん、千福も一緒に来てくれるだろう?」
ぼくの本気を分かってもらうには、ぼくが直接行くのが一番だ。
すぐにでも支度して、すごい卵を買いに行くぞ!
30分後。
護衛のロイヤルガードが二人、緊張した面持ちでぼくの前に立っていた。
精鋭隊の副隊長だったか。なんでそんなに固い表情でいるんだろう?
「じゃあ、今から城下町に出るから。護衛をよろしく頼むね」
ぼくがそう声をかけると、二人ともビシッと敬礼のポーズをとった。
「承知いたしました!」
「命に代えても、王子をお護りする次第であります!」
ん? なんだかやたら仰々しいな。
買い物に行くだけなんだけど……
もしかしてぼくが、「緊急に重要な件で町に出たいから、至急ロイヤルガードをよこして欲しい」って頼んだからかな?
……まあ、いいか。
ぼくはこの東の大国、紗里真の第一王子だ。城下町をおおっぴらに出歩ける立場ではないので、王族用でない質素な馬車に乗ってお忍びで市場に向かう。
中央広場には市場が併設してる。何度か行ったことがあるけれど、活気があってちょっと騒がしい、色んな匂いのするところだ。
今日はそんな市場の中心街を少し外れて、富裕民の高級住宅街にほど近い方にまでやって来た。
なるほど、こっちは高級食材を求める富裕民用の市場なのか。
馬車を降りると、市場の中心と少し雰囲気は変わって、小綺麗な屋台が建ち並んでいる。道行く人を呼び止める声が騒がしいのは変わらないけれど。
「どの辺で、卵を売ってるんだい?」
千福に尋ねると、彼は特に決まっていないと言った。
「どの辺りに何があるのかというより、地域やハンターによって店が分かれておりますので」
回ってみなければ分からないということか。
よし、可愛い妹が最高級スイーツに感動する姿を見るために、ぼくはどこまでも歩くよ!
珍しい食材の並ぶ中を、ぼくはキョロキョロと卵を求めて探し歩いた。
卵はあった。
結構あった。
小さいのやら大きいのやら、青いのやら灰色のやら虹色のまで。
千福が来てくれてなかったら、ぼくだけでは絶対分からない種類の品揃えだ。
「レインボーバードの卵ですな」
虹色の直径20cmはあろうかという大きい卵を指さして、千福が言った。
その鳥なら知ってる。親鳥はいたって地味なカラーなのに、7つの色を持った卵を産むという、ヒナまで虹色の変な鳥だ。
確か、もっと南の方に生息していた気がするけれど、この卵、食べられるんだ……知らなかった。
「これならいいのかい?」
「ええ、かなり濃厚な食味なので、良いコクが出ると思いますよ」
「よし、じゃあこれを買おう」
ぼくが卵に手を伸ばしたら、横にいた男も同じ卵に手を伸ばすところだった。
「……この卵は俺が先に買おうと思ってたんだが?」
不機嫌そうに言う男に、ぼくも引き下がるわけにはいかない。
「いや、ぼくもこれが欲しいんだ」
目の前の店主がぼくたちを交互に見て、意地悪そうに笑ったのが見えた。
「お客様、こちらの卵は大変貴重ですので、値札をつけておりません。3万からでしたらお譲りできるのですが……どちらのお客様がお買い上げになりますか?」
すると、買い物客の男は財布から札を取り出して言った。
「5万出そう。俺に売ってくれ」
1万ダーツ札を5枚ちらつかせて、男が言う。
「……そちらのお客様は、よろしいですか?」
隣で千福が何か言いたそうにしていたけれど、とりあえず他に同じ卵がない以上、これを買ってかなくちゃいけないということだ。
ぼくは隣の男の財布を横目でのぞき込んだ。
それなりに札が入っているのが見えた。
「君、いくらまで出すつもりなの?」
「ああ? 坊ちゃん、いいか? この卵の価値はガキには分からねえんだよ。悪いこと言わねえからさっさと帰んな」
乱暴な言葉遣いに、少し離れて立っているロイヤルガード達がピリピリ殺気立つのが分かった。
いや、大丈夫だから。落ち着いて。
本当に、城下町の民達は荒っぽいのが多いなぁ。
「ぼくもこの卵がどうしても欲しいんだ。譲ってくれないかな?」
そう言うと、ぼくも手持ちの財布からお金を出した。
男の持っている所持金よりも、はるかに多い枚数の札束を。
「これでいいかな?」
笑顔で渡すと、店の主人は目を見開いてお金を見たあと、すぐさま綿の詰まった木箱に虹色の卵を詰めて袋に入れ、ぼくに差し出した。
「お買い上げありがとうございます!!」
隣の男が口を開けたままぼくを見ていたけれど、スルーしようと思う。
彼には悪いけれど、目的は果たしたので満足だ。
「蒼嵐様……」
木箱の入った袋を渡すと、千福はため息を隠せない様子で呟いた。
「30万ダーツは、相場の10倍超えでございますよ……」
少し出し過ぎたということかな?
だって、おいしいスイーツを作るため、卵を手に入れるためにここまで来たんだ。遠慮したり、手段を選んだりしている場合じゃないだろう?
なんてったって、可愛い妹の為だからね。
馬車に戻るのに少し歩いたところで、ぼくは不意に横から腕を捕まれた。
首を回してそちらを見る前に、横の路地に体ごと引っ張り込まれる。
え? なんだ?
「……金持ちの坊ちゃんよぉ」
どん、と押されて路地の壁に追いやられたところで、目の前の5人組の中に、さっきの店で会った買い物客の男が混じっていることに気がつく。
あれ? これってもしかして、絡まれてるってやつかな?
「まだたくさん財布に入ってるんだろ? ここに置いてけよ」
ニヤニヤ笑ってるけれど、これ、大丈夫だろうか。
いや、ぼくじゃなくて、彼らが。
少し心配になったところで、一番後ろの男が崩れ落ちるのが見えた。
ドゴッ、という鈍い音とともに、更に2,3人がまとめて崩れ落ちる。
あっという間に、男達は路地の地面に転がっていた。
「王子! お怪我はありませんか?!」
「ああ、大丈夫だよ」
ぼくは妹に武の才能も剣の才能も全部持っていかれてしまっているので、情けないが腕力はない。喧嘩も暴力もまっぴらごめんだ。
こうして護衛がいる限りはそう危険なこともないけれど。
そう思っている間に、ロイヤルガードの二人が転がった男達を避けて道を作ってくれる。
「王子、この者達は牢に連行しますか? それともここで……」
ええと……その発言は物騒なヤツだね?
「いや、いいよ。そのまま放って置こう。彼らも少しは懲りただろう」
お忍びで来ている以上、事を大きくしたくないし。
ロイヤルガードの二人に付き添われて路地から出ようと思ったら、千福が血相を変えて逆に飛び込んできた。
「王子! 申し訳ありません!」
「千福、どうしたの?」
「卵が……!」
千福が叫んで指さした先には、ふてぶてしい顔をした大ガラスがいた。
そう、卵の入った木箱の袋をくわえた、真っ黒いカラスが。
「盗られてしまいました……」
「えええ?!」
鋳物屋の看板に止まったカラスは、フン、と鼻で笑うようにこちらを見て、大きな羽を広げた。
まずい! 逃げられる!
3次元で逃げる鳥が相手では、さすがのロイヤルガードも手が出せないだろう。
千福は言うに及ばず。
となると、追えるのはぼくしかいない。
「浮遊呪文!」
魔力も普通の魔法士並み、攻撃魔法も苦手なぼくが得意な唯一の魔法。
重力を無視した体が、建物の間を突き抜けて上へと飛び出す。
視線の先に、あのカラスが飛んでいくのが見えた。
「待てっ……!」
あれを持って行かれるわけにはいかない。
ロイヤルガードや千福が下で叫んで止めているのが聞こえたけれど、ぼくは躊躇なく大ガラスの後を追った。
鳥は早い。
魔法も使わずにあんなに早く飛べるのだからすごいと思う。
でも今はどうか、止まってくれ!
どこまでも止まる気配のないカラスは、とうとう城下門を越えてしまった。
そこから先を追いかけるのは、さすがにまずい気がした。
こんなところまで単独で来てしまった以上、すでに各方面が心配しているはずだ。
早くあの卵を取り返して、帰らなくては……!
開けた場所にある池の上まで飛んでいったカラスが、まだ追いかけてくるぼくを振り返ったような気がした。
フン、という声まで聞こえた気がする。
次の瞬間、大きく開けたカラスの口から、木箱を入れた袋が離れた。
え?
ちょっと待って。
……落とした?!
落下していく木箱の袋を追って、ぼくも降下する。
間に合うか?
……いや、無理だよね!
バッシャーンと水しぶきが上がる。
ぼくの顔に思い切り水がかかって、伸ばした手の先は宙を掴んだ。
カラスは「アホー」と聞こえそうな声で鳴きながら、どこかへ飛んでいってしまった。
30分後。
町のいたるところに騎兵隊が。
城門の前には、騎士隊が。
とにかく色んなところに、ぼくを探しているらしい騎士団の姿が見えた。
木箱を抱えて、フラフラ宙を飛んで帰ってきたぼくに、兵士達が血相を変えて寄ってくる。
「蒼嵐王子! ご無事で!」
「王子が帰られたぞー! 通達せよ!!」
ああ……疲れた。
でもいい。卵は手に入れた。
割れてもいなかった。
ぼくはやったよ、飛那姫。
池に飛び込んだのははじめてだったけれど。
翌日。
お茶会用のバンケットルーム。
妹は水色のワンピースに揃いの大きなリボンを頭につけて、ちょこんと椅子に座っていた。今日のコーディネートは異国のお人形といったところか。
白いタイツに大きめフリルの白いエプロンが最高すぎる。
グッジョブ侍女達!!
「兄様、お風邪ですの?」
「うん……ちょっとね」
どうやら昨日、びしょ濡れで外を飛んだのがいけなかったらしい。
ゴホゴホ、と咳をするぼくに、妹が心配そうな顔を向けてくる。
そんな表情もまた、たまらなく可愛い。
「温かくして、早く治してくださいね?」
「ありがとう、飛那姫」
それより、とぼくは給仕係の運んできた皿をちらりと確認した。
うん、完璧だ。
「本日のデザートは蒼嵐王子よりのオーダー品でございます。ゲルダルダ産の生クリームとレインボーバードの卵を使ったクレームブリュレ、フレッシュラヌール添え、ご賞味ください」
見た目をピンクには出来なかったが、3色のチョコレートをハート型に形取った飾りを可愛らしく取り入れた。柑橘のソースに代えて、添える果物の種類も色鮮やかに増やしている。
運ばれてきた千福渾身の一皿に、妹が目を輝かせる。
「蒼嵐……これは、完全に飛那姫用ではないのか?」
父様と母様は、お皿を見た瞬間に苦い笑いを浮かべたけれど、そんなことはかまわない。
これはぼくが、ぼくの妹のために全力を出した結果なのだ。
「兄様、すごく可愛いデザートですね」
「気に入った? 味にもこだわって作ってもらったから、食べて感想を聞かせて欲しいな」
妹はスプーンを手に取ると、一口目をうれしそうに口に運んだ。
ぼくは固唾をのんで見守る。
「どう?」
「おいしい! こんなにおいしいプリンはじめて!」
瞳をキラキラさせながら二口目を口に運ぶ妹に、ぼくは心の中でガッツポーズを取った。
「兄様、私、このプリンすごく好きです。カラメルはパリパリで柑橘のソースもおいしいし、こっちの甘酸っぱいフルーツも好き」
「そうかそうか、飛那姫が気に入ってくれてぼくもうれしいよ」
何より、その笑顔が見れて、ぼくは大満足だ。
「西の国のお菓子もすごくおいしいと思ったんですけど……やっぱりウチの千福のスイーツが一番ですね」
(ぃよしっ!!!)
再び、ぼくは心の中でガッツポーズを取った。
もうこれは疑うことなく、ぼくの完全勝利だろう。
見たか、西の国のお菓子。
見たか、西の国の王子め。
満面の笑みでお皿を平らげた妹を、ぼくも同じくらいの笑顔で見つめる。
白くて丸いほっぺについたクリームも可愛らしい。
ああ、つくづく天使だなあ、ぼくの妹……
「ところで兄様、聖獣ってなんだかご存じですか?」
「ん? ああ、知ってるよ」
お茶を飲みながら、妹がふと思い出したように唐突な質問をしてくる。
いつも知らないことや分からないことがあると、こうやってぼくに聞いてくるのだ。小さいことでも妹に頼ってもらえるのは、この上なくうれしい。
ぼくは武芸こそ得意でないものの、学問に関しては妹の尊敬を得るに価するだけの知識を持っていると自負している。
妹から尊敬されたいが為に勉強していると言っても過言ではない。
そう、ぼくは「出来るお兄様」でいたいのだ。
「聖獣っていうのはとても珍しい生き物でね。動物に似た形をしているんだけれど、魔法が使えたり、特殊能力を持っていたりするんだ。とても賢くて、人の話も分かるらしい。中には戦闘に向いている強い聖獣もいるらしいよ」
動物好きな妹がどこでその知識を仕入れてきたかは知らないけれど、ぼくは自分の持てる知識を分かりやすく説明してあげた。
「わあ……いいなぁ、どんな形なんだろう。もふもふなのかしら……それともふわふわ?」
「飛那姫、聖獣はペットじゃないんだから。そもそも触ったり遊んだり出来ないよ?」
少なくともそんな感じの生き物ではないと思う。
苦笑してぼくが言うと、妹は大きい目を丸くして、ぼくを見た。
「え? でもアレクシス様は飼ってるっておっしゃってましたよ」
ぴたり、とぼくの動きが止まる。
……飛那姫、どうしてここで、あの王子の名前が出てくるのかな?
「とっても強くて賢いんですって。私、今度その子の背中に乗せてもらうって約束しましたの」
頬をほんのり紅潮させて夢見るように言う妹を、ぼくは愕然とした気持ちで見つめた。
約束? それは、まさか……
「西の国に行くのが今から楽しみですわ」
無邪気な笑顔で、妹がぼくの心を潰しにくる。
聖獣……そんな切り札が向こうにあったとは。
よもや妹が大の動物好きで、もふもふしたものが好きで、ふわふわな生き物にも目がないのを知ってのことか?
侮れないぞ、西の国の王子。
さすがに聖獣を探し出して連れてくるのは、ぼくにも難解なことに思えた。
どこにどんな形でいるかも分からない生き物を探すなんて……
お菓子のみならず、妹にとってたくさんの誘惑がありそうな西のプロントウィーグル王国に激しい嫉妬の炎を燃やしながら、ぼくはあの整った目鼻立ちの第一王子の顔を思い浮かべていた。
これは、ぼくに対する宣戦布告とみた。
いいだろう……受けて立とうじゃないか。
ぼくの全身全霊をかけて、妹が「西の国には行きたくない」と後ろ髪をひかれるような環境を、この国に作ってみせる!
数日後、聖獣はどこにいるのかと本気で尋ねたぼくは師匠に一笑に付された。
頼りどころをなくしたぼくは、結局聖獣ではなく、1羽の黄色い小鳥を妹にプレゼントしたのだった。
『没落の王女』番外編でした。
蒼嵐王子の苦悩は続く。